次男の成人
今日は実におめでたい日だ。なんたって私の兄であるマクリス兄様の誕生日であり、同時に成人を迎えるという日でもあるからだ。
15歳で成人というのはどの国も共通らしくーーあくまで人間族という種族のみだ。他の種族によってはバラバラらしいーー貴族が成人をするということは何かしらの職に就かなくてはならないという暗黙の決まりもあったりするため大変な時期でもある。
フィルディーリナ侯爵家は話し合いの末長男のアロス兄様が継ぐ事になった。シャルラ姉様はまだ14歳のため必然的にアロス兄様が継ぐということは決まっていたのだと思う。
成人したマクリス兄様にどうするのか聞いてみたら国の騎士団に入るらしい。元々弓の腕前が凄かったので前々から入らないか?と誘われていたらしい。
実際にマクリス兄様が弓を射る場面を見た事がないため実感は湧かないが、誘われるほどの腕前ということは相当なものなのだろう。
騎士団といえば、数年前に起こった第七騎士大隊による裏切りがあって以降厳しい身元調査が行われて他国と通じてるスパイなどが複数名見つかったりもしたらしい。三男の私には詳しい話など中々入ってこないものなのだ。知ろうと思えば全貌を知れるがな。
少し話を変えて、私の話だ。
未来視の魔眼と他の魔眼を駆使しながら、最善の選択を取り続けている私は既に簡単に商人として旅立てるルートに入っている。あとは事件などを起こして牢獄にぶち込まれなければ大丈夫だ。
やはり未来が視えるというのは最強だ。ただ、やりすぎては怪しまれるので適度に失敗していたりもする。まぁ、全てカバーできるような内容なので別に痛くはない。
他の魔眼はどうなのか?と言うと基本的に練習を重ねて完璧とまではいかなくとも上手く扱えるようになった。しかし、対人用の魔眼なんかは使えてないのが現実だ。なにせ、使う相手が居ないのだからな。
一回分身の魔眼で生み出した私に対して使ってみたが効果が薄く上手く発動出来ているのかどうかすら分からなかった為やめた。
神様から与えられた常人を超えた身体能力や魔力量なんかはなんか、凄いことになっており正直言って私の技術が振り回されるばかりだ。
常人を超えたとは言っても、あくまで人間族においてという意味になってしまう。やはり他種族ーー特に戦闘に特化している種族などに比べると凄くはなかったりする。
文句を言う点があるとすれば身体能力は高いと言うのに私の体に筋肉があまり付かないというのはどう言う事なのだろうか?
11歳の体のため、あまり見えないと言うのもあるのか?と思っているが今は薄っすらと割れている腹筋に腕に力を込めても力こぶはあるのかどうかすら怪しい。
もっと腹筋とか筋トレをした方がいいのだろうか?と最近の私はよく悩んでいる。
この話はさておき、マクリス兄様のことだ。
あと数時間もすれば豪勢なパーティーが始まるはずだ。ちなみに今の時間は午前の11時でパーティーが始まるのは恐らく昼の15時からだろう。それがいつまで続くのかは分からないが、まぁ……夜遅くまでは続くだろう。
主役が初めて飲むお酒によって潰れるまで飲んでベットに運び込まれようと関係ない。やってきた来客達は色々なことを話し合って、酒も飲んで楽しく会話をしながらダンスなども行うはずだ。
その間、私はどうしようか。
既に今朝おめでとうと言ったが、また別で兄様を祝うのは当然として、お酒も飲めないし貴族達の会話にも混ざることは出来ない。ジュースを飲んで並べられてる料理を食べて、満腹で眠くなったら寝るとしてみるか?
さて、未来視の魔眼で何も起きないかだけ確認してから準備を始めるとしよう。そろそろ手伝いを始めないと後でお小言を言われるかもしれないしな。
何も無いならこのまま手伝いをして、何が起こるのなら防ぐためにちょっとした布石でも敷いておこう。
………。
未来視の魔眼で視て何も起きない事を確認してホッとした私は手伝いのために動き始めた。色んなことを教えてくれたマクリス兄様の記念すべき日だから全力で、な。
◆
「今日は私の成人を祝うためにお集まりいただき誠にありがとうございます。これから一人の大人として、この国に貢献出来るように精進して参ります!」
マクリス兄様がパーティー会場に集まった人たちに向けてそう告げる。
まだ話は続きそうなのを感じた私は意識を逸らして三男のメルスとして、誰も知らない警備兵として会場内を歩いていた。
未来視の魔眼で視たとは言え、たった些細な行動一つで変わるかもしれないからだ。そのため大きな事件は起きないかもしれないが小さな争いが起こるのを防ぐために私は誰にも言わずに密かに警備兵として行動しているのである。
心が落ち着く音楽が流れる中、ダンスを踊る者や食事をとる者、マクリス兄様に祝いの言葉を言いに行く者、話し合う者など色んな人がいる中でそんな会話が聞こえてきた。
「実にめでたい。にしても、もうそんなに経ったのかと思うと歳を取ったと思わざるを得ない」
「そうですなぁ……歳はとりたくないものですが、発展していくこの国を見ていると毎日を生きて良かったと思えます」
「それもそうですな。にしても、マクリス殿はなんでも騎士団に入るらしいですな」
「昔から弓の腕前に関してはよく耳にしてましたし、きっと活躍なるでしょうね」
「戦争はもう起きないし、あるとすれば盗賊か魔物の大増殖くらいか……どちらも起きて欲しくはないですな。それに、最近我が国から最年少で最高位になった冒険者が誕生したらしいですよ。お聞きしたことは?」
「いえ、初耳です。そんな事が……私もまだまだですな」
そんな会話を盗み聞くと言う無礼な事をした私は、へぇ…と思った。
私が気になったのは最年少の冒険者というところだ。
冒険者という存在は貴族からは遠い。何故なら彼らのことを言い方を悪くして言うならば職を持たない無法者達の事を言うからだ。しかし、良く言えば雑用や護衛、魔物の討伐や盗賊の捕獲などをしてくれる便利屋だ。
冒険者を嫌う人は貴族の中には居る。ちなみに私は好きなので魔眼商人となったら是非絡みに行きたいと思ってる。
冒険者としたら登録するのも一つの手だな……考えておこう。おや?
「……あれは、メシリア様?」
見た事がある顔がマクリス兄様と話していた。彼女もこのパーティーに来ていたとは……いや、来るのも当然か。
なにせ、メシリア様は長男であるアロス兄様と婚姻を結んでいるからだ。その弟であるマクリス兄様の誕生日にやって来るのは当然のことなのかもしれないな。
メシリア様はとても美しく成長して、見る人全員の目を奪うような美貌はとても有名だ。そんな方とアロス兄様との仲がいつの間にか進展してて気付いた時は驚いたものだが、今ではお似合いだな。と常々思っている。それに、メロミア公爵家との関わりがさらに深くなるためフィルディーリナ家は安泰するだろう。
三男の私がメシリア様と関わるのはあまり良くないため、気づかれないようにそっとその場から離れる。
今日の私はどちらかというと警備という役割の方が強いのだ。
あまり現時点で他貴族とは関わりを持ちたくない。最悪、無理やり婚姻を結ばれる羽目になったり商人として旅立った後に無いとは思うが跡を付けられる可能性もあるからだ。
それならば商人ーー魔眼商人になってから貴族と関わりたいと思っている。
そういえば、他に見知った顔がいないかどうかだけ見て回ろう。現時点で怪しい人物は誰も居ないしな。
その前に喉だけ潤そう。そう思った私は近くの給仕からジュースか何かを貰おうと思い探していると声をかけられた。
「メルス・フィルディーリナ様」
「はい?なんですか?」
振り返ると、そこには一人の女性が2つの中身が入ったグラスを持ちながら立っていた。
薄水色の髪は腰元まで長く、同色の眼は色も相まって冷たさを感じられるが柔らかな目線を私に送ってきている。整った顔にドレスの上からでも分かる均整が取れてる体は雰囲気も相まって男の目を多く惹くだろう。
目の前の彼女は……そうだな。物静かな雰囲気で月光が差し込む窓辺で椅子に座りながら静かに本を読んでいる姿が似合いそうだ。
そんな感想を抱いているが私は彼女を知っている。
「貴女でしたか。エレメス嬢」
彼女の名前はエレメス・ファンズマータ。ファンズマータという伯爵家の次女だ。
エレメス嬢は3年前くらいに何かのパーティーで知り合った。
貴族なので気軽に会いに行ける仲では無いためパーティーなので出会う度に互いが暇ならよく話し合う内に仲良くなった。いや、厳密には少し違うかもしれないな……
私が彼女のある秘密を知って、ついその事を呟いてしまったのだ……それで、まぁ話すのも億劫になるほどの色々があって仲は良くなった。
エレメス嬢が差し出してくれたグラスーー普通にりんごのジュースかなーーを受け取り、互いにカツンとグラスを鳴らし中身で喉を潤す。……美味しいな。
「誰とも話さず、ずっと歩いていましたので声をかけましたの。もしかして誰かお探しかしら?」
「半分正解です」
「そう。誰をお探しだったのかお教えして下さるかしら」
「私の顔見知りです」
望む答えではなかったのか少し不満気だ。一応貴女も探してはいたけどな。
「では、もう半分は?」
「ちょっとした警備です。兄様の記念すべき日を邪魔されたら困りますから微力ながら目を見張らせいるのです」
「そうでしたの。もし、よろしければ少し私と踊って下さるかしら?」
「えぇ、喜んでお相手させていただきます」
エレメス嬢が付けていた手袋を外し、傷一つなくとても綺麗な素肌を晒した手を差し出してきた。
驚いたが私は顔には出さずに、その手を恭しく取り音楽に合わせてダンスを踊り始める。
「ふふっ、ダンスって無駄なものだと思いながら教えられてましたけど、こうしてみると覚えてよかったと思いますわ」
「そう思わせられて私としては嬉しい限りです」
「メルス様。毎度の如く聞きますが、誰にも言っておりませんよね?」
「えぇ、約束は守る主義ですので」
エレメス嬢と交わした約束。それを破り誰かに言ったりしたら彼女の名前は瞬く間に国内に轟くことになるだろう。だが、彼女がそれを望まないのなら私は何もしない。
私は、自分について最近知ったことが2つある。
一つは相手に魔眼の適性があるのか…そして、あるとすればどんな魔眼が扱えるのかという事が分かるという事。
もう一つは相手の魔眼の有無だ。どんなに上手く隠してても私からすれば一瞬で魔眼を持っているのだと分かるのだ。
エレメス嬢は後者だ。
彼女は魔眼を持っている。その事を周りはもちろんの事、彼女の家族すら知らない。けれど、初めて会った時に私は魔眼を持ってる事を察知して、つい呟いてしまったのだ。
魔眼ですか……と。
その後は大変な目に遭いそうになったが、頑張った結果彼女はなんとか私を信じてくれて……まぁ、数々のパーティーでお会いして話すたびに仲良くなっていって現在に至ると言う事だ。
あぁ、もう一つ分かったことがあった。
私には魔眼が効かないというわけだ。まぁ……この体のせいか魔眼生成という力のせいかは知らないが魔眼を無効化してしまう体質という訳なのだ。
そういえば、あの時エレメス嬢が私を魔眼で視てきた時に効かなったのを知って割と大声で驚いていたな。
そんな事を思い出していると、ダンス中に余計な事を考えていたことがエレメス嬢に伝わってしまったのか添えているだけの手を痛いくらいに握りしめてきた。
「っっ〜〜!!」
「あら、ごめんあそばせ…………しっかり私とのダンスに集中して下さい」
耳元でそう囁かれる。ゾワっとした恐怖?が私を襲い、震えた声で謝る。
「も、申し訳ないです」
指が潰れるかと思った。おかしいな……これでも身体能力が高くて見た目の割に筋力があるからちょっとやそっとの力では痛みも感じないのだが……指は違ったか。
「話は少し変えて、メルス様?」
「…なんでしょうか」
嫌な予感が僅かにしたので逃げたいと思ったが、ダンスの途中でいきなり逃げ出すのは最悪の行為だ。デメリットの方が凄まじいため私は我慢して彼女の話を聞くことにする。
そして、案の定嫌な話が彼女の口から発せられる。
「私との婚姻、考えて下さいましたか?」
頬が引き攣る感覚と共に、逃がさないつもりなのか強く手を握られる。
冷や汗が垂れる感覚に、今すぐ逃げ出したいという思いに襲われながら私はーーーー
質問・誤字報告があれば遠慮なく言って下さい