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第一話 はじまりのひ

はじまりのひ(リベルテ歴141年 4月)

 

 真新しい制服に袖を通す。真っ白の騎士服。肩口や胸の留め具は、新人であることを示す黒色だ。布の匂い。それを嗅ぎながら留め具を留めた紫髪の少年は、ふっと一つ息を吐き出した。

 空は、快晴。入団式には最高の空模様だ。からりと晴れた空を風が吹き抜け、淡いピンク色の花を散らしていく。


「……よし、そろそろいくか」


 やや緊張気味にそう呟いた彼は、部屋を出る。この部屋を一人で使うのも、あと数日だ。何日かしたら、部屋割りが決められるらしい。今年は新入団員が多かったとかで、二人部屋になる騎士も多いだろう、とのことだった。

 どちらかといえば一人でいるのは苦手な方だし、早く二人部屋になる方が良いな。そんなことを考えながら彼……シスト・エリシアは歩みを進めていった。


 彼が着いたとき、既に中庭には新入団員達、上官たちが整列していた。少し遅れてしまっただろうか、そう思いながらシストは慌てて列に加わる。

 やや緊張気味に佇む新人騎士たちの新品の白い騎士服が降り注ぐ陽射しを反射して、煌めいているように見えた。そんな様子を見ていると、何だか心が躍る。新しく騎士になった、仲間たち。彼らと今日からは一緒に訓練をしていくのだ。そう思うと、緊張するのと同時にとても楽しみでもあった。


 孤児院出身であるシスト。エリシア家に引き取られ、育てられていたが……自ら志願して、こうして騎士団に入団するための試験を受けた。それは、大切な人を守るため。自分の傍にいるためにと、両親に追いすがることもなく孤児院に残ってくれた、姉のために強くなりたいと、シストはそう願ったのだ。

 勿論、反対はされた。彼はまだ、幼い。しかしこの国の騎士団は幼くとも実力さえあれば入団が可能で、教育制度も整っている。それを考えるとすぐにこうして騎士団に入ることが、自分にとって一番な気がして、姉と両親を説得して、こうして入団するに至ったのである。


 試験は簡単なものではなかった。基本的なマナーや作法に関する筆記試験。剣術や体術の能力を測るための実技試験。魔術などの特技を見せる試験……それらを全てクリアしたのが、今此処に集まっている新人騎士たち。年齢はもちろんまばらで、シストほど幼い者は正直多くない。大体が、8歳から10歳、といったところだった

 やはり、自分と年齢の近い騎士はあまりいないだろうか。そう思いながら少し、不安になる。ぐるり、と視線を巡らせた、その時。不意にぽんっと、背中を叩かれた。


「よぉ!」


 そんな声が聞こえた。声の方を見れば、鮮やかな赤色の髪の少年と、黒髪の少年の姿。自分と似たり寄ったりの年齢に見える赤髪の彼は、人懐っこく笑っていた。


「お前も新入団員だろ? 俺、アネット、アネット・ホークルス! よろしくなー! 此奴はルカっていうんだって」


 さっき仲良くなった! と、言いながら、アネットと名乗った赤髪の少年は、隣にいる黒髪の彼……ルカの背中をばんばんと叩く。割と強いその力に顔を盛大に顰めながら、ルカは溜息を一つ。


「勝手に人のこと紹介すんなよなぁ」


 そういいながら苦笑する彼。しかし別に彼の行動を不快に思っている訳ではないようで、彼は笑みを浮かべてシストに向かって手を差し出した。


「ルカだ。宜しくな……歳が近そうだってアネットが突撃しに行ってさぁ」


 俺たちは同い年だってわかって意気投合したんだ。ルカはそういいながら、ルビーレッドの瞳を細める。シストはそんな彼の言葉に、少しどぎまぎしつつ手を出して、いった。


「そう、なんだ……お、俺は、シスト……宜しく」


 そういって、シストはルカの手を握る。肉刺のある少し硬い手。それに驚けば、ルカがくすりと笑って、いった。


「俺の父さん、騎士なんだよ」


 そういいながら、ルカは笑顔である方向を指さす。それは、騎士団の各部隊長が集まっている場所。


「あ、あの人か……」


 見れば、すぐにわかった。ルカにそっくりの、黒髪に赤い瞳の男性は堂々と、そこに立っていた。


「俺も、父さんみたいに強くなりたくてさ!」


 強くなって、大事な人を守りたい。黒髪の少年は嬉しそうに、照れくさそうに、そう語った。


「そうなんだ……俺も、だよ」


 シストはそういって、はにかむように笑う。アネットもそれを聞いて、表情を輝かせた。


「そうなんだ! 俺たちにてるな!」


 人懐っこくそういって、彼はルカとシストの背中をバンバン叩く。少し痛い位の力で叩きながら笑う、無邪気な少年。


 ―― どうやら、友人が出来たみたいだ。


 そう思って、ほっとしながら、シストはアメジスト色の瞳を細めたのだった。


 ***


 そんな、数日後。無事に叙任式も済ませ、今日から本格的な実戦訓練が始まる。いよいよ騎士になった、という感じがしてシストは浮足立っていた。


「訓練、かぁ……」


 どういうことをするんだろう。そう思いながら彼は集合場所である訓練場に向かう。既にまばらに新人騎士たちは集まってきていた。

 親しくなった者と会話をしている幼い騎士たち。そんな人の波の中をぐるり、と見渡して……シストはよく見知った赤髪の少年の姿を見つけた。


「あ」


 向こうも、シストが来たことに気がついたらしい。ぱっと表情を明るくすると、ぶんぶんと手を振った。シストがそちらへ向かうと、彼……アネットはくぁっと一つ大きな欠伸をしてから、笑った。


「おう、おはよう、シスト」

「おはよう、アネット……早いな」


 彼は早起きが苦手だと思っていた。だからこんなに早くに集合場所に来ていることに、シストは驚いていた。彼の言葉に、アネットはガーネットの瞳を瞬かせつつ、笑みを浮かべる。彼の日焼けした頬は興奮で紅潮していた。


「剣術訓練が楽しみでさ!」


 張り切ってきちゃった! 笑顔でそういう彼。なるほどな、というようにシストが頷くと同時、そんなアネットの頭を誰かが軽く叩いた。


「この前のマナーの座学の時は遅刻してきたしその後ずっと居眠りしてたのに」


 そういって笑うのは、黒髪の彼……ルカ。最近はもっぱら、この三人で過ごしていた。少し遅れてきた彼は、アネットをからかうように声をかける。彼の言葉にアネットは気まり悪そうに眉を寄せ、頬を引っ掻いた。


「う……座学は苦手なんだよ、俺試験も筆記はぎりぎりだったし」


 ぼそぼそと言い訳をする彼。頬が赤いのは、先程とは少し違った理由だろう。そう思いながらシストはくすり、と笑った。


「アネットらしいよ」


 まだ出会って数日だが、アネットとルカ、二人の性格は大分わかってきた。二人が実は自分より一つ年上だということも。


 アネットはとかく明るく、無邪気な性格だ。年上だろうと年下だろうと構わず笑顔で声をかけに行く。礼儀作法のなっていない子供ではあるがそれが憎めない、とにかく可愛らしい性格の少年だ。

 一方のルカはアネットよりは幾分落ち着いていて、面倒見の良い性格の少年だ。話に聞くに、故郷に二つ年下の親戚がいるとかで、その子の面倒を見ているものだから、そういう性分なのだろう、と笑っていた。父親も騎士だということもあって、騎士への憧れも人一倍強いようだった。

 そんな二人と一緒に過ごすのは楽しい。良い友人に出会えてよかった、とシストは思っていた。


 と、その時。


「ところで、なんだけど……シスト、剣は?」


 アネットがきょとんとした表情で首を傾げる。シストはそれを聞いてぱち、と瞬きをした。それからばっと、自分の腰に視線を向ける。


「えっ、あ……!」


 さっと、シストは青ざめる。どうした? と言いたげに首を傾げるアネットとルカを見て、シストはいった。


「わ、忘れた! と、と、取ってくる!!」


 そういって、シストは慌てて訓練場を飛び出した。そんな彼の後ろ姿を見て、アネットはからからと笑い声をあげた。


「あはははっ馬鹿だなぁ」


 剣術の訓練で剣忘れるなんて。そう声を上げる彼を見て、ルカは小さく息を吐き出した。小さく肩を竦めて、言う。


「お前に馬鹿って言われたら彼奴もう立ち直れないぞ」


 シストの方がずっと頭良いからな。ルカがそういうと、一瞬目を丸くしたアネットはぶうっと頬を膨らませた。


「失礼だなー!」


 俺だってちゃんとする時はするからな! そういって唇を尖らせる彼を見て、ルカはおかしそうに笑いながら、〝そりゃあいつになるんだか〟といって肩を竦めたのだった。


 ***


 シストは慌てて居住棟に戻ってきていた。まだ訓練までは少し、時間がある。初日から遅刻なんて笑えない、と彼は必死で、剣がしまってある倉庫に飛び込んだ。

 と、その時。


「うぉっ?!」


 どんっと、誰かにぶつかった。それなりの勢いでぶつかったために、相手もシストも尻餅をつく。いてて、と小さく声を上げる相手を見てシストは慌てて立ち上がり、手を差し伸べた。


「うわっ、ごめん」


 大丈夫か? と、シストは慌てて声をかける。尻餅をついて顔を顰めているのは、黄緑の髪の少年だった。

 彼は顔を上げて、シストを見る。そしてエメラルド色の瞳を大きく見開いて、声を上げた。


「あ、お前!」


 そう大きな声を上げられて、シストは驚き、瞬きを繰り返す。ちょうど良かった、といって笑った彼は手にしていたものをシストに差し出した。


「剣、忘れてっただろ」


 差し出されているのは、見習い(ノト)の騎士用の、剣。シストの名前が書いてある。


「あ……持ってきてくれたのか」

「あぁ。置きっぱなしになってるからさ」


 お前のだろ? そういって、少年は人懐っこく笑う。アネットほど豪快な笑みではないけれど、春の陽だまりのような、柔らかい笑みを浮かべる少年だった。

 そんな彼の手から剣を受け取る。そして、シストも笑みを浮かべた。


「ありがと……えっと、俺、シスト、シスト・エリシア」


 相手は自分の名前を知っているようだけれど、相手の名前がわからない。そう思ってシストが名乗れば、黄緑の髪の少年は、苦笑を漏らして、いった。


「あ、名前いってなかったっけ。俺エルド。エルド・ウェイリス!」


 お前の事は知ってて、声かけようと思ってたんだけど、と苦笑まじりに彼はいう。それを聞いて、シストは納得したように頷いた。自分はずっとルカやアネットと話していたものだから、きっと声をかけにくかったのだろう。心細かっただろうに。そう思いながら、シストはすまなそうに笑った。


「これからよろしく」

「よろしくな」


 笑みを返し、少年……エルドはシストの手を握り返す。そして少し驚いたような表情を浮かべて……笑った。


「お前、手、細くて綺麗だな」


 真っ白い、綺麗な手。そういいながらエルドはぎゅっとシストの手を握る。


「……あ、ありがとう?」


 少し、照れる。そう思いながら視線を揺らしていれば、エルドはくすくすと小さく笑った。


「照れてる」

「う、煩い……っていうか、急がないと!」


 遅刻しちゃうよ! そういって、シストは慌てて剣を腰のベルトに通した。エルドに促して、手を差し出す。


「え」

「早く、一緒にいこう!」


 そういうと同時に、シストはぎゅっとエルドの手を取って、走りだした。いつも、自分が姉にされていたように。

 エルドはそんな彼に手を引かれながら、少し驚いたような顔をする。しかし自分の手を引いてくれる仲間……友人の方を見て、嬉しそうな微笑みを浮かべていたのだった。

 

 


 

 

 

 ―― はじまりのひ ――

(新しい制服、新しい居場所。新しい仲間、新しい友人…)

(楽しみで、怖くて、それでも確かにわくわくする…此処で始まる生活に、確かな期待を抱いて…)

 

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