切り絵と兄と守る腕
僕はケンカが嫌いだ。できることなら、世界中からケンカがなくなってほしいとすら考えている。それは妹が暴力を怖がっているからだと思う。目に入れても痛くない、僕の妹。
妹は切り絵が好きだ。これは僕の趣味が影響しているだろう。二人ともまだまだ大した作品は作れないけど、互いに自分が作った切り絵を見せ合うのが好きだ。そんな幸せな時間が永遠に続くのなら、僕は明日なんていらないとさえ思えてくる。
いつしか、妹は本格的に切り絵の道を進み始めた。僕は趣味の範疇に留めたほうがいいと忠告したのに、それでも家族や友達以外の評価を知りたいと言って聞かなかった。賞に応募する度に、妹は厳しい言葉を浴びせられた。
もういいんじゃないか。妹が最初のコンクールに参加して一年が経って、僕は妹に言った。それでも、妹はカッターナイフを置かなかった。僕は妹の悲しむ姿を見たくない。妹は表立って泣いたりはしないけれど、辛い思いをしていることは知っている。
今、僕は妹の作業机の前にいる。他には誰もいない。机の上には、次に出品する予定の作品が置かれている。完成度は八割程度だろうか。もう僕など足元にも及ばないほどに熟練しているのが見てとれる。審査員は妹の頑張りを見抜けない人間ばかりだ。
見知らぬ人間に言葉の暴力を振るわれるようなコンクールなら、出ないほうがいい。僕は妹の作品に手を伸ばそうとした。すぐ我に返って、手を止めた。僕が今しようとしたことは、それこそ妹が悲しむことだ。僕が毛嫌いしている暴力だ。どうして僕は手を伸ばそうとしたのだろう。妹を守りたいと思っていただけなのに。