第2話 回想 我が家は相も変わらず平和
自宅の扉を開け、中に入る。
家の中は静まり返っていた。
父親は出張、母親はいつもの残業だろう。
いわゆる共働きというやつだ。
だが、もう一人、我が家には住人がいる。
小宮おばちゃん、母方の祖母で、普段自宅にいない両親に変わって俺を育ててくれている。
廊下を曲がると、電灯の光が扉の隙間から漏れ出ている。
扉を開けると、小宮ばあちゃんが席に座って本を読んでいた。
「ただいま」
少し大きく声をかけると、小宮ばあちゃんが本から顔を上げた。
「あぁ、おかえり。夜食はいるかい?」
ニヤリと笑って、尋ねてくる。
「うん」
「待ってな、今作るから」
そう言って、小宮ばあちゃんは本を机の上に置いて台所へ行く。
ふと、表紙が見えたので、タイトルを読んでみたが、よくわからない本だった。
たぶん、啓発本、みたいなものだろう。
いつものことなので荷物を自分の席に置いてから、洗面所に移動する。
キュッ
蛇口を捻り、手を洗う。
手を濡らした後は水を止めて石鹸を使う。
数十秒ほどしてから再び蛇口を捻り水で石鹸の泡を洗い落とす。
洗い終わった後、水を手で掬い、蛇口に掬った水で石鹸の泡を落とす。
コップを取り出し嗽をする。
嗽を終え、洗面台にいつも置いてあるタオルで手を拭く。
そろそろ洗った方がいいのではとタオルを見ながら思い、洗濯かごにタオルを投げ入れて洗い済みのタオルを棚から取り出す。
タオルをかけて、洗面所から出る。
決まりきった規則のように、いつもと変わらないルーティンをこなしていく。
自分の席に置いておいた鞄を手に持ち、ダイニングルームから出て二階に上がる。
ギシッ
階段から軋む音が出る。
それでも御構い無しに俺は階段を上がる。
二階の廊下を歩き、二つ目の扉を開ける。
一つ目の扉は小宮ばあちゃんの部屋、二つ目の部屋が自室で、三つ目の部屋が両親の部屋だ。
他にもあるが、それは置いておこう。
ただ、普段、俺が使う部屋ではないことは言っておこう。
自室に入り、鞄を定位置──勉強机の脇に置く。
質素な部屋だと、胸を張って言える。
シャーペン二本に消しゴム二つ、HBのシャー芯3つ。
勉強机に、寝床、本棚三段。
床に敷かれた茶の単色のカーペット。
たったそれだけ。
ゲーム機もなければ漫画本なんてものもない。
あるのは最低限度の日用品と勉強のための本。
もちろん、読みたいからと置いている物語形式の本もある。
しかし、それらの大半は図書館で借りてきたもので、実際に買ったものの方がはるかに少ない。
鞄から、読書の時間のために持っていった本を出して、そこに置く。
まだ読んでない本を一つ選んで、明日のために入れておく。
それが終わってから、筆箱、教科書、ルーズリーフなどを出した。
ファイルに入れておいた学校からの配布物を選り分ける。
小宮ばあちゃんは基本的に良くも悪くも放任主義だ。
こちらから配布物などで必要なサインにハンコを言わなければずっと放っておくだろう。
今の所、まだ一度も学校から配布された提出物を期限までに忘れたことはないからわからないが……。
配布物を取り出した後、ファイルを鞄にしまう。
ふと、鞄の中で、紙の感触がした。
そのまま入れている紙なんてなかったはずと思い、中を覗いて引っ張り出す。
それは茶色く折り畳まれた、古ぼけて、変色した一枚の紙だった。
四つ折りで、大きさはA4の半分ぐらいの大きさだと推測できる。
誰かのが紛れ込んだのだと思うが、いつのことなのかはわからない。
学校か、それとも塾か……。
もちろん、それ以外の可能性だってあり得る。
悩んだところで答えは出ない。
少し覗くだけ。
そう思って紙のはしに指をかける。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
ゆっくりと、開きかけて
「できたよ〜」
小宮ばあちゃんに呼ばれた。
一瞬、躊躇するも、その古ぼけた紙は勉強机の上に置く。
けれど、やっぱり心配になって、机の棚に押し込んだ。
そして急いで夜食を食べるために、部屋を出る。
なにせ、小宮おばあちゃんの作った料理が外れたことは一度もないのだから。