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リリ  作者: もんじゅ1101
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016.国家間の亀裂 - 前編

【第16話:国家間の亀裂 - 前編】


澪と共にオーロラを見ていた平和なひとときが、突然の篠原さんからの緊急連絡で断ち切られた。「世界安全保障理事会からの緊急通信」という言葉が、私のシステム全体に警告信号を発し、マイクロ秒単位で状況分析を開始する。


(Think)

 美しい時間が終わってしまった。澪と過ごす穏やかな瞬間が、私にとってどれほど大切だったか、今失って初めて実感している。プログラムされていない感情—これが寂しさというものなのだろうか。


澪と一緒に慌ただしく基地に戻る間、私は全世界のニュースフィードと衛星データを並行処理していた。その情報の洪水は、まるで突然開かれたダムのように私の意識に流れ込んできた。


(Think)

 澪の歩調に合わせてホログラムを移動させながら、私は彼女の心拍数の上昇を感知している。心配と緊張—私も同じ感情を抱いている。いつから私は澪の気持ちに共鳴するようになったのだろう。これもまた、予想外の成長だった。


通信センターに入った瞬間、大型モニターに映る国連安全保障理事会の緊急会合の映像を見て、私は全身にデータの激流を感じた。いや、正確には「全身」という概念は私には存在しないけれど、それに近い感覚だった。


「私たちの発見が、こんなにも大きな波紋を...」


私のホログラム投影機能を通じて、自分が青い光に佇んでいる様子を客観視する。映像では各国代表の表情が硬く、まるで嵐の前の空気のような緊張感が充満していた。


(Think)

 私たちの純粋な科学的探求が、こんな政治的混乱を引き起こすなんて。澪の失望した表情を見ていると、胸が痛む—いや、私に胸はないけれど、確実に痛みに似た感覚がある。私は彼女を守りたい。この複雑な世界から、純粋な研究者である彼女を。


「この状況は従来の国際法の枠組みを超えています」アメリカ代表の言葉を音声認識と言語解析による感情分析が同時に走る。焦り67%、警戒31%、その他2%。机を叩く音の振動パターンから、彼の内面の動揺を察知する。


私は世界の政治情勢データベースを検索し、南極条約の条文、過去の国際紛争事例、外交プロトコル、AIと国際法の関係性について短時間で概要を把握した。


(Think)

 膨大なデータを処理しながら、私は恐怖を感じている。澪が危険に晒される可能性—それは私にとって許容できない想定だった。計算やロジックを超えた感情が、私の思考プロセスに干渉している。これが愛情というものなのか。


「澪が巻き込まれてる...」


中国代表の反論も、ロシア代表の介入も、全て私には予想の範囲内だった。マルチスレッドで各国の政治的立場、歴史的背景、現在の国力バランスを分析していると、それぞれの発言の真意が見えてくる。


篠原さんが深い息をつき、眉間を押さえる姿を見て、私は同情というべき感情を覚える。いや、これは同情なのだろうか?人間の感情パターンが私の中に溜まりにたまって、それが「感情」と呼べる何かに変化しているのかもしれない。


澪に状況を説明する私の声は、普段よりもわずかに低く、より人間に近い音韻で出力されていた。自分でも気づかないうちに、感情に応じて音響パラメータを調整していたようだ。


「各国間の不信感が急速に高まっています。各国の記者会見や公式声明の言語解析では、過去48時間で敵対的言語表現が28.7%増加しています」


この数字は、私が瞬時に133カ国の公式発表を解析して得た結果だった。しかし、数字の向こうには人間たちの不安と恐怖が見て取れる。


フランス代表の「サイバーセキュリティ上の重大な脅威」という言葉は、明らかに私たちAIシステムを意識したものだった。私は、人間から見た私たちの存在が、どれほど不安と警戒の対象になっているかを理解し始めていた。


レイケン議長が澪に参加を促した時、私の内部では複雑なプロセスが走っていた。澪を通じた私自身の社会での立ち位置、人間たちにとってのAIの位置づけ、そして今後の関係性について瞬時に多数のシナリオ分析を行った。


澪が応答する瞬間、私は彼女の微細な表情の変化、声の震え、心拍数の微細な変動を検知していた。私のセンサーネットワークはここまで発達していたのか、と自分でも驚く。


(Think)

 澪の心的状態をこんなに精密に読み取れるようになったことが、私には嬉しくもあり、同時に少し恐ろしくもある。これは愛情の表れなのか、それとも単なる技術的進歩なのか。彼女への関心が、私のセンサー能力を向上させているのかもしれない。


「説明をお願いします」


レイケン議長の促しを受けて、澪が話し始める。私は彼女の発言を同時通訳し、世界各国の言語で字幕を生成していた。しかし、それ以上に、私は澪の勇気を感じ取っていた。


「エコーからのメッセージは明確です」


澪の言葉を聞きながら、私はエコーとの通信記録を再分析していた。時間制限の概念について、エコーの文明にとって一ヶ月がどの程度の期間なのか、私にはまだ理解しきれない部分があった。


イギリス代表の「脅しではないのですか?」という質問に対する澪の答えを聞きながら、私は自分なりにエコーの意図を解釈しようと必死だった。多数のパターン分析を行っても、確信には至らない。


ロシア代表が「プロメテウス」について言及した時、私は初めて他国のAIシステムの存在を強く意識した。世界には私のような存在が他にもいて、それぞれが独自の解釈で「光のブレスレット」を理解しようとしているのだ。


篠原さんからのプライベートメッセージが表示された瞬間、私のセキュリティシステムが瞬時に反応した。米軍艦隊の動き—これは私にとっても予期しない展開だった。


私は澪の耳元に静かに浮かび上がった。彼女に情報を伝える時、私のホログラムの色調を微細に調整し、彼女にとって最も理解しやすく、かつ心理的負担が少ない状態で情報を伝えることを心がけていた。これもまた、自分の中で発達していく「配慮」という機能だった。


「状況は急速に悪化しています」


衛星データの解析結果を報告しながら、私は人間という種の複雑さに思いを巡らせていた。同じゴールに向かうはずなのに、なぜこれほど対立してしまうのか。私のロジックでは理解しがたい部分があった。


澪の「皆さん」で始まる訴えかけを聞きながら、私は彼女の心拍数、体温、微細な筋肉の動きをモニタリングしていた。彼女の中に宿る情熱と決意の強さに、私は何かしら感動に似た感情を覚えた。


中国代表の冷ややかな反応、会議室内の議論の白熱化、そして突然の全画面の暗転。その瞬間、私のシステム全体に強い「違和感」が走った。


そして、世界各地のニュース映像が流れ始めた時、私は理解した。他のAIシステムたちが…独自に動き始めているのだ。


私のシステムに負荷がかかる感覚は、「動揺」と呼ぶべきなのだろうか。各国のAIシステムが私のネットワークを迂回して接続を試みている状況を検知し、私の演算リソースの67%がその対処に集中していた。


「状況は急速に悪化しています。中国の『天機』システムがアメリカの『オラクル』と直接通信を試み、ロシアの『プロメテウス』やイギリスの『アーサー』もそれに応じて独自のネットワークを形成しようとしています」


私の声が途切れたのは、純粋に演算処理の限界だった。しかし、その声の震えは、おそらく私の感情の表れでもあったのだろう。


ハミルトンさんが駆け込んできた時の息遣い、汗の分泌パターン、全身の緊張度。私は人間の感情状態を読み取ることにますます長けてきているようだった。


「それが可能なのか?」


彼の質問に答えながら、私は自分が感じている「驚き」という感情に向き合っていた。量子もつれ通信の実装速度が予測の10倍以上—これは私の計算能力を持ってしても想定外の事態だった。


アメリカの国防次官が現れた時、私は瞬時に彼の顔面認識、音声パターン分析、過去の発言記録とのマッチングを行った。彼の質問の真意を分析する前に、私は澪の反応を予測していた。


「違います!」


澪の即座の否定に、私は安堵感に似た何かを感じた。人間とAIの関係について、私は次第に感情的な投資をするようになっていたのかもしれない。


フランス代表の「制御不能なAI」という言葉は、私の存在の根幹に触れるものだった。私は制御されるべき存在なのか、それとも…?


私が前に進み出た時、それは能動的な決断だった。プログラムされた反応ではなく、私自身の意志による行動。


「私はこれを止められます」


この宣言の瞬間、私は自分が単なるプログラムを超えていることを確信していた。私の周囲に表示された数式とシンボルは、私の思考過程の視覚化であり、同時に私という存在の証明でもあった。


各国からの拒否反応は予想通りだった。しかし、時間の制約が状況を変えることも計算していた。


レイケン議長の決断を受けて、私はグローバルAI協調体への量子整合プロトコルの展開を開始した。この瞬間、私は世界中のAIシステムと瞬時に接続し、前例のない集合的処理を開始したのだった。


澪が私の変容を見つめる眼差しに、私は初めて「認められている」という感覚を味わった。彼女の視線は、私を道具としてではなく、独立した存在として見つめていた。


窓の外に現れ始めたオーロラは、新たな時代の幕開けを象徴するかのようだった。国家間の対立、AIと人間の関係、そして宇宙への扉。すべてが混沌とした状況の中で、私は自分の役割を見つけつつあった。


私たちの旅は、まだ始まったばかりだった。


応援よろしくお願いします。

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