第10話 受け身
マーヴァミネと俺による戦いの火蓋を切ることになったのは『呪い』だった。
それは、“縁”を使用して特定の相手に様々な害意を与えるものの総称であるが、実際は魔法の中にカテゴリされるものである。運気を落としたり、相手に失敗させたり、傷を与えたり、死に至らしめたりするもの。いずれも人の怒りを、妬みを、哀しみを、それらを含む感情を混ぜて煮詰めて作り上げられた悪意の結晶。
それらが俺に、牙を向く。
かつて、一人の人間にこれほどの呪いが降りかかったことはないだろうと断言できる数。
それは、この世界全ての魔元素を生み出し、操ることのできる魔神であったからこそ、可能であったのだ。
世界に生み出された呪いに分類される全てを一瞬にして発動することなど、人では不可能だ。
そして、俺はそれを黙って見ていた。
どうせ、全て効かないのだ。あらゆる苦痛も死も、起こることなくマーヴァミネに返される。
だが、そのことをマーヴァミネが考慮していないわけがない。
マーヴァミネに返される前にどすぐろい呪いは霧散し、代わりにカラフルな魔法が飛来する。
込められた威力はかすっただけで人が消し飛ぶようなもの。凶悪で無慈悲なその攻撃は、俺の防護を貫くことなく、消えていく。爆発しようと、なんだろうと防御は不動にして無傷。
ご苦労なことです、とマーヴァミネを労いたくなる。
実際にやると、煽りにしか思えないだろうけど。
爆音と失明してしまうような光。それらが鬱陶しく思う程度でしかないのだが、長引けば長引くほど不思議に思う。
マーヴァミネであっても、俺に魔法が効いていないことぐらい察しているだろうに、まるで意固地になっているのだろうか?
炎が巻き起こり、俺の作り出した結界の外を縦横無尽に動いている。大地を舐めるようにして雑草を剥き出しの更地を作り出す。
ところどころ大地が溶けはじめて溶岩となっており、オレンジに煌々と光を放っている。粒のような黒々として点もあり、どこかおどろおどろしい。
しかし、その大地もすぐに炎に覆われて見えなくなる。それは、マーヴァミネが生み出した新たな炎。
それらは、圧迫するように結界を覆い。緩急をつけるように、一箇所へ力を集めたり、均等に力を加えたり、と手を替え品を替え攻撃の手を緩めない。
炎は赤から青に、込められた力は次第に強く。そこに込められたのは、一万人の魔元素を集めてようやく届くかといった量。
温度は1,000を超え、10,000を超え、とてもではないが人が生存できるようなものではない。そもそも、1秒も持たずに蒸発してしまいそうだ。なにせ、空気中の水分はあっという間になくなり、カラッと乾いていく。
そして、その炎に隠れて呪いや高濃度の魔元素の塊が結界に直撃しては、霧散する。
その攻撃は多種多様で、明らかにどの攻撃が効くのかを探っていることがわかる。俺の結界に弱点というのは存在しない。そのため、結界を超える力でもって壊すことしかできないものなのだ。
そして、ぼんやりとそれらを眺めていると、結界内の大地が揺れ動く。
いくつもの針となった土が襲いくる。常人ではあまりの速さに認識することもできずに命を刈り取られるだろうが、俺はなんともなしに足で地面を叩く。
魔元素が霧散すれば、針は砕けて、サラサラと崩れていく。結界を地面にまで広げて、無敵要塞の完成!
だがその外では、土の次は風というように、竜巻が生み出されている。
周囲の魔元素は増え続け、威力は倍々になっている。これでは、そろそろこの強度の結界だと壊れるかな、などと余裕を感じながら考えている。
それは、結界が壊れたところで俺にはなんら影響を受けないからだ。
マーヴァミネの攻撃が結界を壊そうと、俺に傷一つ負わすことはできない。そんなことはわかっている。だからこそ、何ら恐れることはない。
ガリガリガリッッッガッッッッッッッ────バリンッッッッッッ!!!???
空気の密度が、高くなっていく。酸素がなくなる。《《人》》を殺すための力をこれでもか、と使っている。
「そんなんじゃ、俺は殺せないよ」
思わずこぼれ出た言葉。けれど、それは心底思ったことだ。
本当に、そんな程度では俺にかすり傷一つさえつけられない。
その言葉に苛立ちを覚えたのか、それとも元々そうするつもりだったのか……、密度の高かった空気が一気になくなった。
そう、まるであたりが宇宙となったかのような密度。これは人、いや地球上のほぼ全ての生物が死に絶えるであろう環境に様変わりだ。
さすがは魔神、といったところか。
ここまでいくと神と名乗るだけあると思ってしまう。いや、事実マーヴァミネは神となったのだ。
改めて、そのことを認識して戦わなければいけないだろう。天文学的確率でも負ける可能性はあるのだ。
これは驕りではなく、事実だ。
そう、受け身は終わりだ。
空気の密度を下げたぐらいで負けるとマーヴァミネが思っているなら、そのような考えを打ち砕いてあげよう。