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最終話 雪解けの日

雪解けの日(リベルテ歴155年 4月)


 月日は、変わらず流れる。美しい青空が広がっているのを見上げて、シストはアメジスト色の瞳を細める。

 変わらない空。変わらない景色。……変わるのは自分ばかりか。そう思いながら彼……シストは息を吐き出して、ふっと笑みをこぼした。


 〝あの日〟から、二年が経つ。シストは騎士として、様々な任務をこなしてきた。今年で、十八歳になる。婚礼も可能になる年齢だ。いつの間にか、そんな年になってしまったよ、とシストは苦笑を漏らした。


 相棒なしの騎士。ヴァーチェの騎士なのに、と怪訝な視線を向けられることも、減った。それはシストが確かな実績を残してきたからである。

 実はそれとはなしにルカに新しくパートナーを持たないかと言われることもあった。それが、一人で動くシストには仕事を押し付けられないからということではないことを、シストも理解している。

 相棒を持たず、一人で任務をこなすことには、常に危険が付きまとう。実際、任務後に一人で帰っている時、魔獣や暴漢に襲われて命を落とした騎士や警官の話はしばしば聞く。傍に誰かがいたならば助かっただろう、などという話も。ルカはきっとそれを心配しているのだと、シストは思っていた。

 彼は、優しい。シストが彼の〝元〟パートナー……エルドのことを忘れられないことを理解した上で、そうしてシストを心配しているのだから。


 けれどもシストは彼の言葉に頷きはしなかった。もう二度と、相棒を持つ気はなかった。それはシストのなかでのある種の誓い。

 もう二度と、相棒を持たない。もう二度と、誰かを自分の所為で失わない。もう二度と……特別な、大切なものを作りはしない。そう思って、日々を過ごしていた。


 ルカやアネット、同じ部隊の仲間たちとはたしかに親しくできている。どちらかと言えば社交的と言われるし、他者からも人気がある方だとは思う。けれども……〝親友〟といえる友人がいるか、と問われれば、シストは迷わず首を振るし、彼の友人たちもきっとそうだろう。


 それも当然と言えば当然。シスト自身がそうなるように、過ごしているのだから。

 大切なものは作らない。誰か特別な存在を作らない。誰かの特別にならない。それが彼の中にある誓いであり、呪いでもあった。


 ……実際ルカもそれを心配していたのだが、どうしてやることもできず。その手の心の動きに詳しい医療部隊長(ジェイド)も黙って首を振るだけだった。


 そんなある時のこと。


「聞いたか、あの話」

「あぁ、今から円形闘技場で〝あの騎士〟が決闘するんだろ?」


 そんな声を聞いてシストはおや、と思った。その騎士を呼び止めて話を聞けば、今から、円形闘技場でちょっとした決闘があるという。

 先輩騎士の揶揄いに皮肉で返した、飛び級でヴァーチェに上がった、美少年騎士。その騎士に対して大人げなくも、その先輩騎士が決闘を挑んだとのことだった。


「あぁ、ルカの従弟か」


 シストには思い当たる人物が一人、いた。入団当初から有名だった、美しい騎士。女性のように華奢で見目美しく、また彼が扱う氷属性の魔術のごとく冷たい性格の騎士なのだと、有名だった。

 今回の決闘の原因になったという〝揶揄い〟に関しても、シストは噂を聞いていた。従兄であり、騎士団の一部隊の部隊長であるルカが手引きしただとか、贔屓されているだとか。


 そんなことはなかろうと、シストは思っている。同期生である自分に対しても、正しく接してくる(ルカ)だ。身内であるからといって手を抜いたり、ましてや贔屓をすることはしないだろう。それが相手の騎士道を辱しめることは、ルカもよくよく理解している。〝努力でトップに立った〟彼だからこそ、そうした不正は絶対に許さないだろうと、シストは思っていた。


「なぁシスト、面白そうだから見に行こうぜ!」


 そう、仲間に誘われて、勢いのままにその騎士たちの決闘を見に行くことになった。

 そして、驚いた。予想していたよりもずっと、その少年騎士は華奢だったのである。本当に男か、と思うほどに。

 柔らかな亜麻色の髪。遠目にもわかる、強い意志を灯したサファイア色の瞳。透き通るように白い肌と、凛とした顔立ち。近くで見た騎士たちは〝女ならば惚れていた〟と失礼極まりないことを言うほどだ。


「あまりルカには似ていないな」


 シストはそんな冷静な感想を抱いていたが。


 けれども、その剣術の腕は確かなものだった。鋭い剣さばき。身軽な体を活かしてあっさりと攻撃を躱し、隙をついて攻撃を加えた。あっさりと勝負を決めて見せた彼は、凛とした、冷たい声で相手にいった。


「まだ、これでも俺が弱いと?」


 その言葉に頷ける者はいなかった。

 彼の強さは確かなものだ。それを思い知らされた愚かな騎士はその場にへたりこんだままだった。


「強いんだな、アイツ」


 シストはそんな感想を漏らした。それを聞いて近くで話を聞いていた仲間の騎士は、言う。


「そうでもなきゃ、飛び級何てできないだろうよ」

「ああ、そりゃそうだな……」


 優れた剣術。纏う魔力の強さ。恐らくそれが飛び級の決め手だろうな、とシストは思う。


「噂通り綺麗だしなぁ、俺たちの部隊には最適だよ」


 そんな仲間の言葉にシストは苦笑を零す。騎士としての仕事には、容貌(ルックス)の良さが求められるのも確かだ。殊更、貴族の護衛任務が多い雪狼では。


「きっとこれから引っ張りだこだな、アイツ」


 可愛いお嬢さんがたに、と言う声は少し嫉妬を含んだもの。シストはそれを聞いて苦笑を漏らしつつ、同意を示していたのだった


 ***


 その数時間後。シストは偶然、中庭であの少年騎士の姿を見つけた。

 他の騎士たちは友人たちと語らったり、訓練をしたりしているなかで、一人で佇む姿は、目立つ。かくいうシストも、同じ部隊の騎士と談笑していた最中だった。


 亜麻色の髪が風に揺れる。サファイアの瞳は何処か冷たく、たしかに近寄りがたい雰囲気を放っていた。けれども、そんな彼が……どこか、寂しげに見えた。

 それはそうだろう、と思う。普通ならば見習い騎士(ノト)はアークに昇任する。恐らく同期生のほとんどは、そうだろう。それなのに彼一人(実際一人かは知らないが)ヴァーチェとなれば、やっかみの元にもなるし、何より本人が気まずいだろう。……そもそも根本的に、友人があの少年にいるかは、不明だけれど。


 その姿を見て、幼い頃入団したばかりで不安に包まれていた自分を思い出したからか、放っておけないと、そう思った。悪くて怪訝そうに見られて終わるだけだ、とそう思い、シストは深く息を吸い込んで、その少年を……フィアを呼んだ。


「おーい、フィア! こっちこいよ」


 入団したてで不安を抱いたままの自分にアネットがそうしてくれたように明るく。剣を置き忘れた自分に笑いかけてくれたエルドのように優しく。


 ***


「は? 俺がフィアの護衛?」


 ある程度フィアが雪狼に馴染み始めたある日のこと。シストはルカに呼び出され、言いつけられた。〝初任務に赴くフィアの護衛をしてくれ〟と。


「何だって護衛の騎士の護衛? 過保護が過ぎるぞ、ルカ」


 おかしいだろ、とシストは言う。確かに、はじめての任務は不安だろうし、身内であるルカが心配するのはわかる。けれども、魔獣討伐の任務ならいざ知らず、貴族の護衛だと言うのだ。


 どうして、と問いかけるシストを見て、ルカは眉を下げる。それから、〝まぁ、ある程度私情も入るんだが〟と前置いて、言った。


「最近、突然騎士が襲われる、って話はお前も聞いてるだろ」

「え? あぁ、姿も見えない〝何か〟に襲われるってあれか?」


 確かに最近、正体不明の何かに襲われて怪我をする騎士が後を絶たないことは、シストも知っている。それは大抵、一人でいる騎士が襲われていると言う。だからお前も気を付けろ、とシストも言われたばかりだった。

 そんなシストの言葉にルカは頷く。そしてシストのアメジストの瞳を見据えて、言った。


「私情が入ることも含めて、お前に頼みたい。俺が昔からよく知ってる、お前にだから。……アイツを、守ってやってほしい。水兎の騎士からも、一人で行かせない方が良いって提案を受けてるんだ」


 ルカはシストにそう言った。

 正直、シストは迷っていた。自分に、出来るのだろうか。かつて相棒を自分のミスで死なせてしまった、自分に。


 暫しの、間。その後、シストは小さく頷いた。


「……わかった」


 導き出したのは、その答え。ルカはそれを聞いて、少し驚いたような顔をした。


「何だよ、お前から頼んできたんだろ」


 そんな彼の反応が面白くて、シストは笑う。それを聞いてルカはふっと笑って、頭を掻いた。


「いや……正直、断られると思ってたから」

「断ろうと思ったよ。……でも」


 そこでシストは言葉を切る。小さく息を吐き出した彼は、そっと胸に手を当てて、言った。


「……少しは、前に進まなきゃな」


 ずっと、立ち止まってはいられない。それに、自分に変わらず信頼を寄せてくれる上官に、報いたい。そんな思いで導き出した返答だった。

 それに。あの危なっかしい新人騎士を、自分が守ってやりたいと、そう思ったのだ。確かな力を持つであろう、けれども何処か危うい彼を。

 シストがそういうと、ルカはふっと微笑んだ。そしてぽんと彼の頭に手をおいて、言う。


「……頼んだぞ」


 彼の声は優しく、暖かい。シストはふ、と表情を綻ばせて、力強く頷いた。


 ―― 今度こそ、きっと守ろうと思ったものを守れるように。


 ***


 ふ、と目を覚ます。それと同時に、ひょいと彼の顔を覗き込んでくる、蒼い瞳の少年。見慣れた〝相棒〟の姿に、シストは目を細める。


「ん……寝てた、か」

「随分とよくな。おはよう、シスト」


 そういって、彼は可笑しそうに笑う。シストは苦笑すると体を起こして、んーっと伸びをした。

 中庭で日向ぼっこをしているうちに、気が付いたら眠ってしまっていたようである。


 ……随分と、長い夢を見ていたような気がした。幼い頃からの、夢を。楽しかったこと。哀しかったこと。そして……新しい始まりの日のことも。


 フィアは〝随分よく寝ていたな〟というと、何故か突然そっぽを向いた。そして、呟くように言う。


「……顔を洗って来い」


 その方が、良いぞ。そうとだけ言って、フィアはさっさと歩いていってしまう。


「顔?」


 首を傾げたシストはそっと自分の顔に触れて……気づく。どうやら、自分は泣いていたらしい。そう思いながら、シストは顔を赤く染める。


「……っ、あー、くそ」


 夢を見て泣くなんて、子供じゃないんだから。そう思いながらシストはごしごしと顔を拭い、立ち上がる。ふう、と息を吐き出してから、彼はふっと笑った。


「……ったく、不器用なんだから」


 慰める訳でもなく、優しくするわけでもなく。それでも彼なりの不器用な優しさを置いて、帰っていった。そんな彼のことが、シストは好きだった。


 とりあえず、顔を洗ったら彼に礼を言おう。折角だし、久しぶりにシフォンケーキを焼くことにしようか。亡くなった大切な、〝かつての相棒〟も好きだった、シフォンケーキを。そう思いながらシストは歩き出す。


 降り注ぐ陽射しは、雪を融かすような暖かで穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 雪解けの日 ――

(どんなに吹雪の日が続いても、いつかはきっと雪解けの日が来る。そのことを教えてくれたのは、氷の瞳を持つ新しい相棒だった)

(あの日の胸の痛みは忘れない。けれどそれを抱いて、俺はきっと前に進んでいこう)

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