出発前に
私が成人を迎えた翌日……私はベットにて苦しんでいた。
二日酔い。
人類の多くを苦しめてきたそれに、私は苦しまされていた。
昨晩、私は初めてのお酒を飲んでみたのだが強さでいうなら普通くらいだと家族から言われた。だが、うちの男衆は軒並み酒豪のため評価に関してはあまり信用できない。
頭痛と気持ち悪さ……今まで味わったことのないようなタイプのそれに私はお酒は程々にしておこうと決意した。
「ぁぁぁ……」
辛い。あまりにも辛すぎる……仕方ない、効くかどうか分からないが使ってみよう。
誰も来てないことを確認した私は片眼を使って治癒の魔眼を自身に向けて発動する。瞬間、体から悪い何かが取り除かれていく感覚に若干こそばゆさを感じていると体が徐々に楽になってきた。
治癒の魔眼は本来、傷を治すのに使うのだがこういった事にも使えるとは意外だった。もしかして病気にも使えたりするのだろうか?
なんにせよ、二日酔いという悪魔が私から消え去ったので準備を始めよう。
そう思った私は部屋の角に置かれてる荷物に視線に向ける。あれらは全て私が魔眼商人として生きていく為に必要な物だ。
本来、各地を旅する商人というのは馬車もしくはとてつもなく大きな鞄を必要とする。それが無ければ商品が運べないからだ。だが、私の場合…売るのは魔眼のためそんなものは必要としない。
今更だが、魔眼を売るのは恐らく簡単な事だ。大々的に宣伝をすれば、という前提になるが……しかし、そうなればどんな結末が訪れるのかは未来視の魔眼を使用せずとも分かるため宣伝はしない。
闇の商人の如く、名を変え、姿を変え、足跡を残さない。そうでもしなければ安全に魔眼を売れないのだ。
ちなみにだが、まだ一度も相手の眼を魔眼にしたことないので不安も残ってる。感覚的には相手の眼を手で覆って魔眼で構造そのものを創り変えるというのは分かるのだが……試しに、という事が出来るわけがないので実際に成功するのかは分からない。
救う価値すらない犯罪者とかで試しみるか?成功したなら殺せばいいだけだし。うん、それで行ってみよう。
話を戻して、私が魔眼商人として絶対に必要なものは体の輪郭を捉えさせない程に大きなローブだ。実際に着てみたら裾がギリギリ地面に着くかどうかであった。ここに魔眼を使えば完璧だろう。
顔も見えず明らかに怪しい風体の私が見込んだ者の背後、もしくは油断してるところに忍び寄って、そこのあなたと声を掛ける……完璧じゃないか?
他に何があるのかと言うと純粋に私が生きていくための必需品。料理をするためのお鍋とかだ。流石にな。
「…必要なものは揃ってる。あとは鞄に詰め込んで、見えなくなったら別空間に仕舞おう」
別空間に仕舞うのはいいが、見られないようにしないといけない。当然のことだ。
収納の魔眼と言う名前の通りの効果なのだが、別空間に恐らく無限大に物を仕舞うことができる魔眼だ。とても便利だ。
巷で売られている似たような効果を持つが容量に限界がある魔導鞄の超上位互換だ。
「さて……最後に、えぇと…確かこの辺に、あった」
私は荷物の中に巧妙に紛れ込ませていたメモ帳を取り出した。内容は簡単に言うならこういう風にする、という言うならばプロットみたいなものだ。
捨てる前に最後に見ておこうと思ったのだ。まぁ…この通りに行動できるわけがないので本当にちょっとした書いてないが…
"出発後、人いない所で収納の魔眼で荷物収納、そのまま誰も見てない所で変化の魔眼で姿変える。冒険者協会行き偽名登録。そして他国へ行く。依頼を受けながら見込みのある人物探す。声掛け、魔眼売る※高額。これを繰り返す。ただし、冒険者としてやり過ぎないようにする"
この冒険者と言うのは言うならば世界中を自由に移動できる人達の方を言う。身分を冒険者協会によって証明されてるため他国へ行っても怪しまれないので私はそれを利用する事にしたのだ。
冒険者として活動しながら見込みのある人物を世界中から探して魔眼を売る。この高額ってのは値段のことだ。眼が飛び出るくらいの値段にしてやろうかどうかと迷ってる。
この通りに行くかは分からないが、一つの理想だ。
未来視の魔眼を使えばいいだけの話だが……全てを知ってる状態で何かをするのも楽しくないから使わない。これから未来視の魔眼を使うのは一部の時だけだ。今まで使い過ぎたってのもあるけどな。
さて、メモも最終確認出来たし……処分しよう。
破壊の魔眼という神話の物語にしか登場しない魔眼を使って完全にこの世界からメモを消滅させる。やってることとんでもないな、ほんと……制御ミスると星すら破壊しかねないこの魔眼をこんな事に使うなんて。
自分のしてることに呆れているとコンコンと部屋の扉がノックされた。
入っていいですよと言うと失礼します、というメイドの言葉が聞こえて扉が音もなく開く。相変わらず凄い技術だなと思う。
要件はなんだろうか?と思ってると、昨日と同じ内容であった。
「メルス様。昨日と同じお客様です」
「……分かりました。もし誰かが私を探していたら外出してると言っておいてください」
「畏まりました。デートですね」
「違いますからね!?ただの見送りのはずです!」
「そう言うことにしておきます。行ってらっしゃいませ」
長年の付き合いーーあくまで私からすればーーのせいか、時々揶揄ってくるメイドから逃げるように私は玄関へと向かった。……そうだ。帰り際にあれでも買おう。
玄関に着くと、エレメスが居た。やっぱりだ。
「こう言ってはなんですが、何の用ですか」
「酷いです。こうして、最後になるので一緒に街を回りませんか?というお誘いをしに来ましたのに」
鍛えられた嘘泣きを披露してそんな事を言われたら周りから見れば私が悪者になる。なんとかせねば。
「分かりました…最後ですからね。どこに行きますか?」
「思い出の場所です」
エレメスが手を差し出してくる。
ここでか!?という驚きが最初に来たが……彼女もそのたった一つの動作をする事に勇気を出したのか僅かに顔が赤く染まってる。
私は家の前で…と恥ずかしさを感じながら、淑女のお手を恭しく取る。するとエレメスは私の気遣いと遠回しにこれで勘弁してくださいという意思という名の壁を全て破壊して、指を絡ませてきた。
離そうと試みても、まるで獲物を絞め殺す蛇の如く指に絡みついて離さないという意思が感じられた。
結局、折れたのは私だった。
「ふふっ、では行きましょう」
「…えぇ、そうですね」
純愛というのは美しいし、重すぎる愛も私的には好きなのだが……公衆の場ではやめて欲しいと心から願った私であった。
◆ ♥︎ ◆
それに気づいたのはデート--もう何でもいい--を初めてかなりの時間が経ってからだった。
エレメスがいつもと違う香水を付けていたのだ。
「エレメス、香水変えましたか?」
「今気づきましたか?」
「……申し訳ないです」
こんなに近くに居たのに気が付かなかったのは流石にやばいと思った。う〜む…そこまで鈍いのか?私。
と、思っていたら違ったようだ。
「ふふっ。実はつい先ほど付けたばかりです」
「えっ?……あー、そうでしたか。焦りました」
「メルス様。本当に私はダメなんですか?」
あの一瞬で背中に嫌な汗が出て気持ち悪さを抱いているとエレメスが突然、そんな事を言ってきた。
その眼に込められてる感情は、寂しさ…悲しみ……そんな感情が込められていた。今まで似たような眼は向けられてきたが…これはそんなものとは何かが違った。
演技ではなく本当の意味で泣きそうなエレメスに私は心を鬼にして言う。
「…えぇ。私の旅に貴女は連れていけません」
それが私が心に誓った、決意だ。今これを曲げれば私は私自身を否定してしまう事になってしまった気がする。
「メルス様…やはりどうしても無理なのですね」
「はい」
そう答えると彼女は俯いてしまう。
顔は当然の如く見せず、エレメスがどんな表情をしているのか分からない。ただ一つ分かるのは……泣いておらず、僅かに耳が赤くなっているということだ。
何かとんでもない、周りには聞かれてはいけないような発言がされると私の何かがそう告げる。
「貴方が帰ってくるのは知ってます。けれど、それまで私はずっと寂しい思いをします」
「そ、うですね」
「だから、最後に……私に貴方を」
「その先は貴方が言う言葉ではありません。エレメス嬢」
「っ…」
そこから先は淑女に言わせるような言葉ではない。
私は、彼女の勇気を踏み躙るような事はしたくない。だから………だから、私は言葉ではなく行動で示す。ただ、場所が少し不味いので顔でバレる前にサッサと行かねば。
私は未だ握られている手をより強く握ってある場所を目指す。彼女は抵抗する事なく、ただ嬉しそうな顔をしながら引っ張られるがままであった。
そして、着いたのはある目的のためだけに建てられた建物。
私は持っていたお金で一部屋取ってそこに行く。
「エレメス嬢、今更聞くのは失礼ですが…本当にいいんですよね」
「はい。こんな私に寄り添ってくれた貴方と結ばれるのなら…」
彼女をこうしたのは私なのだろう。
「メルス様」
熱を帯びて…何もしてないのに、何も食べてないのに荒い息をエレメスは吐きながら私の名前を呼ぶ。
ドキッと心臓が高鳴り……ふらっと体が彼女の元にさらに近づき初めてエレメスの体を抱き締めた。そしてそのままベットに押し倒して、私は--------
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