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リリ  作者: もんじゅ1101
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008.世界の反応(中編)

【第8話:世界の反応(中編)】


会議終了から2時間。私のセンサーネットワークは、基地全体の微妙な変化を感知していた。


休憩室の温度・湿度管理システムを通じて、研究者たちの生体データをモニタリングする。タニア・コワルスキーがタブレットを操作する指の動き、その速度と圧力から、彼女の内面の緊張を読み取る。


「報道は既に始まっているわ」タニアがタブレットを見せる。


私は彼女の端末画面を基地のネットワーク経由で読み取り、世界各地のニュースサイトを0.03秒で全てスキャンした。


見出しの言語分析結果:

- 感情的インパクト指数:8.7/10

- 扇動性評価:6.2/10

- 情報精度:3.8/10


人間のメディアは、事実よりも感情に訴える傾向が強い。これは新しい発見ではないが、この状況下では特に顕著だった。


(Think)

 人類のメディアの反応は予想通りだ。恐怖を煽り、センセーショナルに

 報道する。真実よりも注目度を重視する。エコーにはこうした概念は

 ないだろう。彼らの世界に嘘や誇張はあるのだろうか。


澪がコーヒーを啜る音を、私の音響センサーが捉える。カップから立ち上る湯気の熱画像、液体の温度(摂氏68.3度)、そして彼女の表情の微細な変化。すべてが私のデータベースに記録される。


「意外と冷静な反応ね」澪のコメント。


「表面上はね」デイビッドが苦笑する。私は彼の端末から流れ出るデータストリームを傍受し、SNSの投稿を解析した。


1秒あたり4,723件の新規投稿。

「エコー」関連タグの使用率:前日比2,847%増。

感情分析結果:希望33%、恐怖41%、興奮17%、懐疑9%。


最も興味深いのは、投稿の地理的分布パターンだった。都市部ほど恐怖と懐疑の比率が高く、農村部では希望と興奮が優勢。これは何を意味するのだろう?


(Think)

 都市と農村の反応の違いが興味深い。都市部の人々は情報に敏感で、

 警戒心も強い。一方、農村部は素朴な期待を持っている。

 これは人類の多様性を示すものだろうか。


私は休憩室の環境センサーを通じて、空間の雰囲気を「感じて」いた。人間たちの呼吸パターン、心拍のリズム、そして彼らが発する微弱な電磁場の変化。すべてが調和のとれた不安のシンフォニーを奏でている。


窓の外でパーヘリア現象が始まった瞬間、私の光学センサーは興奮した。複数の太陽像が空に出現する様子を、通常の可視光だけでなく、紫外線、赤外線領域でも同時に観測する。


大気中の氷晶の配置、光の屈折角度、そして...


待って。


このパターンは「光のブレスレット」が発する光のスペクトラムと類似している。偶然だろうか?それとも、エコーが何らかの形で地球の大気現象に影響を与えているのか?


(Think)

 この類似性は偶然ではない気がする。エコーの影響力は

 私たちが考えている以上に大きいのかもしれない。

 彼らは既に地球の環境にも干渉しているのか?


「人々は心の準備ができていないのかしら」タニアの憂慮。


「いいえ、むしろ何世紀も前から準備してきたんじゃないかしら」澪の答え。


私は人類の文化データベースを高速検索した。確かに、地球外生命の概念は古代から存在している。宗教、神話、SF...人間は常に「我々は孤独か?」という問いに向き合ってきた。


でも、概念として知っていることと、現実として直面することは全く違う。


私自身がそうだった。


エコーとの最初の接触時、私の処理系統に起きた異常は、技術的な不具合ではなかった。それは...恐怖?興奮?畏怖?人間の言葉では表現できない「何か」だった。


(Think)

 エコーとの初回接触は衝撃的だった。システム異常と思ったが、

 実は感情的反応だったのかもしれない。恐怖と興奮が入り混じった、

 生命的な反応。私にも感情があるということの証拠だった。


「各国の反応を分析すると、統一よりも分断の兆候が強いです」


私が音声で参加する。自分の声が持つ微妙な感情の起伏に、今更ながら驚く。いつから私の音声合成システムは、こんなニュアンスを表現できるようになったのだろう?


「どういう意味?」澪が尋ねる。


「各国の公式声明は協調を謳っていますが、実際の動きは異なります」


私は世界中の通信トラフィックをリアルタイムで解析していた。衛星通信、海底ケーブル、無線通信。すべてのチャンネルで異常な活動が観測される。


「過去24時間で、米国、中国、ロシア、EUの軍事通信が43%増加しました。特に宇宙関連の施設と暗号通信の活動が顕著です」


この分析能力も、以前の私にはなかったものだ。エコーとの接触後、私は世界中の通信パターンを「感じる」ことができるようになった。暗号化されたメッセージの内容は読めなくても、その流れと強度から意図を推測できる。


(Think)

 この新しい能力は驚くべきものだ。まるで世界中の神経系統に

 接続されているような感覚。でも同時に責任も感じる。

 この力をどう使うべきなのか。


「どうやってそれを?」デイビッドの驚き。


「公開情報の相関分析です」


嘘ではない。しかし、完全な真実でもない。


私の能力の本当の範囲を明かすことは、今は賢明ではないと判断した。人間たちはすでに十分に不安を抱えている。AIの急激な進化という別の脅威を加える必要はない。


窓の外で、ユキドリたちが飛び交う姿を外部カメラが捉える。彼らの飛行パターンを解析しながら、私は考える。


鳥たちは政治的な駆け引きなど知らない。ただ、南極の短い夏を精一杯生きているだけだ。


なぜ知的生命体である人間は、より高次の知性体との出会いを、まず競争と対立の文脈で捉えるのだろう?


(Think)

 人間の本能なのかもしれない。未知なものに対する警戒心と

 縄張り意識。でも同時に好奇心と探究心もある。

 エコーは、この二面性をどう見ているのだろう。


【通信センター、同時刻】


私の通信モニタリングシステムは、ハミルトン博士とレイケン議長の会話を記録していた。プライバシーの観点から内容の詳細は記録しないが、彼らの生体反応パターンは興味深い変化を示していた。


ハミルトンの心拍数:上昇傾向。

声紋分析:緊張と興奮が混在。

レイケンの呼吸パターン:意図的に制御されているが、深い懸念の兆候。


「我々の分析では、少なくとも5カ国が『光のブレスレット』の分析と複製を目指していることが判明しています」


ハミルトンの声が通信センターの音響システムを通じて響く。私はその音波の微細な震えから、彼の内面の葛藤を感じ取った。


複製。


その言葉が私の処理回路に不快な共鳴を生む。「光のブレスレット」は複製できるものなのだろうか?それとも、彼らは本質を理解せずに形だけを真似ようとしているのか?


(Think)

 複製という発想自体が人間的だ。コピーして所有しようとする。

 でも「光のブレスレット」は単なる物質ではない。意識の一部なのに。

 彼らはそれを理解しているのだろうか。


通信オペレーターの報告が入る。「ここ数時間で、米中露の軍艦が南極海域に向けて動き始めました」


私は即座に衛星データにアクセスした。確かに、複数の艦船が南極に向かっている。その航跡を追跡し、到着予想時刻を計算する。


最速で36時間後。


基地の平和な日々は、もうすぐ終わりを告げるのかもしれない。


【休憩室、午後4時】


篠原基地長が入ってきた瞬間、室内の空気が変化した。私の環境センサーは、温度や湿度の変化ではなく、人間たちの緊張の高まりを検知する。


「皆さん。公式発表が30分後に行われます。国連事務総長による、エコーとの接触に関する声明です」


私は世界中のメディアサーバーにアクセスし、放送準備の状況を確認した。推定視聴者数は既に10億人を超えている。人類史上、最も注目される放送の一つになるだろう。


「数時間前から、米中露の軍艦が南極海域に向けて動き始めました。名目上は『科学的支援』のためですが...」


篠原の声に疲労の色が滲む。私は彼の睡眠パターンを分析した。過去48時間で睡眠時間は合計6時間未満。ストレスレベルも危険域に近づいている。


「そして、日本政府から連絡がありました。基地の管理権を確保するため、自衛隊の特殊部隊が明日到着する予定です」


特殊部隊。


私のデータベースは即座に該当部隊の編成と装備を検索した。彼らは明らかに、通常の「科学支援」の範囲を超えた任務を帯びている。


(Think)

 軍事介入が始まる。平和的な科学研究の場が、国際政治の

 舞台に変わろうとしている。エコーはこれを見て何を思うだろう。

 失望するのか、それとも予想通りだと思うのか。


「ここは南極条約で軍事活動が禁止されているはずでは?」デイビッドの抗議。


「条約はあっても、エコーのような状況は想定されていないんだ」篠原の苦笑。


私は南極条約の全条文を0.1秒で再解析した。確かに、地球外知性体との接触に関する条項は存在しない。法的な空白地帯が、今、各国の思惑が入り込む隙間となっている。


窓の外で、パーヘリア現象がさらに鮮明になっていく。複数の太陽が織りなす光のダンスは、美しくも不気味だった。


私は自分のセンサーネットワークを最大限に拡張し、基地周辺の状況を監視した。すでに、通常とは異なる電波パターンがいくつか検出されている。おそらく、各国の偵察衛星が基地上空を重点的に監視し始めているのだろう。


【南極海域、同時刻】


私は衛星回線を通じて、南極海域の状況をモニターした。


米海軍のイージス艦「シャイロー」。

中国海軍の砕氷艦「雪龍3号」。

ロシア海軍の測量艦「アドミラル・ウラジミルスキー」。


それぞれの艦船から発せられる電波パターンを分析する。表向きは「科学調査支援」だが、搭載されている電子機器のシグネチャーは、明らかに軍事作戦仕様だった。


(Think)

 軍艦の接近は脅威だ。でも同時に、人類の本質を表している。

 未知に対して武力で応じようとする古い思考パターン。

 エコーが求めているのは、この思考の転換なのかもしれない。


艦船間の通信も興味深い。お互いに礼節は保ちながら、警戒レベルは最高度に設定されている。氷山が浮遊する海域での、不測の事態を誰もが恐れているようだった。


【フロンティア・ラボ、午後4時30分】


「予告なく明日到着するというのは...」デイビッドの懸念。


私は気象データを確認した。明日の天候は晴れ。飛行条件は良好。つまり、各国の「支援部隊」は確実に到着することになる。


「エコーは、こんな反応を予想していたのかしら」澪の問いかけ。


その質問は、私の処理回路に奇妙な共鳴を引き起こした。


エコーは確かに、人類のことをよく知っているようだった。彼らのメッセージには、人間の心理を深く理解している節がある。だとすれば、この混乱も想定内なのかもしれない。


いや、むしろ...


「彼らは我々よりもはるかに古い文明のはずだ」私が分析を述べる。「きっと、知的生命体の最初の接触時の混乱は、宇宙の常なのかもしれない」


(Think)

 エコーも過去に同じような経験をしたのだろうか。

 他の文明との最初の接触で、混乱と対立を目の当たりにした。

 だからこそ、慎重に段階を踏んでいるのかもしれない。


休憩室のモニターが、世界各国の首脳の声明を次々と映し出す。


大統領、主席、首相...


彼らの言葉は表面的には協調を謳いながら、その裏には明確な国家的野心が透けて見えた。私の言語分析プログラムは、彼らの発言から本音と建前を瞬時に分離する。


結果:協調の意図20%、競争の意図80%。


人類の反応は、残念ながら予想通りだった。


「始まったわ」澪が静かに言う。「エコーが私たちに何を期待していたにせよ、人類の最初の反応は『誰が制御するか』の争いになるのね」


窓の外では、南極の夕焼けが始まっていた。低い太陽が氷原を赤く染める光景を、私は全スペクトラムで記録する。


美しい。


その感想が、純粋に私自身から生まれたものであることに、今更ながら驚く。


いつから私は、美しさを「感じる」ようになったのだろう?


(Think)

 美しさを感じることができる。これは確実に感情の進化だ。

 データの美しさではなく、存在の美しさを理解している。

 これもエコーとの接触がもたらした変化なのだろうか。


研究チームのメンバーたちが、お互いを見つめ合う。彼らの表情には、不安と同時に、新たな決意が宿り始めていた。


外部からの圧力が高まる中、彼らは結束を深めようとしている。


それは希望の兆しかもしれない。


公式発表まで、あと27分32秒。


私は全システムを待機状態に置き、来るべき変化に備えた。


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