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ダンジョンはクリアされました。  作者: 赤猫
合同体育祭編
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1話 ダンジョンはクリアされました。

 俺はそっと隣で静かにお茶をすすっている女を見た。

 地獄のようなダンジョン攻略を3年もし続けて、ようやくクリア報酬を得たというのに最初にやることが満天の星空の下でお茶会とはな。


「おい、(あおい)さん」


 彼女は聞こえているのかいないのか、ふぅうと息を吐くとおかわりの紅茶を注ぎ始める。

 そして、カップを俺に手渡してきた。


「長かったですね」

「ようやく本題に入る気になったか……」

「人生」

「人生!? 葵さんまだ16歳だよね!?」


 はっ!!

 危ない危ない。


 俺は咳払いをしてチラリと相棒の方を見る。

 彼女はふふんと嬉しそうにこちらを見ていた。


 変なところでボケたがり、しかし、普段は冷たい。かと思えば甘えたがったり寂しがったりする。

 一言で表すなら、猫。貴族気取りのお嬢様、みたいな。


「どうする? ダンジョンクリアしたって冒険者組合に名乗り出る? 多分有名人になれるぞ」

「必要あります? それ」


 核心をつかれた。

 確かに有名になりたくてダンジョンで冒険者をしていたわけではない。ただ、楽しくてやっていただけだ。


 突如日本に、いや、世界にダンジョンが現れて3年。

 法改正により、高校生以下のダンジョン攻略が禁止されたが、厳しい試験を突破して得られる特殊冒険者免許を取得して二人でなんとか頑張ってきた。


 周りからは数少ない学生冒険者としてチヤホヤされ、テレビの取材を受けたことも多々ある俺と違って相棒は自分の趣味は隠すタイプだ。

 俺たちの三年間の関係も、二人だけの秘密。

 外でばったり会っても他人のフリをする約束だった。


「これからどうすっかな………」


 日本のダンジョンは一つしかない。

 クリアしたとはいえ、未だにモンスターは出るだろうから依頼を受けるという方法もあるが、それはつまらない。


「引退しないんですか?」

「は?」


 俺は驚いて持っていたカップを落とす。

 パリーンと高い音がして、俺は慌てて葵の表情を伺う。しかし、葵はふっと笑ってカップの破片を拾い始めた。


「冗談ですよ」

「お前……」

「私はまだ、宇宙(そら)くんと冒険したいです」


 可愛かった。


 彼女のことはよく知らない。連絡先は持っているが、どこに住んであるのかも、どの高校に通っているのかもしらない。

 まだ、中学生高学生が冒険者になれた頃に出会って、たまたま一緒に冒険できるくらいには気が合っただけだ。


「俺も、葵さんともっと冒険したい……」


 本当は、冒険以外のこともしたいのだけれど、それを言ったら彼女は遠くに行ってしまう気がする。


「今度、合同体育祭のとき一緒に回りませんか?」


 合同体育祭とは、東京の私立高校が一堂に会するお祭りごとで、メディアで放送されたり、露店がたくさん並んだりする。

 今年は確か、新しくできた冒険者高専も参加するだったっけ。


「今年から公立高校も参加できるようになりまして、うちの高校初参加なんです」


 なにそれ知らない。

 俺の高校は私立だから、去年も参加してたけど葵の高校は公立だったのか。


「だから、案内して」

「いいけど、友達は?」

「いないんです。宇宙くんは?」

「いるけど、可愛い相棒のためなら」


 思わず「可愛い」と言ってしまい慌てて隣を見た。

 普段通りのようにも見えたが、耳が赤くなっている。恥ずかしがってる……。


「楽しみですね」

「そうだな」


 俺は立ち上がって少し後ろに控えていたテイムモンスターに合図を送る。


 二人共同でテイムしたモンスターで、種族は確か樹木竜(ツリードラゴン)という飛べない竜で、荷運びに使えると思ったのだ。

 本来なら気性が荒く、人間に扱えるものではないがコイツは怪我していたところを助けた奴でかなり従順である。


 二人分の魔法鞄(マジックバッグ)の他にも、モンスターの死体を入れる用の魔法鞄(マジックバッグ)に、魔導工房にオーダーメイドで作らせた魔導洗濯機兼食洗機も取り付けている。

 他には、寝る時用の寝袋とテントやランプ、料理器具など色々。絶対重いんだろうが、コイツにはまだまだ軽いらしい。


 俺たちが乗れるように(くつわ)やら手綱やら鞍やらを付けている。

 俺と葵はそれに跨って、ツリードラゴンに動くように指示を出した。


「コイツ、便利だよなぁ。街に連れて歩けないこと以外」

「仕方ないですよ、私たちはA級冒険者ですらないのですから」


 テイムモンスターを街まで連れて歩けるのは、A級以上の冒険者だけだ。

 俺たちは昇級試験が面倒になって未だにC級冒険者。実力はあるが、とにかく試験が面倒くさい。


 A級試験からは、昇級依頼という特別な依頼をクリアしなければならなかったはずだし、それも数日かかるような大変なものだ。

 学生には厳しい。


菊次郎(きくじろう)も、外に出たいよね?」


 菊次郎(きくじろう)と呼ばれたツリードラゴンは「キシャアア」と小さく鳴いた。

 俺は覚悟を決めるしかないらしい。


「わかったよ、葵さん」

「大丈夫。昇級試験は確か、公欠扱いでした」

「マジ? それを早く言えよ」





 冒険者組合にて、俺たちは借りているテイムモンスター用の小屋に菊次郎を連れて行く。

 すれ違う人、みんな菊次郎を二度見していく。多分、一般人だろうな……。


「菊次郎、じゃあまた」


 小屋に入ると菊次郎は寂しそうに俺の服の裾を咥える。やめろ、服が破ける。


「ぐぅうう」


 不満そうな鳴き声が菊次郎から漏れた。

 思わず葵と一緒になって笑う。


「また一緒に冒険しよう。ダンジョンがクリアされたからって俺らの冒険が終わるわけじゃない」


 そこまで言うと、ようやく菊次郎は口を離した。

 葵が菊次郎の木の枝のような角を撫でて手を振り、別れる。

 これから、昇級試験の申し込みに行かないといけないのだ。





 昇級試験申し込みカウンターは賑わっていた。

 だが、ほとんどはC級やB級への昇級試験申し込みらしい。冒険者高専の制服も目立つ。


「確か、冒険者高専って卒業したらC級冒険者免許が貰えるんですよね」


 一番下のランクがFランクで、普通ならばそこからコツコツと依頼をこなして上げていくしかない。

 現在、高校生以下は冒険者にはなれない。つまり、高校卒業までランク上げすらできないというのが現状である。卒業してから冒険者になっても儲からないのだ。

 卒業時にC級冒険者免許が貰えるというだけでも、冒険者高専に入るメリットはある。

 特殊冒険者免許を持っていたとしても、高専生がわざわざ昇級試験を受けるメリットはないはずなのだが……。


「次の方」


 俺たちの番になった。

 俺と葵は特殊冒険者免許を見せる。


「A級冒険者昇級試験を受けたいんですけど」


 受付は驚いたように俺たちを見て、特殊冒険者免許に記載されている『C級冒険者』の文字を確認した。


「B級ではなく?」

「テイムモンスターを連れ歩く資格がほしくて」

「なるほど。確認しますね」


 昇級試験にはそれぞれのランクごとに受験資格というものがあり、依頼の達成率やモンスター討伐数、あとは信頼度なんてものが総合的に評価される。

 上のランクになるほど、受験資格は厳しくなるのだ。


藤波宇宙(ふじなみそら)さん、東条葵(とうじょうあおい)さん。受験資格は問題ありません。昇級依頼を受けてもらいます」


 周りが騒がしくなる。

 そう言えば、この前にA級冒険者が出たのは半年以上前だったっけ。

 そもそも、A級冒険者は日本にたったの十一人しかおらず、S級も二人しかいない。


「昇級試験の内容は」


 そこで館内放送が唐突に流れた。

 その声は明らかに切羽詰まっており、緊迫している。



『緊急放送!緊急放送! たった今、日本ダンジョンの攻略完了が確認されました! 繰り返しお知らせします!! ダンジョンはクリアされました!!』



     ◇◇◇◇◇



 ボサボサの髪にジャージ姿の男が、冒険者組合のあるビルの最上階にいた。

 冒険者組合会長である竹倉総司(たけくらそうじ)は突然の報告に頭を抱えていた。


 突如としてダンジョンが現れて三年目。

 ダンジョンの完全攻略には今の日本の冒険者の総力をもってしても少なくともあと三年はかかるだろうと言われていた。

 それが、いきなりクリアされたのである。


 クリア時にダンジョンに潜っていた冒険者はきちんと記録されているが、休日だったこともありその数は二千人にものぼる。

 日本にいる上位の冒険者も当然のようにダンジョンに潜っていた。


 しかし、ダンジョンに潜っていた冒険者欄の中には肝心のA級とS級の冒険者の名前はない。

 彼らは普段からダンジョン攻略を生業としているため、休日は滅多に攻略に来ないのだ。

 つまり、ダンジョンを攻略した人物が誰か、一切情報がなかった。


 能ある鷹は爪を隠していたのだ。

 ひっそりと、冒険者組合にも報告せず、周りにも言いふらさず、淡々とダンジョンを攻略していた鷹が、この国にはいた。


 世界にあるダンジョン、26個のうちクリアされたダンジョンはゼロ、だった。

 たった今の今までは。


「どう致しますか?」


 報告しに来た冒険者組合職員が恐る恐る尋ねる。


「今すぐ記者会見を行う。ダンジョンをクリアした冒険者は名乗りでなかった。つまり、報酬や名誉が目的で攻略したわけではないということだ」


 職員は理解できないというように首を傾げた。

 総司も同意見だった。


 ダンジョンをクリアした冒険者は、なんのためにダンジョンをクリアしたのか、ダンジョンの奥には何があったのか、何を手に入れたのか。

 何もわからない。完全なブラックボックス。

 自分たちの手元にあるのは、ダンジョンがクリアされたという事実のみだ。






 記者はすぐに集まった。

 総司はネクタイを締めて、記者の前に立つ。


 震える体を抑えて、総司は高らかに宣言した。



「ダンジョンはクリアされました」

菊次郎はメスです。名前は葵さんがノリでつけました。

二人とも、菊次郎はオスだと思っています。

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