第11話 力の差
魔法で作られた純粋なエネルギーが、一気に降り注いでくるのを眺める。それは、結界が壊れたことで攻めどきとマーヴァミネは見たからだろう。
その気持ちはわかる。相手の結界がなくなったのだ。これが攻め時でなくいつが攻め時だと言う話だ。俺でも間違いなく攻撃する。
たとえ、罠だったとしても攻撃するしかない。そういうものなのだ。罠か罠でないかなんて、相手の能力を詳しくしらなければ推測できない。なにより、躊躇ってチャンスを逃すくらいなら、多少の反撃など織り込み済みで攻撃するべきだ。
何が起こっても良いように、それでいて力強い攻撃を。
少なくとも、俺はそういった信条で戦っている。そして、マーヴァミネも同じでなくとも近い考えを持っているだろう。
それは、乱れ飛ぶ魔法の量から想像できる。
だが、それでは足りない。量ではなく質の話だ。
そんなものでは俺に傷一つさえつけることができない。だから、受けるのだ。このような攻撃など無意味だと言うように、胸を張って、攻撃を浴びる。
身体中に、それこそ全方位からの攻撃。
あまりに強大なエネルギーが注ぎ込まれている。このエネルギーは、地球を半壊することが可能なほどの量、もしくは理論的には地表から人類を駆逐できるかといった量のものだ。
一人の人間が消費するには馬鹿げた量だ。
だが、その量はいまだに増え続けている。俺への攻撃を止めていないからだ。
飽和するかと思えるほどのエネルギーが充満している中であると言うのに、それらを転用して、さらに攻撃を激化させていく。
これで倒れろ、と思っているのだろう。予想しているのだろう。そして、時間が経てばその思いは願いに変わり、賭けに変わり、懇願となる。
一回の攻撃という点では、長い長い時間が過ぎた。一分、二分、そして三分。
ここまで来れば、もはやマーヴァミネにも察せられる。
今と同じ方法では殺せないし、傷すら負わせられない。
攻撃の真っ只中にあってなお何事もないかのように立ち続ける俺という存在に、マーヴァミネは恐怖すら覚えている。
そして『まだ、まだ全力ではない──』と、縋るような思いを込めて自らの力を信じるマーヴァミネ。
知恵が、足りない。知識が、足りない。
彼は“授与の根源”から全能神の持つ破格の能力を知るべきであった。だが、もうそれは後の祭り。
“授与の根源”は宇宙へと旅立ち。新たな契約者のもとへと向かっている。
彼、マーヴァミネが俺について知ることはない。それが、幸福なのか不幸なのかは本人にもわかりはしない。
ただ、ただ、俺には不幸に思える。
右腕を水平に薙ぐ。
膨大な魔力は消し飛び、霧散する。
マーヴァミネの信じられないという表情がとても印象に残る形で目に映る。まるで悪魔にでも出会ったような表情だ、と思った。そしてそれは死への恐怖へと変わった。
必死で否定しているのは、俺の力。
俺の力を過小評価して、どうにか精神を保とうとしている。とても滑稽で、哀願を覚えさせる道化。
いまだに力量差を理解できないのは耄碌したからか?
とても、笑いを誘うのが上手い。
「ありえない……。どんな手品を使った」
マーヴァミネはそう呟く。まるで、俺が手品を使った、というのが事実だとでもいうように。腹立ちを込めて、力強い口調ではっきりと喚き、こちらを睨め付けてくるその様子。思わず笑みがこぼれでてしまうのを自覚する。
「手品じゃないのは、お前もわかってるだろ? これはただの実力差」
俺は今、人がみたら嫌な思いを抱くような表情をしているんだろうな、とわかっていながらも、やめることはない。
「お前が弱いだけなんだよ」
「……私が弱い、だと?」
こちらを睨みつけてくるマーヴァミネは、いまだに俺が全能神になったことに気づいていない。これを愚かだと思うか、哀れだと思うのか。
少なくとも、魔神の力を使えば簡単にわかることである。それなのに、それを怠ったのだから自業自得だ、と俺は思う。
敵を侮ったからそうなるのだ。相手に対して、どうせ勝てるだろうとタカを括って、この現状だ。とても笑えるのではないだろうか?
情報を軽視した結果、末路と言っても良いだろう。
まぁ、実際のところは頭に血が昇って事前準備をまともにできてなかったようだが、それはそれ、これはこれ。結局向こうのミスであり、落ち度だ。
マーヴァミネがいくら嘆こうが現状は変わりはしない。
そう、彼が必死に力を溜めて発動しようとしているその魔法も、俺には障害にすらならない。
「これでも、私が弱いと言えるかな!」
マーヴァミネが放ってくるのは、この世界にはないエネルギー、あってはならないエネルギーそのものだった。
魔神の持つ魔法の力。それは、根源的には全能神と同質のそれ。
ただ、過程が違うだけなのだ。
だから、操れる。この世界にあってはならないエネルギーを、エネルギーの変換するのではなく、直接そのまま使う。
本来であれば、“授与の根源”が危惧した未技。だが、長い時を生きたマーヴァミネは、それを使うことができた。できてしまった。しかも、この短時間で。
それはマーヴァミネにとって、気が遠く張るほど長い生の間、使い道も、その存在がどう作用するのかするわかってなかったエネルギーだった。
それが、ようやく魔神となったことで理解した。
だがそれと同時に。これは外道だと直感的にわかった。身を滅ぼす力だとも思った。
だが、止めることはできなかった。
こうでもなければ、この未知の力に託さなければいけないほど、彼は切迫していた。
「これで……」
莫大なエネルギーが膨張し、あたりに擬似的光を撒き散らし、そして。収束していく。
その中心に、俺は悠々と立っている。
「これで、万策尽きたか?」
マーヴァミネの声に被せるように、憎たらしく、怒りを誘うような声で話す。
マーヴァミネの放った全てののエネルギーは今、俺の手中で渦巻いている。そして、それらを自分の力へと変換してく。
「お前は、俺が出来損ないの神だと思っているんだろ?」
俺は弱者で、神にすらなれなかったくせになぜか生きているゴキブリ、とその程度にしか思っていないに違いない。
「だけどなぁ、よくその目で見て、言ってみろよ。《《俺はなんだ》》?」
「はっ?」
「俺は、全能神だ。なり損ないでも、雑魚でもない。お前より、圧倒的に上位の存在だ。俺に勝ちたいなんて、100万年早い。出直したほうが身のためだぜ?」
「全能神……?」
まるで、わからないと舌の上でその言葉を転がすことしかできないマーヴァミネ。
「まぁ、逃すなんてことはしないけどな。それに、生まれたばっかの魔神程度じゃ、俺からは逃げられないぜ。次元が違うからよ」
一歩一歩、ゆっくりとマーヴァミネへと近づく。
「ほら、周りを見ろよ。気づいてたか? ここは、俺の作った世界なんだぜ」
大地も、草木も、あの青空も、太陽や月を含む星々も、ここで息づく生物たちも、全ては俺が創造したものでしかない。
ここがどれほど崩壊して、目も当てられぬ惨状となっても、現実では何も変わらない光景が広がっている。
「なぁ、そろそろ負けを認めたらどうだ?」
俺は、満面の笑みでマーヴァミネにそう言ってやった。