第8話 過去の記録
「かわいそうな人だな」
ただ、そう思った。
それは、『哀れで、か弱いなのだ』と、そのように理解したからこそ、自然と口から出てきた言葉だったのだろうと、そう己を分析する。そして、そのように自覚すれば、己がこのような人物だったのかと再認識させられた。
彼、あるいは彼らの過去を見たときに思ったことだ。今、このように人の過去を見ているのには理由がある。
地球に戻った時、マーヴァミネが魔法で世界を管理していることはすぐにわかった。けれど、彼の力は俺に敵わない。
なにせ、俺がやろうと思えば、マーヴァミネを殺すことは今すぐにでもできる。
それが、全能神となった俺の力なのだ。
だが、それだけでは満足できはしなかった。どうせなのだからと、俺の苦しみ痛みを俺の手で与えたかった。
普通の感性かどうかはわからないし、知ろうとも思わない。ただ、自分はまだ自分である、とそう思えた。
ギッ
椅子に背をもたれたか。軋む音がする。
ここは、俺が住んでいた家だ。
住んでいた時と、何も変わっていない。置かれていたものはほとんど動かされておらず、俺が家を出た時とほぼそのままの状態。
少し埃をかぶっているところもあるが、それでもここ数日の間に掃除が行われていたことがわかった。
トン、と机を指で叩く。
トントン、と続ければ、面白おかしい気分になってくる。そんな気分も、すぐ泡のように消えたが。
思い出すのは、先ほど見た過去の記録だ。はるか昔、それも5千年近く前。
マーヴァミネを苦しめるには、俺は彼について知らなすぎると思ったのだ。なにせ、俺はマーヴァミネの目的もその目的を思いつくに至った理由も知らなければ、どんな人生を送ってきたのかも知らないという、ほとんどのことを知らない状態。さらに気になるのは、オウランとの関係だ。俺よりも前に、なぜあいつがオウランと知り合いだったのか、疑問は尽きなかった。
マーヴァミネとワラオヌス、そしてオウラン──昔はミラと呼ばれていたそうだ──の物語。
友人であったワラオヌスの力に嫉妬した男が、その力を得ようとしているだけの胸糞悪い話だ。
執念とも呼べる努力により、ワラオヌスを殺して、“授与の根源”をワラオヌスから引き剥がした。そして、その“授与の根源”を使って継承の儀、つまりワラオヌスの力を得ようとしたのだ。
しかし、それはならなかった。マーヴァミネの肉体が耐えられなかったのだ。
怒り狂ったマーヴァミネはどうにか力の継承を続けるため、“授与の根源”に問い続けた。
そして、大切なものを担保に、マーヴァミネが力を受け入れられるまでとして、ミラを“授与の根源”は選んだ。それは、システムのようなもので、“授与の根源”に意識はなかったのだろう。
実際、これを行なっている部族は数億年前にもいたようだ。
そして、この契約はなされ、マーヴァミネは魔神となった。
5千年というあまりにも長い時間をかけてようやく、だ。
それは、想像を絶する精神的苦痛と、気が遠くなるような終わらぬ研究への疲弊。そしてなにより、それらを前にしてなお自らを突き動かす激情に駆られた生活だったのだろう。
だが、それらは親友を殺し、その死体を愚弄し弄ぶという非人道的な行いだ。
許してはならないし、許されることでもない。
マーヴァミネの行いは、罰せられるべきだ。誰もが、それを認めるだろう。
さらに、魔神となった彼は世界をかき乱し、圧倒的力を使って支配をたくらんでいる。そして恐ろしいことに、そのたくらみは成功しつつあるのだ。
俺は、マーヴァミネの世界支配を否定する。そのためには、彼を止めなければいけない。
口先で語ったところで意味はない。実行できなければ、なんら意味がないのだ。
人を殺し、人を弄び、人類を自分のものだとでも言うようなその行いを正す。
『ガタリ』と椅子を引き、家を出る。防犯カメラが作動しており、俺のことを写していることだろう。
そのことを確認し終え、俺の存在を解放した。これでようやく、マーヴァミネは俺の存在に気付いただろう。
少し煽ってやり、家の近くにあった山へと移動する。
なぜ、ここを選んだのか、自分自身もよくわかってない。ただ、そうした方がいいような気がしたのだ。
マーヴァミネが来るのを待つ。
頂点に達した太陽の光が、降り注いでくる。
オウランといるマーヴァミネは怒り狂い。俺を殺すために急いで準備を始めていた。
この様子だと、明日まで待つ羽目になりそうだ。
この無駄に暇な時間を持て余しながら、ゆっくりと時が過ぎるのに任せる。
太陽が沈み、星の光が空を彩る。それは、なんてことのない景色。されど、この世界で最も綺麗な光景に思えた。
星が回転していくのを眺めていれば、あっというまに夜は過ぎた。
白み始める地平線。太陽が顔を出そうとしている。
太陽が完全に姿を現した時、マーヴァミネが来ようとしているのがわかった。
意識を向けて見れば、オウランも一緒らしい。
あぁ、もう少しで全ては終わる。
俺を祝福するように、いっそうの輝きを太陽が放った。