初めまして
娘のメシリアが無事に救出された。誰が助けたか分からないため探し出すから協力と話し合いをしたいから我が家まで来て欲しい。
我が家の父親宛てに届いた手紙の内容を凄く簡単に要約するとこんな感じだ。そして、誰が送ってきたのかは最初で分かるようにケルア公爵だろう…
先日の事件から2日経って、あの建物で動かないでいた第七騎士大隊は捕縛されて今頃拷問でもされてるんじゃないかな?
私は無事に分身体と入れ替わることができたが中々に忙しかったが、メシリア嬢ーーご息女はおかしいんじゃないか?と兄に指摘されたーーが救出されたという知らせをもって落ち着いた。
父と母はとても疲れた顔をしていたが、一日十分に休めたからかもう大丈夫そうだ。
話を戻して手紙の件だ。
ケルア公爵の家に親が行くだけだから私には関係ないと思っていたが予想外な事に家族全員で行くだなんて言いやがった……おっと、親に対してでもこの言い方は不味いな。
…いや、メシリア嬢に会いに行くわけでもないし会ったとしても私と面識などない筈だ。彼女を助けた時は認識阻害の魔眼や変声の魔眼を使った為正体は見破らなかったはすだ。
それ抜きにしても公爵家に行くと言うのは緊張ものだ。なにせ、無礼を働いたら我が家の評価が下がる可能性があるからだ。
もしかしたら、父様のカイリ・フィルディーリナとケルア公爵は同年代で仲が良いため多少の無礼でも許してくれるかもしれないが、それでもだ。常に気を張っていなければならないというのは疲れるのだ。
身支度をメイドの人がしてくれてーー最初は羞恥心がとんでもなかったが慣れたーーいつもの香水を付けて準備が完了した私と、既に準備が終わっていた家族達はフィルディーリナ侯爵家が所有する馬車に乗ってケルア公爵家へと向かった。
道中、姉がやけに絡んでくるという奇行が行われた事以外何も起きなかった。
くっ……私は絶対にあんたには甘えないからな!!だからその手を下ろせ。
ケルア公爵家についた私は警備の兵士が多い事に気が付いた。やはり先日の件が影響しているのだろう。ネズミ1匹も通さないと言わんばかりの警備だ。
フィルディーリナ家の家紋を父様が見せて、ちょっとした手続きをして私たちは中へと招かれた。
「よく来てくれた。カイリ侯爵殿」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。ケルア公爵様」
軽い挨拶を行いーーもちろん私も挨拶を行ったーー早速本題へと入った。
「それでケルア公爵様」
「ここは非公式の場であり私と卿の仲は周知の事実でもある。いつも通りに話そう」
「……では、そうさせてもらおう」
気配を無にして話を振られないようにする。それでいて、会話はしっかり聞いておく…もしかしたらとんでもない発言が行われる可能性があるからな。
「それでケルア、進展はどうだ?何か掴んだか?」
「いや欠片も掴めてない。むしろ、誰も目撃はしておらずメシリア本人に聞いてみたが何も見ておらず気付いたら助けられていた、との事だ」
「まるで幻だな」
「それなら今やってることは全て水の泡になるな。だが実際に救われてる……大切な娘を救ってくれた。私にとって命の恩人と言ってもいいほどの、どれだけ感謝の言葉を述べても足りない存在だ。なんとしてでも見つけたい」
「…分かった。お前の頼みでもあるし、第七騎士大隊を簡単に無力化出来るような存在は国としても見過ごせないだろうしな。捜索に協力させてもらおう」
「ありがとう友よ」
感動な場面なのだろうが、私は顔に冷や汗が出てないか心配でしかなかった。
見つかることはまず無いとは思うが、いつまでも見つからないものを探し続けられてはこちらとしても困る。
どこかで諦めてくれればそれでいいのだが、ケルア公爵のあの雰囲気を見るになんとしてでも見つけるという意志を感じ取れる。
こうなる未来までは視てなかった私のミスだ。もし何かしらの行動を起こしていれば変わっていかもしれないが目的を達成して満足してしまった。
どうしたものか、と考えていると不意に部屋の扉がコンコンとノックされ聞いたことのある声が聞こえてくる。
「お父様、私です」
「メシリア…?あぁ、入っても良い」
ケルア公爵の返事のあと、扉が開き先日助けたメシリア嬢が姿を現した。ドクンッと心臓が跳ねる……恋などではなく、バレていないかと言う意味だ。
平静を装う……精神を落ち着かせろ…私はメシリア嬢とは会ったことも話したこともないのだ……
「部屋で休まなくてもよいのか?」
「はい。もう大丈夫ですわ」
「……分かった。メシリア、彼らに自己紹介を」
「初めまして、メシリア・メロミアと申します。先日はわたくしの為に夜も遅いというのに奔走なさったとお父様より聞きましたわ。本当にありがとうございました」
先日助けた時とは雰囲気が全く違う事に少し驚く。これが貴族の娘としての姿なのだろうか?
所作や言葉の一つ一つに礼儀を感じられるし……私とは大違いだ。これで一歳しか年が変わらないとくれば少し自信を無くす。
「こうしてお会いするのは初めてですか。カイリ・フィルディーリナと申します。こちらは私の妻のセラス。そして、私の息子である長男のアロス、次男のマクリス、三男のメルス。娘のシャルラです」
名前を呼ばれたので軽く会釈をする。その際、目があわないように喉元を見た。
「初めましてカイリ様、セラス様、アロス様、マクリス様、メルス様、シャルラ様。本日はお父様のためにわざわざお越していただき、誠にありがとうございます」
「コホン、メシリア、どうしてここに来たのか聞いてもよいか?」
「部屋でじっとしてるのも飽きましたわ。それに、既にわたくしは元気ですし、お母様から許可は貰いましたわ」
「くっ……ならば、仕方ない、か」
なんだろうか…ケルア公爵家においてのパワーバランスが垣間見えた気がする。
「ケルア公爵様。我々はそろそろ帰り、早速捜索に移ろうかと思っております。ご息女と話したいことがあるともいますし、我々がいては邪魔でしょう」
「すまないな。またいつか深く話し合おう」
「分かりました。ケルア公爵様、本日はお招きいただきありがとうございました」
ようやく帰れるので私たちは席を立ち、最後にケルア公爵とメシリア嬢に会釈をして去る。その際、合わせまいと思っていた目線が彼女と重なってしまう。
小さく淑女の笑みを見せたメシリア嬢に私は失礼な反応をとっていなかったか心配だ……
だが、もうケルア公爵家と関わることは当分無いだろう。何故なら私は三男で貴族としてはあまり重要な存在ではないからだ。もし関わるとすれば長男か長女の侯爵家を継ぐ2人のはずだ。
これからは勉強も同時に進め、未来視の魔眼で最善の行動を取り、魔眼も練習をしていこう。
そう密かに私は決心したのだった。
〜〜
フィルディーリナ一家が帰った後、部屋に残ったケルア公爵とメシリア嬢はちょっとした雑談をしていた。
「メシリア、一応言っておくが彼らがフィルディーリナ侯爵家の人たちだ。お前とも必ず将来関わるから絶対に忘れてはならない」
「分かっておりますわ」
「ならばいい。それで、あの3人の中に気にいる子は居たか?」
ケルア公爵の問いにメシリア嬢は少し考え込む。
メシリア嬢があの時やってきたのは偶然ではなく、ケルア公爵によって事前に決められていたことだ。
自分の娘と仮に婚姻関係を結ぶとしたら……という理由で彼女自身にいわば品定めを行わせていたのだ。他国の貴族と政略結婚をさせるのもよいが、ケルア公爵はそれを良しとせず安全で仲が良いフィルディーリナ家の3人の息子の誰かと結婚してくれれば良いと考えていた。
その事を聞かされて7歳児ながらも呆れを抱いたメシリア嬢ではあったが、そこは貴族の娘。嫌な顔一つせず淑女として振る舞いながら真剣に3人を品定めした。
長男のアロス様と次男のマクリス様はどちらも父親譲りの金色の髪と眼を持ち、スラッとしている。聞いている話では長男は剣の才能が、次男は弓の才能があるらしい。どちらも年齢の割に素晴らしい腕前らしく将来を期待されているとも。
顔付きはどうかというと長男の方は優しそうで次男の方はその対極のような感じであった。性格まではあの一瞬で分からなかったので、今後話す機会があればその時にじっくり見定めようと思っている。
三男のメルス様は二人の兄とは違って金色の髪と花萌葱色の眼を持っていた。自分より一歳下と聞いており、実際に見てみると顔つきも相まってか弟というより妹っぽく感じた。恐らく母親の血を濃く引き継いだからだと思う。特にあれこれが出来るという話は未だ聞いていないが、とても落ち着きがあり時折大人のような顔つきを見せる事があるそうだ。
性格は兄と同じで話す機会があれば見定めるつもりだが、恐らく無いのでは?と思った。
品定めをした結果、そのような感想を抱いたメシリア嬢であったが彼らが放つ匂いでなんとなくではあるが、選ぶなら誰がいいのかと決めていた。
長男のアロス様は最近流行っている大南国から輸入されている爽やかな香りが特徴な香水と、石鹸の匂いがした。
次男のマクリス様からは長男と同じ香水の匂いと僅かに汗の匂いがした。後者は恐らく緊張したものによるものだと思う。
三男のメルス様からは甘い匂いがした。女性が付けるような香水で、長女のシャルラ様と同じ匂いだった。そして、ほんの僅かに残っていた男物の香水の匂いとある匂い……先日、自分を助けてくれた人からした匂いと同じもの。
もしやメルス様が?とメシリア嬢は考えたが、同じ香水を付ける人も多いため勘違いかもしれないと仮定させておく……しかし、香水だけならばそう思ったかもしれない。
けれど、その者だけが放つ固有の匂いというものだけは何をどうしてもかき消すことは出来ない。そもそも常人には知覚すら出来ないような匂いなのだ。
先日、自分を助けてくれた救世主からした男物の香水の匂いと固有の匂い……それが完全にメルスと一致した事を知ったメシリア嬢は笑みが顔に出るのを必死に防いで父親からの問いに答える。
「いいえ、居ませんでしたわ。それにあの一瞬で見定めるというのも少し難しいです。機会があれば是非、話し合ってみたいものですわ」
「そうか。必ずその機会が来るようにしてみよう」
「ありがとうございますわ」
父親に礼を言ってメシリア嬢は一足早く自室へと戻って、天蓋付きの豪華なベットに倒れ込む。
柔らかな感触と好きな花の匂いに包まれながら彼女は考え込む。
何故メルス様が正体を隠してるのか、あの強さはなんなのか分からない事は沢山あるが……彼が言いたくないというのなら、自分からは何も言わないでおこう。
でも、まさかこんな身近に居たとは思いもしなかった……
喜びや葛藤などという様々な感情が心の中で渦巻く感覚に少し戸惑いながら、メシリア嬢は小さく笑って呟いた。
「見つけましたわよ。私の、救世主様」
質問・誤字報告があれば遠慮なく言って下さい