第二話 あたたかなひ
あたたかなひ(リベルテ歴141年 5月)
初めての訓練の日以来、エルドとシストは仲の良い友人同士になった。元々エルドは人懐っこい性格で、アネットやルカともすぐに親しくなれた。
特にシストと親しくなった理由……それは、エルドとシストの境遇とがよく似ていたのが、理由だった。
「シストも、孤児院出身だったとは、ね」
ちょっとびっくりしたよ。一緒に昼食を取りながら、エルドはシストにそういった。
アネットとルカは個別訓練を受けに行っていて、不在。今日は二人での昼食だった。
「あぁ、俺も驚いた。エルドも、引き取られたのか?」
シストは、エリシア家に引き取られた。エルドも、エルド・ウェイリスと名乗っているのだから、そうなのだろう。そう想いながらシストが言うと、エルドは苦笑まじりに首を振った。
「いや、俺は引き取り手が見つからなくてな……ウェイリス、っていうのは俺がいた孤児院の院長さんの結婚する前の苗字」
騎士として生きるのにファミリーネームがないと締まらないだろう。そういって、自分の旧姓を自分にくれたのだ、とエルドは語った。
それを聞いてシストは少し驚いたように目を丸くする。そして、すまなそうに視線を揺らして、詫びた。
「……ごめん」
てっきり、〝家族〟がいるものだと思った。そう思いながらシストが詫びれば、エルドは驚いたようにエメラルド色の瞳を見開いた。それから、ふ、と笑みをうかべて、いう。
「はは、謝ることじゃないよ。俺、そこまで悲観してないし……こうやって騎士団に来て、シストにも出会えたしな?」
そういいながらエルドは隣にいるシストの頭をぽんぽんと撫でた。に、と人懐っこく笑う彼は、言葉通り大して気にしていないように見える。彼が嘘をつけない性格なのはシストもよくわかっていたから、つられたように笑みを浮かべた。
「あ、そういえば」
不意に、エルドが声を上げた。シストはきょとんとした表情で、彼の方を見る。エルドはエメラルド色の瞳をキラキラさせながら、いう。
「今日、このあと部屋割り発表だったろ」
わくわくする。そう言いたげなエルドを見て、シストは目を細める。
「あぁ、そういえばそうだったな」
そう、今日これから、部屋割りの発表なのだ。それ故に、ノトの騎士たちは何処か浮足立っているように見える。シストはパンを口に運びながら、小さく呟くように言った。
「……どうなるかな」
「先輩と一緒、だと少し気まずいよなぁ」
そういって頬を引っ掻くエルド。彼も少し、眉を寄せている。
シストやエルドは今年の入団者の中で最年少も良いところ。十中八九、年上の騎士と一緒の部屋になるだろうが……やはり、少々気まずいのだろう。
そんな彼を見て苦笑を漏らしながら、シストはいった。
「同じ年上でも、ルカやアネットだったらいいんだけどな」
彼らはシストやエルドより一つ年上。彼らと同じ部屋ならば、全然気にはならない。シストがそういうと、エルドはおかしそうに噴き出した。
「あいつらはあんまり先輩って感じしないもんなぁ、入団時期的には同じなわけだし」
そういってくっくっと笑うエルド。シストは彼の言葉に笑みをこぼして、頷く。
「そうだな」
彼らと同室なら、良い。否、でもそれよりも……そんなことをシストが考えていると、エルドは残っていたパンを口に放り込み、ぱたぱたと屑を落とした。
「ん、よし、じゃあ見に行くか!」
そういって、エルドはシストの手を取る。そのまま彼らは部屋を出ていったのだった。
***
部屋割りが張り出されている連絡板の周りは新人騎士たちであふれかえっていた。わいわいと賑やかな声が響く。シストとエルドも伸びをしながら、その掲示板を見ようと躍起になっていた。
背が低い彼らではよく見えない。暫し伸びをしながら掲示板に貼られた部屋割りを眺めていたエルドだったが、やがてあっと声を上げた。
「あ、シスト、あった!」
その声にシストが振り向くと同時に、がばっとエルドが飛びついてきた。うわ、と声を上げる彼を抱き留めれば、エルドが緑の瞳をきらきらさせて、いった。
「俺たち、部屋一緒だよ!」
嬉しそうにそういう彼。シストはアメジスト色の瞳を幾度も瞬かせて、彼に問う。
「え、本当か?」
まだ、シストは自分の名前を見つけられていない。見つけようと掲示板に視線を向けるが、エルドにがくがくと体を揺さぶられて、文字を追うことが出来ない。
「やった、シストと一緒だ!」
嬉しそうに声を上げるエルド。シストは掲示板を見るのを諦めて、自分の体を揺さぶるエルドを押さえる。
「うわっ、ちょ……抱き付くなよ、エルド」
揺らすなって、とシストはいう。しかしエルドは嬉しそうに笑いながらシストに抱き付いたままだ。表情を綻ばせたままに、彼はいった。
「だって嬉しかったからさ!」
そういって、彼は微笑む。そのまま彼はぎゅっと、シストの手を握った。
彼の行動に驚いて、シストは瞬きを繰り返す。そんな彼のアメジスト色の瞳を見つめて目を細め、エルドは言葉を紡ぐ。
「俺、孤児院の外で出来た友達って、シストが初めてなんだ」
ずっと孤児院に居た自分。その中では友人もいたけれどこうして〝外〟に出てきて、初めて出来た友人がシストだった。そう言って、嬉しそうに笑うエルド。彼の言葉に、表情に、シストは少し驚いたように目を見開く。その後、ふっと表情を綻ばせた。
「……そっか」
幸せそうに笑うエルド。そんな彼に、外に出てから初めての友人だといわれて、嬉しかったのだ。
「これからも、宜しくな?」
エルドは笑顔でそういう。少し緊張した表情の彼を見てシストは可笑しそうに笑った。
「あははは、何畏まってるんだよ」
そういって、シストは軽くエルドの額を小突く。その手にきょとんとした顔をした後、彼は照れくさそうに笑ったのだった。
***
荷物を運びこんで、ぐるりと室内を見渡す。部屋は二人で暮らすには少しだけ、狭い気がするが、居心地が悪そうとは感じない。
「ふぅ」
「今日からここが俺たちの部屋かあ」
エルドが感慨深そうに言う。シストはそれを聞いて目を細めた。
同じように、思う。けれどもそれを口に出すのは少し気恥ずかしくて、シストは呟くように言った。
「そっけない部屋だなあ」
そんな彼の言葉にエルドもふっと笑う。そして冗談めかした口調で言った。
「絵でも飾るか?」
何か、買ってきてさ、というエルドに、シストは思わず噴き出した。
「ぶっ、男二人の部屋に絵?」
変だろ、とシストはいう。それを聞いて、エルドは暫し考え込む顔をする。そして……ぶふっと吹きだした。
「何か想像したら笑えた」
あはははは、と笑うエルド。それをみてシストも〝だろ? 〟という。エルドは暫し可笑しそうにくっくっと笑っていたが、やがてその笑みを引っ込めて、いった。
「まぁ、いいや……ともあれ」
そういった彼はふ、と笑う。そしてシストに視線を合わせると、にかっと笑った。
「宜しくな、シスト。俺、いびき煩いかもしれないけど」
そういって笑うエルド。シストはそれを聞いてアメジスト色の瞳を瞬かせた後、悪戯っぽく笑った。
「そうしたらひっぱたいて起こしてやる」
「げ、気をつけないと」
エルドはそういって、眉を寄せる。どうしたらいびきかかないかな、なんて呟いている彼を見て、シストは可笑しそうに噴き出した。
「ふふ、冗談だよ……宜しくな、エル」
そういって、シストは微笑む。突然呼ばれた愛称に、エルドの方が驚いた顔をした。シストは彼を見つめ、照れくさそうに、言う。
「……友達、ってんなら、いいだろ?」
そう呼んでもさ、と呟くようにそういうシスト。エルドはそれを聞くと人懐こい瞳をまん丸くした。そして、笑顔で頷く。
「おう! 宜しくな、シス!」
二人はそうして互いに笑い合う。春の穏やかな風が、開けた窓からふわっと吹き抜けていったのだった。
―― あたたかなひ ――
(柔らかな陽射しが、降り注ぐ。穏やかな春の、一日は新しい生活の始まりを告げる)
(優しい光は、暖かな言葉は、俺にとっては幸福そのもので。あぁ一人ではないのだ、と心が温もった)