第17話 復讐
「嘲笑っていたのか?」
マーヴァミネは、開口一番にそう言ってきた。
「そう見えるか?」
素朴な疑問のように、質問してみる。
もちろん、実際はただの意地悪のようなもので、特に何か考えて口に出した言葉ではない。
無意識に影響されているかもしれないが、そんな瑣末なことは考慮しないでおく。
そしてマーヴァミネはというと、どこか達観として、なんにもない宙を眺めている様子なので、釈然としない気分を味わうことになる。
彼が《《そう》》なのは、空虚なのだろうか。いや、わかっている。彼は空虚などではなく、むしろ全てを理解している状態だ。
少なくとも、俺がなぜ夢を見させたのかという意図、それだけは、はっきりと理解しているだろう。
そうなるように、俺が調整したのだから。
あらゆるあり得た未来の中で、最も俺が理想とする形に落とし込んだ未来、それが目の前に広がっている光景だ。
見た未来と寸分違わず、ここに到達した。
自分を褒めるべきだろうか?
それとも、『当たり前のことだ』と己を戒めるべきなのだろうか?
「確かに、嘲笑っているようには見えないな」
思考を打ち切るようにマーヴァミネが口を開いた。思考を切り替え、聞く姿勢に入る。
……まぁ、特に何かするわけではないが、一応背伸びだけしておく。
「だが、お前は私にこの気持ちを味合わせたかったのだろう? そういう意味では、楽しかったのではないか?」
痛いところ……でもないが、言いにくいところをついてくる。
「そうでもないんだけどね」
と、形だけの否定をしてみるも、案の定向こうさんは聞き流して続きの言葉を待つ体制をとっている。
「……強いて言えば、想定内にことが運んだから、それに対しては充足感のようなものは得ているね」
当たり障りのない(?)言葉を選んでみたが、それでもオブラートに包み込めていないと感じなくもない。
──全然包み込まれてませんよ?
そんなことはない。ちゃんと取り繕ってるさ(当社比)。
──何言ってるんですか?
オウランの凍えるように冷たい言葉に思わず震える。だが、こんなことでは屈しはしない! 俺は自らの心に正直なだけなのだから、非難される謂れはないのだから……。
──それは置いておいて
置いとかないで!?
──彼をどうするんですか?
……、そういや言ってなかったっけ?
──言ってませんね
確かに、思い返せばマーヴァミネに夢を見させて云々は説明したが、そのあとどうするのかについては一切説明していなかった。
まぁ、とても簡単な話なんだけどね。
──簡単、とは?
つまりだね、オウランくん。
── ……はいなんでしょうか?
ノリが悪いな……。納得いかないけど続けよう。
マーヴァミネは、これから肉体も魂も全て形も残らず消しとばすんだよ。
あっ、これ決定事項ね。
──随分軽く言いますね。
こういうのは、重い気持ちより軽い気持ちのほうが楽でいいと思うんだけど。
──復讐者のセリフとは思えませんね
あ〜、復讐ね。なんかもう達成した感あるけどね。
──それなのに、殺すのですか?
……。
そうだね。これは決着なんだよ、気持ちの整理をつけるための行動。
そもそも、復讐なんて誰も望んじゃいないことなんだよ。結局は、復讐をすると決めた人の自己満足のためでしかないんだから。
俺はそう思ってるし、実際そうなんだよ。
死んだ人への手向だとか、死んだ人が望んでいるだとか、いうのは死んだ人が本当にそう言っているのかなんてわからないし、百歩譲ってそうだったとしても、決行したのはその人であって、他の誰でもないんだ。
もし、死んだ人が出たとかそういう話じゃなくても、いやむしろそちらの方が自分の意思が強く反映されていると考えられるのではないだろうか?
人の行動は全て自分の意思で行われること。
他人にそそのかされようが、選択権がなかったとか言っても、選んだのは本人なのだ。
全てに置いて、だ。
それを変えれる人はいない。
だから言う。
俺は、俺の意思で、俺の心にある蟠りを乗り越えるために、彼、マーヴァミネを殺す。それだけじゃない。魂まで砕いて一生復活できないようにするんだ。
声には出したくないんだけどね。
「充足感か……」
思考の加速を解除した途端、マーヴァミネの声が耳に入ってきた。
その言葉にピクリと体が反応し、肩が揺れる。
マーヴァミネも気づいていないほどだが、オウランにはバレたようで、なぜかジト目で睨まれた。
なんも悪いことなんてしてないのに、理不尽(?)だ。
「復讐することで満足するやつなどほとんど見なかったが、お前はそうでもなかったようだな」
面白そうにマーヴァミネはそう言ってきた。
確かに、復讐で人が生き返るわけでもないのだから云々とは耳にタコができるほど聞いてきた。
だけど、俺はそうでないのだ。
全能神なのだ。
全ては、俺の望む通りに行く。少なくとも、他の全能神にでも遭わない限り我を通すことなど簡単だ。
「復讐だけが全てじゃないしな。むしろ、復讐なんてのは最終目的じゃなくて、途中過程の一つ程度に思ってればいいんだよ。俺もそうしてるからな。だけど、みんなそうじゃねぇ。復讐することが最終目的だとか思い詰めてる奴が多すぎるんだよ」
率直な感想だ。
まぁ、復讐だけに人生注いでるやつなんて物語の中にしかいないかもしれないが、そんなことについて話していたら長くなりそうなので割愛しておく。
「みんな、もっと自由に生きれればいいのにな」
「……それができる人がどれだけいると思うのだ?」
マーヴァミネがそんなことを言ってきた。どうやら、自分の境遇と重ねてみているようだ。
それにしても、その言い回しではほとんどいないとでも言いたいようだ。
「ここにいるじゃないですか」
思ったままに声が出た。
──『だから、他にもいっぱいいるでしょう?』とでも言いたいのですか?
よくわかってるね。さすがオウラン。さすオウ……?
──止めてください。
どうやら、お気に召さなかったようだ。だが、実際はどうなのだろうか?
「全員がお前みたいに強くはなれない」
どうやら、マーヴァミネはそういった意見らしい。
だが、ここは全能神たる俺だ。人を殺すことを復讐として選んでいる奴は、たいてい俺みたいに強くないというマーヴァミネのセリフは正しくもあるようだ。
しかし、一般的な「仕返し」程度の復讐ならば、俺の言ったことは正しいことだろうし、的を得ていること間違いなしだ。
「人はか弱い存在だ」
マーヴァミネの言葉は続いている。
「特に、復讐をするということは精神的な支柱となると同時に、重い枷をはめられているようなものだ。それを最終目標でなく通過点のように考えられるものなど、いない。復讐に囚われていれば尚更だ」
まるで自分のことのように話している。以外にも、復讐にのめり込んでいるようだ。
「お前もそうなのか?」
ふざけた口調で問うてみれば、真剣な瞳がこちらに向けられた。
「あの夢は全て幻想だったのだろう? なら、私は幻想を消されたことで復讐を決行するような愚か者ということだ」
自虐するようなセリフ。だが、その声の裏には間違いなく恨みつらみがこもっている。
マーヴァミネは、なぜそんなことをされたのか理解しているのだろう。それでも、気に入らないものは気に入らないし、なんなら理不尽にすら思っているのだ。
「お前のしたいことはもう済んだのだろう? そろそろ終わりにしないのか?」
マーヴァミネが、あのマーヴァミネが終わりを要求してきた。
高鳴る心臓、高揚する気持ちで体温が上がってくるのがわかる。
それを待っていたのだ。
あぁ、でも──
「それはダメだ」
俺は笑みを浮かべてマーヴァミネにそう言ってやった。