商人になった時のための準備
私はお小遣いを貯めている。
この世界でお小遣いというのは珍しいっちゃ珍しいものなので貴族で良かったと思う時はこれも含めて多々ある。まぁ、その分めんどくさい事もあるが。
私が何故お小遣いを貯めているかというと将来のために必要な道具等を購入するためだ。
未来視の魔眼で視た時は旅立ちのときに家族から贈り物があったのだが、既に何年も前の話なので何を貰ったのか記憶に残ってないのだ。
この前、未来視の魔眼で自分が商人として旅立つところまで視たら……凄く未来が変わっていて唖然とした。
なにせ、最初は私一人で出発だったのにこの前視たらエレメス嬢が隣に立っていたのだ。思わず、は?と呟いてしまった。
…今の私は14歳であと一年で成人なのだ。そして、エレメス嬢は私と同い年のため成人と共に私についてこようとしているのか?あと、そこまでか!?と思いもした。
彼女とはパーティーで毎回出会って話している。というより、彼女の方から私を探して見つかると絶対に話しかけてくるのだ。
数年前から成長したことにより、より一層綺麗になったエレメス嬢になんていうか……迫られると既に思春期に突入しかけている私には毒なのだ。
彼女もそれを分かってやってきているので確信犯だ。
エレメス嬢はなんとしてでも私と婚姻関係を結びたいらしい。数年前のパーティーで聞かれた時に勇気を出して丁重にお断りしたのだが、おかしな事に彼女はそうですか…と言った後に、でも私は諦めておりませんのでと言ってきたのだ。
いったい私の何が彼女に好意を抱かせたのか気になる……読心の魔眼もあるにはあるのだが、彼女には私の魔眼の事は一切伝えてないし、とんでもない内容が読めそうで遠慮しているのだ。
彼女と仮に結婚したところで、エレメス嬢はファンズマータ家を継ぐわけではないので、私が当主になると言う事はないのだ。けれど……やはり色々と大変な未来になってしまうのは分かってる。
まさか、私が商人として旅立つ分かっていて…ついてくるとはな。それほどまでに私を好いているのか!?と直接本人に言いたい。
さて、話を戻して……私は今まで使わずに貯めたお小遣いで商人…というより色んな場所を転々と移動する時のために必要なものを買いに来ているのだ。エレメス嬢と……
おかしいな。
私は買い物に行ってくると家族に伝えて家を出たがーー貴族は普段は自分で買いに行かず買いに行かせるので私の場合は少し特殊だーー少し歩いたところで……何故かエレメス嬢が現れたのだ。
彼女は偶然ですね、とお忍びの服を着ながらそう言ってきたのだが……タイミングのせいで偶然を装ってきたとしか考えられないのだ。
家族の誰かが内通でもしてるのか?と考えたが、彼女を振り解く勇気が咄嗟に出ず流されるがまま……こうして一緒に買い物というわけだ。ははっ…知らぬうちに外堀が埋められていそうで恐ろしい。
まぁ、それはさておき彼女のことをあまり気にせずに私はゆっくり買い物をしよう。
今買っておきたいのは野営の時に使う調理道具や寝袋、水を入れるための皮袋などだ。私にそんな技術があるのか?と聞かれたら答えられないが……なんとなるだろう。最悪魔眼さえあれば生きていけるからな。
私についてきても全く楽しくないというのにエレメス嬢はそれでいいのだろうか?
チラッと横目で確認したら目が合う。何故目が合うのかはもう考えないようにした。
「あっ、メルス。こちらなんてどうかしら」
お忍びだからかいつもと違う口調ーーむしろこちらが素の口調なのか?ーーで木皿を手に取り見せてきた。
受け取って軽く全体を見る。
言っちゃ悪いがたまに不良品というのは紛れ込んでいる可能性があるからだ。その状態で購入して不良品だと文句を言っても、気付かないお前が悪いと言われるだけなのでこういうのはしっかりと見ないといけないと父様の執事の方に教えられた。
傷はなく、丁寧な作りだ。この木皿の用途はスープ系のものだろうか?そこまでは考えられて作られていないかもしれないが…
…うん、良いね。
「良いですね…買わせてもらいます」
「では、合計4枚ほど買いましょう」
「何故4枚なのか聞いても?」
「あら、分かりませんか?」
私が知らないだけで実はエレメス嬢も未来が見えたり、心を読めたりするのでは?と思った。
今の彼女に何を言っても無駄だろう。突き放すような発言をすればいいのかもしれないが、私の良心がそれを許してくれないのだ。
楽しそうに品物を見るエレメス嬢を見る私は、ここまで仲良くなったらもう突き放す事は無理だな…と悟ってしまった。
まだ彼女に私が商人という不安定な職業になる事や魔眼の事も伝えてない。それを伝えた時、それでもエレメス嬢が付いて来ると言うのなら私は彼女の決意に降参しよう。
「メルス?どうしましたか?」
「…いえ、なんでもないです」
いつ言うべきか……いや、もう私は14歳で一年経てば15歳と成人するのだ。
今しかないだろ。
私は勇気を出して彼女に言う。
「エレメス」
「はい?なんでしょうか」
「この後、まだ時間はあるか?」
「…はい、あります」
「伝えたい事があります」
◆◆
エレメス嬢に連れられてやってきたのは一つの建物だった。彼女に話すにぴったりな場所があると言われてここまで来たのだが…
「エレメス、この場所は?」
「二人きりで話すにはぴったりの場所です。中に個室があって、盗聴等も完全に防いでくれます」
「そんな場所が……」
「詳しい事は秘密です。それより、こっちです」
実はここがファズマータ伯爵家が所有している建物で、罠だったり?と考えてしまう。だが……私は彼女を信用してついて行く。
そして、机と豪華なソファーが置かれた個室に入った私とエレメス嬢は対面するように座る。
彼女は机の上に置かれている紅茶を淹れる。湯気が出てるって事は……先程入れ替えたばかりなのか?それともずっと保温状態にするための魔道具でも使っているのだろうか。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
エレメス嬢が淹れてくれた紅茶を飲む。とても美味しい……茶葉も良いのかもしれないが、彼女の腕も良いのだろう。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
「簡単に言えば私の将来と、私自身についてです」
「っ!」
心臓がバクバク鳴るのが分かる。うるさ過ぎてエレメス嬢にも聞こえてしまってるのではないかと思ってしまう。
私は深呼吸を一つして、二つして…三つしてから口を開く。
「私は成人したら商人になりたいと思っています」
「っ商人」
「はい。何を売るのかは、これから話す私自身について語ってから言います。ただ、絶対に口外しないことを条件とします」
「それほどの事なのですか?」
「えぇ。もし口外したら私は姿を消し、二度と現れなくなるでしょう」
魔眼で自分の姿を変えられるため、そうなれば今の私は完全に消える。
エレメス嬢も深呼吸をしてから、約束しますと言う。
「ありがとうございます。エレメス嬢は魔眼を持っていますよね」
「…はい」
「私も持っているんですよ。魔眼を、ね」
「なっ……」
分かりやすいくらいに驚いてくれる。
「もちろん誰も知りません。そして、私は少々特殊な力を持っていて、あと体の構造も特殊です。ただし、その姿を見ると貴女はきっと恐怖で叫ぶでしょう」
「いえ、どんな姿であろうと私は叫びませんよ。もしかしたら恐怖はするかもしれません…けれど、それは一瞬だけであって私の、貴方に対する愛は変わりません」
「っ…」
強烈なカウンターがきた。よくそんな本人に言えるものだな…
「だから、貴方の本当の姿を見せて下さい」
「…分かりました。私の額を見てて下さい」
「はい」
私はまた深呼吸をして、額に眼を作り出す。
今思えば……これも謎だよな。側から見ればメキメキッて生えてくるわけじゃなくて、急に開眼したかのようにパチッと開くような感じなのだ。
「わっ……えっ、眼が…」
もっと、きゃっ!?とかそういう反応が来ると思っていたのだが思ったよりも驚いていない様子だった。額だからだろうか?
「これが私の特殊な身体構造ですよ。体のあらゆる場所に自在に眼を作り出す事が出来ます。最大数は分かりません」
そう言って両方の掌に眼を作り出す。すると彼女は最早驚くとかではなく眼を合わせてきた。
「その眼は見えるんですか?」
「意識すれば見えますよ」
意識しないとただそこに眼のオブジェクトがあるだけになる。ただ、眼として機能してるので意識を集中させればそこから視界は確保できる。感覚は少し変だけどな。
「驚かないんですね」
「実は腕が数本あるんです、と言われると思ってました。眼を自在に作り出せるというのは確かに見た目は怖いかもしれませんが、貴方のその綺麗な眼を沢山見れると思うとなんとも思いませんわ」
どこかで彼女の教育方法間違えたんじゃないのか?と思いたくなった。
ただ、こっちは驚くだろう。
「では、もう一つの方をお見せします」
「はい」
私は両眼、額の眼、掌の眼を魔眼にする。
僅かに私の眼が光りを放つ。その光景を見覚えがある彼女は大きく眼を見開いた。
「それはっ!?」
「えぇ、魔眼です」
「全てが…魔眼なんですか」
「はい。ただ、私は全ての魔眼を自由自在に扱えます。持っている割合が多い魔眼から英雄譚や神話に登場する魔眼…そして、誰も知らない魔眼まで」
「っ…信じられません……けれど、私は貴方を信じます。貴方が一人で世界を滅ぼす事も創ることも出来る存在だと話を聞いて分かりました。魔眼はそれほどまでに強力な代物ですしね」
「今すぐ私の存在を国に伝えますか?」
「いえ……約束は守りますもの。それに、こんな秘密を知っちゃったら私は貴方から眼を離さないわ」
「見張るつもりですか?」
「そういう名目です。どちらにせよ、私は貴方について行きます。貴方が良からぬ事に自分の力を使うようなら、私は全力で貴方を止めますわ」
こんな反応を私は望んでいたのだろうか。
もっと驚き、叫ばれて…そんな反応を望んでいたのかもしれないし望んでいなかったのかもしれない。
彼女の決意は、私の秘密を知ったところで揺らぐことすらしなかった。むしろ、より強固になって私と繋がろうとしてくる。
本当の意味で全身に眼を作り出した私の姿や、魔眼を全て使っている姿を見せてないけれど……エレメス嬢なら大丈夫なんじゃないかと、この数分で分かった。
「メルス様」
エレメス嬢が私の名前を呼ぶ。朱色に染まっている彼女の顔には今まで見た事がないような、はにかむような笑顔が浮かんでいた。そして、
「愛してます。誰よりも、貴方のことを愛してます」
そんな愛の言葉が私に対して告げられた。
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