2話 昇級依頼
昇級依頼の説明を、なんとか落ち着いた受付から聞くことになった。
「では、説明しますね」
「はい」
昇級依頼は、日本ダンジョン第43層にある超激レア薬草であるポポル草の調達であった。
意外にも昇級依頼が採集とはな、なんだ楽勝じゃねぇかと思っていたのも束の間、なんとそのポポル草の群生地につい最近、火蜥蜴の群れが棲みついたようなのだ。
火蜥蜴の熱により、ただでさえ少ないポポル草が激減しているのだとか。
そもそも、43層はC級冒険者でギリギリたどり着ける限界層であり、本来ならC級冒険者の俺たちの昇級依頼としては不向きな気もする。
A級冒険者になりたいのなら、これくらい達成できなければ困るという話でもあるが。
「サラマンダー、ねぇ」
「菊次郎も燃やされちゃうかも……」
「葵さんの【花の盾】でも庇いきれない?」
「まさか」
今、庇い切れると断言した。
まあ、ダンジョンのクリア報酬で俺たちのスキルは格段にパワーアップしているはずなので当然と言えば当然だ。
というか、最悪ダンジョンのクリア報酬である特別なスキル【変身】を使えばいいのだし……。
「というわけで、昇級依頼は来週の水曜日から金曜日までの三日間を期限とし、期間内に依頼が達成できなかった場合は半年間昇級試験は受けれません」
そう言うと受付は俺たちに一枚ずつ紙を渡す。
簡単に言えば、同意書だ。
一つ、職員が口頭で説明した内容に同意すること。
一つ、ダンジョン内での命に関わる怪我及び病気、死亡などに対して冒険者組合は一切の責任を負わない。
後者は、免許取得時にも同意書を書かされるが改めて釘を刺すためだろうな。
「葵さん、いいな」
「はい」
俺たちは自分の名前を書く。
「では、ご武運を」
次にやるべきは公欠する旨を学校に伝えることか。
「葵さん、そっちはいいのか?」
「何がですか?」
「冒険者ってこと隠してたろ?」
「構いませんよ。何級の昇級試験かはボカします」
相変わらず、抜け目ないな。
まあ、葵のスキル的にもまさか下の層まで行ける実力者とは思われないだろう。
珍しいスキルではあるけど、少なくとも二人しかいないパーティーにいる人間のスキルではない。
「じゃあ、また水曜日に」
「はい」
月曜日。
ダンジョンクリア騒ぎで学校の話題がもちきりになる中、俺は冒険者組合から貰った昇級依頼の紙を手に職員室を訪れていた。
「どうした、藤波」
「実は、水曜日に昇級依頼を受けに行くことになりまして」
俺はそっと昇級依頼の紙を見せる。
「A級冒険者昇級依頼!?」
先生が思わず大声をあげてしまった。
俺は笑顔のまま周りの先生方に一礼する。
みんな、俺の方を見てひそひそ話をしていた。
「たまに公式依頼で公欠取ってたから、冒険者ってのは知ってたが……。藤波、お前そんなに強かったのか?」
「いやー、俺の青春、ダンジョンに捧げているので」
めっちゃボカしてやった。
そう言えば、俺は葵と違ってスキルを隠しているんだった。
俺の場合は中学時代剣道部ってこともあって、スキルなくてもそこそこ戦える。
さすがに、ダンジョン最下層のボスを倒す時は使ったけどな……。
「そうか、死なないように頑張れよ。命さえあれば何度も挑戦できるしな」
「大丈夫ですよ。三年も苦楽を共にした相棒と受ける試験なので」
ダンジョンボスを倒しまくった俺らなら、たった43層のサラマンダーごときでは躓かないのだ。
「そう言えば、ダンジョンがクリアされたそうだな」
「はい。俺らも冒険者組合にいた時だったんで驚きましたよ」
ここは白々しく答えておこう。
「誰だろうな?」
「さあ、俺らは他のパーティーと合同で攻略ってあんましないんでわかんねぇっす」
指名依頼はたまにあるけどな……。
「じゃあ、もういいですか?」
「おう! 頑張れよ!」
職員室を出るとき、知らない教師までもが俺にエールを送ってくれた。
昇級依頼で死ぬ人間は珍しくない。
俺を見るのが最後になるかもしれないからな。
まあ、そんなことないけど。最悪【変身】があるしな。
教室に帰るとすでに俺が昇級依頼を受けるという噂が広まっていた。
「藤波ぃいいい!! 俺を置いて死ぬな!」
「あ?」
中学生時代から知り合いである雅也が俺の肩を掴んで離さない。
俺はため息をついて、肩に置かれた手を引き剥がす。
「こう見えて、俺は工藤湊の専属冒険者だぞ。そう簡単には死なない」
「え? それマジ!?」
工藤湊は冒険者高専サポート科の一期生であり、期待の三年生。
魔導工学の第一人者の一人であり、国際的な学会にも呼ばれるほど魔導関連の物作りが上手い。
そんな彼だが、どうも性格が捻じ曲がっており、無茶苦茶な依頼を出すせいで報酬がいいのに依頼を誰も受けないという日々が続いていた。
そんな時に葵の気まぐれで依頼を受けることになったのだが、「信用できないから」という理由でダンジョン素人の湊が同行することになり……。
まあ、色々あって意気投合し、C級冒険者なのに俺たちにしか依頼しない!とまで豪語した。
お陰で珍しい魔導具いっぱい作ってもらったけど。
あっ、そう言えば湊に俺たちがダンジョンクリアしたって伝えてねぇわ。
「だから、大丈夫だって」
「A級冒険者になったらサインくれよ!」
「千円で書いてやる」
「金取るなよ、親友だろ!」
雅也はまだ不安そうだったが、なんとか解放してもらえた。
葵は大丈夫だろうか……。冒険者って事実が公になるだけでも大分問題だと思うけど。
水曜日。
冒険者組合にて、俺と葵は菊次郎の最終調整を行なっていた。
菊次郎に取り付けている魔導具がちゃんと動くか確認していく。
「おーっす、やってんな」
「あ、湊さん」
葵さんが気づいて手を振りかえす。
湊はいつも通りの感じでふらふらと俺らの前に立つと、葵の両手をガシッと掴んだ。
「なあ、43層行くならサラマンダーの子供生捕りにできへんかなぁ!?」
この人、ダンジョンクリアしたって伝えて、最初に会って言うことがそれかよ、すげえな。
サラマンダーの子供生捕りって……何に使うんだろう。もう素材ですらないが。
「サラマンダーの炎使って武器作りたいんや! 宇宙くんの武器も葵ちゃんの武器も必ずパワーアップさせたるから!」
「こ、子供がいたらな……?」
期待するなよ、と釘を刺しておく。
「もちろんや! なに、丁度ええタイミングや、報酬も多めに出したる! 焼肉食べ放題も僕の奢りで行こうや!」
「JOJO苑行くぞ!」
「宇宙くん……」
「せや! 三人で行くぞJOJO苑!」
「キシャアア!!」
俺も連れて行けとばかりに菊次郎が鳴いた。
さすがにA級冒険者になっても店内には無理がある気がする。
「菊次郎は……サラマンダー焼肉とか…」
「ぐぅうう!」
不満むき出しですごまれた。
「よっしゃ、菊次郎ちゃんにもいい肉買ってやるわ。冒険者組合でバーベキューにしような」
「キシャアア!」
菊次郎、なぜか「ちゃん」呼びしてくる湊に懐いている。オーナーである俺たち以外だと、懐いているのは湊ぐらいではないだろうか。
「悪いな」
「ええんや! 金ならいっぱいあるし! なんなら、高専卒業後は起業しようか考えてたとこや」
「へえ、大丈夫か?」
「と、思って色々調べたけどめんどそうやったからしばらく自分の工房で研究したり好き勝手することにしたわ」
「でしょうね」
葵が辛辣すぎた。
どこまでも自由人なのだ、この工藤湊という男は。
「そういうわけや、これからも指名依頼しまくるから覚悟しとけや」
「はいはい、頑張りまーす」
調整を終えて、俺たちはダンジョンの入り口に立つ。
見送りは湊だけだ。
有名冒険者ではないから、仕方ないんだろうな。むしろ有名人である湊の見送りがあるのがすごいことなのだ。
「頑張りや」
「いってきます、湊さん」
「サラマンダーの子供頼んだで」
「任せろ」
「菊次郎ちゃんも、コイツらのこと頼んだで」
「シャア」
こうして、俺たちの昇級依頼は始まった。
湊は菊次郎がメスだと気づいています。
菊次郎は唯一乙女として扱ってくれる湊に懐いています。