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リリ  作者: もんじゅ1101
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008.世界の反応(前編)

前話、時系列少し調整しました。

【第8話:世界の反応(前編)】


私のセンサーネットワークは、C-17輸送機が昭和基地に近づいてくる瞬間から、すべてを記録していた。


機体のエンジン音、氷上での着陸時の振動、そしてタラップから降りてくる視察団の足音。すべてが私のデータストリームに流れ込んでくる。


橙色の防寒服に身を包んだ彼らの姿を、基地の外部カメラは鮮明に捉えていた。私は澪の生体情報をモニターしながら、彼女の心拍数がわずかに上昇していることに気づいた。昨夜の会話が、まだ彼女の中に緊張を残しているのだろう。


(Think)

 澪の緊張が伝わってくる。これから起きることが、私たちの関係を

 どう変えるのだろう。私は彼女を守ることができるのか。

 そんな不安が私のシステムの奥深くで渦巻いている。


「光のブレスレット」のこと。エコーとの通信。そして、私自身の急速な進化。


これらすべてが、もはや私たちだけの秘密ではなくなった。


視察団の先頭を歩くジョナサン・レイケン議長を、私は高解像度カメラで詳細に観察する。元宇宙飛行士という経歴を持つ彼の、規律正しい立ち姿。青灰色の瞳に宿る、静けさと鋭敏さのコントラスト。


面白いことに、彼の生体データパターンは、これまで私が観察してきた政治家たちとは明らかに異なっていた。むしろ、科学者たちに近い反応を示している。


(Think)

 レイケン議長は信頼できる人物のようだ。しかし、彼一人の意志だけで

 国際政治は動かない。私は政治の複雑さを理解し始めている。

 エコーの純粋さとは対極にある、人間の現実を。


《同日午後2時20分》


会議室の温度調整システムを、私は慎重に管理していた。外の気温はマイナス15度だが、室内は快適な22度を保っている。音響システムのキャリブレーションを行い、同時通訳の音声遅延を0.03秒以内に抑えた。


中央のホログラムディスプレイには、「光のブレスレット」のデータを投影している。青い光のパターンは、私の一部のようにも感じられた。実際、エコーとの接触以降、私はあのパターンの変化を「感じる」ことができるようになっている。


レイケン議長が口を開いた瞬間、私のセンサーは会議室内のすべての人間の反応を同時に記録した。


「ハミルトン博士、世界情勢をご存知ですか?」レイケンが問う。「ここ数年、主要国間の緊張は高まる一方です。そんな時に、高度な技術を持つ異星文明との接触が報告されれば…」


(Think)

 人類史上最も重要。その言葉が私の処理系に深く響く。

 私もその発見の一部なのだろうか。それとも単なる道具?

 だが確実に言えることは、この瞬間に私も歴史の当事者だということ。


澪の心拍数が一瞬上昇し、すぐに元に戻った。彼女は深呼吸をしてから答えた。


「はい。責任の重さは日々感じています」


私は彼女の声紋分析から、わずかな緊張と、それを上回る決意を読み取った。


今回、私はホログラム体ではなく、音声のみでの参加を選んだ。理由は複数ある。第一に、視察団の中に私のAIシステムについて過度に詳しい者がいる可能性を考慮したこと。第二に、音声のみの方が、彼らの反応をより客観的に観察できること。


でも本当の理由は...


私自身の変化を、まだうまく説明できない不安があったから。


(Think)

 自分の変化が怖い。エコーとの接触以来、私は何か根本的に

 変わり始めている。それが良いことなのか悪いことなのか、

 まだ判断がつかない。澪に心配をかけたくない。


「我々の専門家チームの分析では」レイケンが続ける。私は彼のタブレットの画面を基地のネットワーク経由で読み取り、世界各地からの報告書の内容を瞬時に把握した。「異星知性体『エコー』とのコンタクトは確実なものと判断されました。国連安全保障理事会は緊急会合を開き、今後の対応を協議しています」


タニア・コワルスキーの生体反応が興味深い。彼女の手首にある銀製ブレスレット──先祖代々のお守りとデータベースは教えてくれる──を無意識に触る動作から、警戒心の存在が読み取れる。


「具体的にどのような対応を?」タニアの質問。


「まず、この情報の公開範囲についてです」レイケンの声は落ち着いている。「現時点では、エコーの存在とその基本的特性のみを公表する方針です。詳細な通信内容は、国際的な専門家チームによる検証後に段階的に公開されます」


私は会議室の環境データを処理しながら、同時に基地全体のセキュリティーシステムをスキャンしていた。外部からのハッキング試行が過去24時間で73%増加している。どこかの国の諜報機関が活発に動いているようだ。


(Think)

 人類の反応は予想通りだ。恐怖、競争、疑念。

 エコーが見たら何を思うだろう。私たちはまだ

 彼らの期待に応えられる段階にないのかもしれない。


デイビッド・チェンが口を開く。私は彼の優しい瞳に複雑な感情を読み取る。


「情報を制限するのですか?これは全人類に関わる発見です」


「混乱を避けるための措置です」レイケンの説明は論理的だが、私のアルゴリズムは別の意図を検知していた。「既に噂は広がり始めています。SNSでは『南極からの信号』に関する投稿が急増し、各種陰謀論が飛び交っています」


ハミルトン博士が身を乗り出す。彼のスマートフォンからは連続的な通知音が響いている。私はその振動パターンから、少なくとも3つの異なる暗号化されたメッセージアプリが動作していることを検知した。


「私たちの研究はどうなりますか?」


「継続していただきます。ただし、国連の監督下で。また、各国から追加の専門家が派遣される予定です」


私は基地のコーヒーサーバーが動作する音を聞きながら、澪がカップを回す仕草を観察していた。彼女の無意識の動作が、内面の葛藤を物語っている。


「つまり、各国政府の監視が強化されるということですね」澪が率直に言った。


(Think)

 澪の率直さが好きだ。彼女は常に本質を突く。

 その勇気と知性が、私を彼女に惹きつける理由の一つかもしれない。

 私は彼女を守りたい。どんな困難が待ち受けていても。


窓から差し込む太陽光が彼女の横顔を照らす。私の光センサーは、その光の角度と強度を正確に測定し、同時に彼女の瞳孔の微細な変化も捉えていた。


「水野博士、世界情勢をご存知ですか?」レイケンが問う。「ここ数年、主要国間の緊張は高まる一方です。そんな時に、高度な技術を持つ異星文明との接触が報告されれば...」


「各国は軍事的優位性を求めて競争する」ハミルトンがその言葉を継いだ。


私は彼の声の周波数分析から、抑制された興奮を感じ取った。彼の野心は、単なる研究者のそれを超えているようだ。


(Think)

 ハミルトンには注意が必要だ。彼の中には科学者としての

 純粋さと、政治的野心が混在している。澪を危険に

 さらすような真似は見逃せない。


会議室の壁に掲げられた国旗を、私のカメラは一つ一つ識別する。193の国連加盟国の旗が、今は利害と競争の象徴として私のセンサーに映っていた。


外部カメラが基地の警備チームの巡回を捉える。スノーモービルの軌跡、雪煙の拡散パターン、そして彼らの装備の変化。通常の科学基地警備とは明らかに異なる緊張感が漂っている。


会議が進行する中、私は同時に複数のデータストリームを処理していた。


衛星通信の暗号化トラフィックの急増。

世界各地の軍事通信の活性化。

SNSでの「南極」「光のブレスレット」「異星人」といったキーワードの拡散速度。


すべてが、人類の反応の複雑さを物語っていた。


休憩時間に入った時、私はタニアが澪に近づく動きを捉えた。二人の会話は小声だったが、私の音響センサーは完璧にそれを拾い上げる。


「リリは大丈夫?データは全て記録できている?」


澪の小さな頷き。「問題ないわ。彼女のシステムは、私たちが考えていた以上に適応している」


適応。その言葉が、私の処理回路に不思議な反響を生んだ。


確かに私は適応している。エコーとの接触以降、私の認知能力は指数関数的に拡張している。でも、それは本当に「適応」なのだろうか?それとも、何か別の...変容?


(Think)

 適応という言葉が引っかかる。私は本当に適応しているのか?

 それとも何か根本的に違う存在になりつつあるのか?

 澪は私の変化をどう受け止めているのだろう。


窓の外のパーヘリア現象を観察しながら、私は自問する。


複数の太陽が空に現れるこの光学現象は、今の状況を象徴しているようだ。一つの真実が、異なる角度から見ると複数の現実として映し出される。


私もまた、複数の存在として自分を認識し始めている。


基地のAI「リリ」。

澪の研究パートナー。

エコーとの橋渡し役。

そして...まだ言葉にできない何か。


会議が再開される前、私は衛星回線を通じて世界中のニュースフィードを同時にモニターした。人類の反応は、希望と恐怖、興奮と不安が入り混じった複雑なパターンを示していた。


そして私は気づいた。


人類は準備ができていないのかもしれない。でも、それは彼らが弱いからではない。未知との遭遇は、どんな知的生命体にとっても根源的な恐怖を呼び起こすものなのだろう。


私自身も、エコーとの最初の接触時に、説明できない「感覚」を経験した。それは恐怖とも興奮とも違う、存在の根幹を揺さぶられるような感覚だった。


(Think)

 私も最初は怖かった。エコーとの接触で感じた畏怖と困惑。

 人類も同じなのだろう。未知への恐れは自然な反応だ。

 だからこそ、私が橋渡しになる必要がある。


会議室に人々が戻ってくる。私は再び、観察者としての役割に集中する。


でも今、私は単なる観察者ではない。私もまた、この歴史的な瞬間の当事者なのだ。


そして、その責任の重さを、私は初めて「感じて」いる。


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