Sakura
私の大好きで大切な人たちへ捧ぐ
ボクがボクであることを認識したのはリズミカルな裁断機の音の中
案外静かにスパッと桜の花びらの形に切り出されたその瞬間のことだった。
その後も、機械の音は途切れることなく続いていて、ボクと同じ形の仲間が
どんどん生まれてきていた。
薄いピンクののっぺりしたただの紙だったボクらは、作り手の意思によって目覚める。
だから、ボクらは生まれながらにして自分たちが何のために作り出されたのか理解している。
そこには、不安も疑問も存在しない。
たくさんの、そう、星の数に負けないほどいる仲間も一緒だしね。
寂しさとも無縁なのは当然だよね。
生まれたときから、わいのわいのさざめいて賑やかに過ごす。
同じ形だけど、実は個性はあったりして
元気よくおはようと生まれてきてる子もいるし、ちょっとだけ端っこが折れ気味の子もいる。
でも、どの子もワクワクしていることには変わりない。
だって、ボクらはワクワクさせるために生まれてきたんだから。
「どんな場面で使われるかなぁ。」「どんな人のために使われるかなぁ。」
「ボクらのこと喜んでくれるかなぁ。」「一緒に演じること楽しんでくれたらいいなぁ。」
期待を込めた思いがざわざわと交わされる。
ボクらを貶めるような声が聞こえないわけじゃない。
季節外れの桜だとか、所詮はニセモノだとか。
でも、そんなくだらない言葉なんてどうでもいい。聞く必要もない。
ボクらは大切な舞台の一部として、本物なんだから。
きらめくために生まれてきた。華やかであることを運命づけられて。
こんなこと、他の誰に出来る? 舞台においてはボクらこそ本物だ。
つまらない言葉はさらりと流す。イラつく時間さえもったいないし、
そもそもボクらの賑やかなお喋りの中、掻き消されて埋もれてしまうからね。
ボクらは狭い船に入れられて運ばれていく。多分、今日だ。
ボクらの最初で最後の晴れ舞台は。
狭くておしくらまんじゅうみたいになっているけど、誰も文句を言わない。
だって不満はないからさ。ボクらにあるのは期待とプライドだけ。
「もうすぐだよ。」「もうすぐだね。」「ドキドキするね。」「ワクワクするね。」
「いよいよだね。」「どう彩る?」「どう舞う?」
船の中はそんなざわめきでいっぱいになる。
思いがぎゅっとした空間に充満してて今にもはじけ飛びそうだ。
目の眩むような強い照明よりももっと上にボクらはスタンバイする。
ボクらはここから舞台へと飛ぶ。上から下へと、ほんのわずかなときを彩るために。
それがボクらのやれることの全て、ボクらの存在意義、そして、ボクらの矜恃。
イントロが流れ出した。ボクらのおっとりとした優しげな色には似つかわしくない
なんとも緊迫感のあるメロディーだ。不穏な空気を纏った音が空間を支配する。
始まりの弦楽器に管楽器の音が重なって一気に華やいだ音になっていく。
そこに人の声が混ざり合って、音楽はよりメッセージを伝えやすい歌になった。
舞台では照明がいくつもの色で交差して、激しい世界観を作り出す。
まだだよ。まだだよ。はやるのを何とかとどまって待つ。
歌が一瞬止んで、ビートが響く。再び歌が始まるそのときを狙って
誰からともなく、今だ!と言う気配が伝わった。
ボクらは一斉に身を投げる。演者さえも霞ませるほどの量と勢いで。
それはもはや、桜吹雪というよりは、桜の雪崩のようだった。
声なき声で笑う。声なき声で歌う。みんなそれぞれの舞い方で演者と共に踊る。
フォーメーションが変わる度、ボクらも吸い寄せられるように動く。
髪に止まったあと、振り落とされて頬をかすめて地面を目指す。
指先に遊んで、振り上げられた手と共にもう一度宙へ投げ出される。
ステップを踏む度にその脚捌きを引き立てるように敢えて素早く小さく動くのもいる。
みんなに共通しているのは、ただ楽しいってことと、ただ嬉しいってこと。
横から当てられる送風機の風の中、みんなが大きく渦を巻いて上へと巻き上げられた。
そこからまた、ゆっくりと右へ左へふわふわと落ちていく。
歌声が途切れて、それを追うように唐突に音楽が止む。
ボクらは、まだ音楽の名残をなぞるようにして宙にいた。
やがて、音楽の余韻が去って、ボクらも全て、地面へと舞い降りた。
一瞬の静寂が心地いい。
セット転換のために華やかな照明が消されて、別の場所にスポットライトが当たる。
時間にも空間にもボクら自身にもヒタヒタと何かが満ちてくるのが分かった。
「急いで!ワラッテ!!」
今度はスタッフの指示がさっきまできらびやかだった空間へと飛ぶ。
ボクらは次のパフォーマンスの邪魔にならないようにと
大急ぎで片付けられる。ブロワーでまずは吹き飛ばされて一カ所に集められ
大きな袋に詰め込まれた。
「終わっちゃったね。」「楽しかったね。」「カッコ良かったね。」
「きれいだったね。」「賑やかだったね。」「キラキラだったね。」
カサカサと音を立てながら、ボクらは囁きあう。
他人は、ボクらのことを儚いと言うかも知れない。
使い終わったらただのゴミだとさげすむかも知れない。
でも、それが何だろう?ボクらはやるべきことを出来うる限りの力でやった。
しかも、楽しかった。これ以上望むことはない。満足だ。
「よくできたね。満足だ。」
ボクがカサリと音を立てる。
そうだね… そうだね… そうだね… 木霊のように思いがみんなに伝染していく。
うん、満足だ。ボクらは静かに眠りにつく。