成人
「本当にこれでいいのか?メルス」
マクリス兄様がそんな事を聞いてきた。今日は私のためにわざわざ仕事を休んで来てくれたことに感謝だ。
「はい。他の貴族を呼んで大々的にパーティーはこの身には合いません」
今日は私にとって記念すべき日だ。なにせ、15歳の誕生日という日なのだから。
最初はアロス兄様やマクリス兄様、シャルラ姉様と同じように会場に他貴族を呼んでパーティーをしようとしていたらしいのだが、私がそれを拒否して家族だけで行いたいと我儘を言ったのだ。
家族もそれを認めてくれたのだが、マクリス兄様だけは少し納得が出来ていなかったらしく、こうして聞いてきたのだろう。
「…父上も母上も納得してるなら俺が言う事は無いが」
「申し訳ないです。しかし、三男の私には家族だけに祝われる方が嬉しいのです」
「そうか……そういえば、成人したら商人になるのだろ」
「はい」
既に家族に私は人を選ぶ商人になると答えて、同意を得ている。
未来視の魔眼で最善の選択を行い、信頼を得てきた結果だろう。まぁ……最初に視た未来とは変わってしまったが、結果オーライだ。
「どんな商品を売るのか知らないが、俺にも売ってくれるか?」
私が売るのは魔眼だ。人を選ぶというのは魔眼適性があるかどうか、そして魔眼を得るに値する人物かどうかだ。
マクリス兄様の魔眼適性は残念ながら無い。というより、フィルディーリナ家で魔眼適性があるのはシャルラ姉様だけだ。そして、姉様が扱える魔眼は炎の魔眼だけだ。
炎の魔眼というのは発動するとその者の魔力を消費して炎魔法を操る事ができる魔眼だ。まぁ……魔法が使えなくともその系統の魔眼があれば使えるという魔眼だ。ただ、練習が必要なので使いこなすまでは時間がかかるだろう。
「残念ながらマクリス兄様にはお売り出来ません」
「……人を選ぶと言ったが、そうか…俺は選ばれなかったのか」
ガクッと項垂れる。そんなにか…
「そうも残念がられると私が悪い事をしたように見えちゃうじゃないですか……私の商売が成功して大金持ちにでもなったら、ここに帰って何を売っているのかお話します」
「楽しみだな。お前ならきっと成功するだろう」
「ありがとうございます」
「さて、お前の誕生日を正式に祝うのは夜だ。それまではワクワクしながら大人しく待ってろよ」
「私はもう子供じゃないですよ」
「ははっ、そうだな。んじゃ、俺は準備に行ってくる」
マクリス兄様はそう言って去って行く。本人の前で準備云々はあれだが、私も分かってるので楽しみに待つとしよう。
自室に戻ろうと歩いていると、メイドの一人が私の名前を呼んできた。
「メルス様。お客様です」
「お客様?…………薄水色の髪でしたか?」
私に対しての客なんて居るわけが……と思ったが、脳裏にとある女性の姿が思い浮かんだ。
誕生日をまさか家にまで来て直接祝う程の仲なんて彼女…くらいしか居ないのだ。他に友と呼べるべき存在はいるが、彼ら彼女らも私が今日誕生日だということを知らないだろう。周りに自分の誕生日を周知させているわけでもないし、自分から言ったのは一人だけなのだ。
私の予想は当たっていたようでメイドの人が肯定してきた……そういえば彼女も今年誕生日だったな。祝わないとなんか言われそうだな。
「分かりました……応接…いえ、少しばかり外出してきます。早めに戻ります」
「畏まりました。ご当主様にはお伝えしておきます」
「ありがとうございます」
なんだろうな。彼女の存在を家族にこれ以上バレたくないのだ……現状でさえ、少しバレてややこしくなる前に私が頑張って話を終わらせたけれどこれ以上は無理だ。
若干早足気味となった私だったが、玄関門に着くと案の定エレメスがそこに居た。
私に気づいた彼女は一言目に私の誕生日を祝ってきた。
「誕生日おめでとうございます。メルス様」
「ありがとう。…ここでは、なんだから少し歩いて話そう」
「分かりましたわ」
なんだかんだ、彼女とも長い付き合いになるのではないのか?8歳の時に知り合ったから約7年近くか…
最初は私が彼女の秘密を知るだけだったのに、今では彼女も私の秘密を知っている。
気付けば彼女は私を信用し始め、気付けば好意を抱かれ始め…気付けば私もエレメスの事を信用していた。
今思えば時間の流れは随分と私たちの関係を変えてくれたものだ。感謝すべきか否か……いや、感謝するべきだろう。
「いつ出発するのかしら?」
「2日か3日後ですね」
「結局、私は連れて行って下さらないのね」
「そこに関しては何度も言うように申し訳ないと思ってますよ」
エレメスは私に付いてきたがっていた。けれど、悩んだ私は彼女の申し出を断り…それでも付いてこようとしたため説得してなんとか諦めさせた。
私の商人としての旅はきっと、彼女に苦難の道を歩ませる事になる。例え、それを知っている上で共に来ようとしていても……苦しむのは私だけでいい。それに。
「エレメスは私を待っていてくれるのでしょう?」
「はい。行き遅れの私はシクシク泣きながら文官のお仕事をして貴方を待ってますわ」
「一言二言多いですね…」
私の我儘で彼女には待っててもらう事にするのは、それはそれで心が痛む。
一般的に17歳を超えると行き遅れと言われるこの世界。まだ彼女には2年の猶予があるが……2年と言うのはあっという間なのだ。
「数年で戻りますから、その時まで待っててくれますか?」
「待ちます。貴方が迎えに来てくれるのなら何年でも、何十年でも」
年々愛が重くなってきているエレメスの発言に苦笑しながら、私は心に誓った。
エレメスは絶対に、私が娶る。と……
◆◆
私の成人を祝う夕食の席は家族のみだ。
私は三男だというのにテーブルの上に置かれてる料理はとても豪華で来た時に驚いてしまった。
何故ここまで?と聞いてみたら私の行いが影響していたらしい。未来視の魔眼で最善の選択を取って家族の信頼を得まくってた事がここにも響いてくるとは……
「とうとう我が家の子供達も全員が成人を迎えたか。嬉しいようで悲しいような………」
「貴方、そんな事よりも今はメルスでしょ?」
「…あぁ。メルス、15歳の誕生日おめでとう。お前には助けられた事も多くあった。それは私たち家族全員がそうだ」
父様の言葉に私除く全員が頷く。
「お前が商人としての道を進むと知って、私はお前なら必ず大成功すると思ったのだ」
「そうなるように頑張りますよ」
私は特殊すぎる色物を売るのだから大成功というのは難しいのかもしれない。まぁ、どういう風にすれば売れるのかはなんとなく考えているが実行に移すのは少し難しいだろうな。
談笑を食事を続けていると、アロス兄様が話しかけてきた。
「メルス。結局エレメス嬢は置いていく事にしたのかい?」
「っっ!!?」
予想だにしてなかった内容に思わず口に含んでたもの吹き出しそうになった。いや、なんならチョロっと口先から出てるかもしれない。
慌てて飲み込みなが、どこでそれを知りやがったと目線を送ると私から何かを感じ取ったのか答えてくれた。
「メシリアから聞いたのさ。他にも色々私は知ってるよ」
「…絶対に言わないで下さい」
「そうなのか?メルス。私は何も聞いていないが」
あぁーあーあ。こうなったら誤魔化せ。
「まだそんな仲ではありませんし、言うべきではないと思ったのです」
「実はもっと進んで…既に婚姻を結んでるとかでは?」
余計な口を挟んできたのはシャルラ姉様だ。
舌打ちをしたい気分を抑えて私は否定をする。
「まさか、そんなに進んでいるのなら既に話してますよ。それはそうとシャルラ姉様こそ、進展はどうなのですか?」
「うっ……」
確か相手すら居ないという話だったはず。人のことをとやかく言う前にまず自分のことでは?
「き、きっと見つかる、から」
「シャルラ。良ければ私がいい相手でも見つけてこようかい?」
「…まだその時じゃないから」
素直に頼れば早いんじゃないのか?と思うが口にはしない。割と後で殺されそうな感じがするからだ。
「それに、マクリス兄だって相手居ないでしょ?」
おっと、標的をマクリス兄様に向けさせた。
マクリス兄様の相手……そもそも、マクリス兄様は騎士の仕事をしており寮暮らしのため中々家にも帰ってこないから分からないな。居るのだろうか?
少なくともシャルラ姉様は居ないと思っているようだが…
「ん?普通に女性の知り合いくらいなら騎士でなくとも居るし、騎士内にも居るぞ」
「そ、その中で仲がいいのは?話の内容的に」
「……どうだろうな。俺は正直言ってあまり分かんないからあれだが…妙に近づいてくる奴は3人居る」
「っ!?」
おや、シャルラ姉様が精神的大ダメージを負った様子だ。
「おや、それは初耳。今度身辺調査でもしておきましょうか?」
「やめてくれ…それに、2人は俺ではなくてフィルディーリナ家次男の妻という名誉を狙ってるのが丸分かりだ」
それを分かった上で放置してるマクリス兄様もどうかと思う。邪魔しなければ何でもいいとか思ってそうだ。この次男は。
「では、残りの一人は?」
「まだ見分けが付かない。あれが……うぅん?いや…そうなのか?だがな…………はぁ?」
「マクリスは放っておいてシャルラ。君だけだよ。相手いないの」
「直球っ!?……ちゃんと探すわよ。ただ、忙しいから中々探そうにも探せれないけど」
確かシャルラ姉様は貴族御用達の服屋?に勤めてるとかなんとか……元々姉様は服が好きだったからその仕事に就いたのかもしれない。ただ、貴族が着る服というのはどうしても豪華になってしまうのでーー見栄を張るためーー1着を仕立てるのに凄く時間がかかるらしい。
そんなことを考えていたら、シャルラ姉様が場の流れを変えようとため息を吐きながら喋り始める。
「あぁ〜あ。結局、メルスは私に甘えてこなかったなぁ」
「確かに、私は見てないですね…マクリスは?」
「いんや、無い。嫌そうにしながら避けてる場面なら何回かある」
「お父様やお母様は?」
「「無い」」
両親に関しては考える素振りすら見せずに即答だったぞ。確かに私は一度も甘えなかったが……心残りとなってしまったか?
シャルラ姉様はお酒が入ったーー割と酒精が強いやつーーグラスを若干優雅に飲み干した。
多分、一気に飲むような酒ではないと思うのだが……いいのだろうか?
私の前にもお酒が入ったグラスーー成人と共に飲んでいいことになってるーーがあるが、未だ手をつけてない。初めてのものに挑戦すると言う不安もあるからだ。
「…シャルラ、水を飲むかい?」
「いらないわよ……メルスぅ、旅立つ前くらいに私に甘えてきてもいいのよ」
「嫌な予感がするのでやめておきます」
「やっぱり、私は姉としてダメダメなんだぁ〜!!」
酒弱すぎるな。しかも、泣き上戸ときたか……二度と酒を飲まない方がいいと忠告しておこう。
姉としてはダメというわけでもないのだ。ただ、ここまで来たら…って言うよく分からない意地と今の年齢で甘えるのは…という感情に加えて甘えたらとんでもない目に遭うというのを知ってるために甘える事を拒否してるのだ。
それを抜きにしても、私には幼少期の頃から大人のような自我を持っていたため恥ずかしいったらありゃしれないのだ。
泣き始めたシャルラ姉様を母様が連れて行った。おやすみシャルラ姉様。二日酔いを苦しむように。
そして、残ったのは男衆のみ。つまり……男だけしか出来ない会話が行われると言う事だ。
「シャルラには忠告しておこう。それはさておき……アロス、メシリア殿との仲はどうだ?」
「互いに心から愛してあってるとは言い難いですが、仲は良いですよ。あとは時間がなんとかしてくれると願っていますね」
「そうか。私からすれば早く孫の顔が見たいと思ってるのだが…」
「早いですね。そもそも、今の私には睦事に割く時間すらありませんよ」
結婚して既に数年ほど経っているはずだが、まだしてなかったんだと少し意外な気持ちになった。時間がないと言うのは割と本当な気もするが……それでも、全体に見れば時間はどこかであったはすだ。となると、どちらかの貞操観念か?……あまり人様の事情に深入りするな。カウンターが飛んでくる。
「そうか。マクリスに聞くが、貴族として制御はしておけよ。誰から構わず相手をしているようなら今すぐその性根を叩き直してやるが」
「してねぇ!!そんなのに時間や金を割くくらいなら訓練して良い武具を揃えた方が身のためだ」
この国にも娼館は存在している。平民から貴族など幅広く利用しており恐らく一番たくさんのお金が使われてる場所だ。
普通に経営しているところはまだしも、最悪なのは路地裏にある粗悪で劣悪な娼婦だ。店と違って病気を持ってるかもしれないしな。
他にも純粋にそういった行為だけをする建物もあるらしいのだが…まぁ、私はそもそもそういう系の場所に行ったことがないのだが、マクリス兄様はあるのだろうか?
「おや、溜まったりはしてないのかい?」
「今の俺はもっと国の為に強くならないといけないから溜まってた所で、それをやる気に変換して訓練に集中している」
「真面目だね。爆発しないように」
「迷惑かけるようなことはしねぇよ……だが、俺よりもメルスじゃないのか?」
会話の受け答えが嫌になってきたのか私に標的を変えてきた。
「私はしませんよ。それは今までの私を見てきたら分かる通りですが」
「なら……いや、なんでもない」
私に聞いても無駄だと悟ったのかマクリス兄様がこの会話の流れを断ち切ってくれた。
あまり関わりたくない内容だったから終わったのは少し嬉しい。
場に静寂が訪れて、次に言葉を発したのは真剣な顔をした父様であった。
「メルス。後悔のないようにな」
「…えぇ。分かっています」
よく大人が言う言葉かも知れないが、私の心に強く響いた。
質問・誤字報告があれば遠慮なく言って下さい