彼女がいなくなった後
店までやってきたメイドに連れられていざ戻ってくれば、クロードが倒れたとの事で彼はベッドに臥せていた。一体どうして。病気になるような前兆も何もなかったはずなのに……
そう思って危うく取り乱しそうになったものの、しかしそれも長くは続かなかった。
時間にして一時間程経過したころだろうか。
クロードは何事もなかったかのようにベッドから起き上がったのである。
「どうやら引っかかってくれたようだ」
そしてそんな事を言う。
一体どういう事なのか。
エメラダはとにかく説明してほしいとクロードに詰め寄った。
つい先程まで死にそうな顔でベッドに臥せていた男と同一人物にはとても見えないくらい今のクロードは倒れる以前の元気いっぱいな状態であったのだ。
あれが仮病だとは思えない。
けれど、何事もなかったかのように起き上がれるとも思えない。
「確かに死にそうな思いはしたけれど、でもそれもエメラダ、きみが屋敷に戻って来てからだからそう長い時間苦しんだわけじゃないんだ」
「わたくしが帰ってきたから……?」
「あぁ、いや。誤解を招いてしまったね。もっと早い段階でやらかしていたら、倒れていたのはエメラダだったかもしれないから、きみが帰ってくるのを待っていたんだ」
「……どういう事ですの?」
倒れていたのが自分かもしれなかった、と言われてもエメラダにはピンとこない。くるはずがない。
確かにアンリエッタと二人きりという状況にならねばならない、と考えていたのもあって精神的にはとても憂鬱だったけれど、倒れる程でもないのだ。確かに胃がちょっとキリキリして痛いと思う事はあったけれど。
そんなエメラダの内心を見透かしたのか、クロードはメイドにハーブティーの用意だけを頼んで何事もなかったかのように椅子に座る。
胃が痛むエメラダのために用意されたハーブティーだった。
クロードは別にそれを飲む必要もなかったのだが、それでも一時的とはいえ倒れていたのは確かなのでエメラダに言われてクロードもまたハーブティーを飲む。
お茶を淹れて、それから何事もなかったかのように使用人が部屋を出る。
二人きりになった部屋の中、クロードは事の真相を語り始めた。そんなクロードの腕には、エメラダが先程まで身に着けていた腕輪と似たデザインのものが存在している。
「まず、倒れたのはこの腕輪が原因だ」
「腕輪が?」
「あぁ、エメラダ、きみの家では教わらなかったかな。魔法を使える者たちの話を」
「……言われてみれば、聞いた気がします。けれど、わたくしの家ではあくまでもそういった人物が存在している、程度の話しかされていませんわ。あまり関わり合いになるのもよろしくないと聞かされていますし」
「腕輪は彼らに頼んで作ってもらった。呪いの腕輪さ」
「のっ……大丈夫なのですか!? それを身に着けていて」
突然の衝撃的な告白にエメラダは今しがた飲んだハーブティーが逆流しそうな感覚に陥った。大丈夫、吐いてない。
「あぁ、それで、エメラダ。きみに渡した腕輪が、その呪いを肩代わりする腕輪なんだ」
「えっ!?」
「けれど今、その腕輪はここにはない。あのお店に置いてきてしまったからね。
そして、それを持っているのは間違いなくアンリエッタだ。腕輪は同じデザインの予備があると言っていたから、アンリエッタからすればエメラダとお揃いの腕輪という事になる。急な用事で引き返したエメラダが今、腕輪を身に着けているとは限らないけれどそれでも、アンリエッタはエメラダとお揃いだと思ってその腕輪を装着した事だろう。
そうしてこの腕輪の呪いを肩代わりする結果となった」
「ま、まどろっこしくありませんか? それ」
「何を言っているんだ。普通に呪いの腕輪をアンリエッタに渡したとして、それを装着して倒れた場合、疑いの目が向くのは誰だと思っているんだ。あからさますぎるだろう」
「言われてみれば……」
言われてみればその通りだ。
呪いの腕輪をアンリエッタが勝手に持ち帰ってつけました、であれば自業自得になるけれど下手にエメラダがアンリエッタに贈った物と知られれば間違いなく不味いのはこちらである。
あくまでもアンリエッタが持ち帰り、自発的に身に着けたからこそこちらに非がないと言えるもので。
「この腕輪にかけられた呪いは装着している間じわじわと命を蝕むものだ。とはいえ、外せば問題はない。肩代わりされたことがわかるまでは一応つけておこうと思ったから少し苦しむ結果となったけれど、危なくなったら外せばいいだけの話だったからね」
けど、とクロードは続ける。
「逆に言えば腕輪を外さないままずっとつけた状態だと最悪死に至る事もある」
さて、アンリエッタは自身の体調不良を腕輪のせいだと理解できるかな。
そんな風に軽い口調でクロードは呟く。
こうしてクロードが腕輪をつけている限り、呪いは発動したままだ。そしてアンリエッタが腕輪をつけている以上、その呪いを肩代わりする事になる。アンリエッタがもし途中で腕輪を外したなら再び呪いはクロードを蝕むけれど。
アンリエッタは呪いを肩代わりしているなど知るはずがない。ただエメラダの最近の気に入りの装飾品だと思って、嬉々として身に着けたままだろう。最近二人で話をする機会が増えたとはいえ、今まで中々そうはならなかったのも含め、腕輪を拠り所にする可能性は高い。
「この様子じゃアンリエッタがこちらにやって来て腕輪を返しにくる、というのはなさそうだね。
エメラダ、明日にでもちょっとアンリエッタに会いに行って様子を見てきてくれないか? 勿論、もう一つの予備の腕輪をつけたまま」
「……この予備の腕輪には一体どんな効果が?」
「あぁ、それには何の効果もないよ。あくまでも呪いの腕輪とそれを肩代わりする腕輪だけが対で、その予備は似せただけの正真正銘普通の腕輪だ。だが、それを身につけたエメラダをアンリエッタが見れば、彼女はますます持ち帰った腕輪を外さないだろうね」
――翌日、エメラダはアンリエッタが暮らしている屋敷へと赴いた。エメラダが名乗れば警備を担っている者は驚くくらいに呆気なく家の中へ案内してくれた。アンリエッタがエメラダが来たら何が何でも通せとでも言ったのだろうか、と思うくらいにあっさりだった。
とはいえ、アンリエッタは昨日から体調が思わしくなく、自室での応対になるらしい。
案内されたアンリエッタの自室は、どこか懐かしい気がした。
公爵家に嫁に行く前の実家、侯爵家での自分の部屋によく似ている。吐き気を堪えながらも、ベッド横にある小さな椅子にエメラダは腰かけた。
「ごめんなさいねエメラダ様、昨日帰ってきてからどうにも体調が良くなくて……」
「大丈夫なの? そんな状態だったらわたくし、改めて出直しましたのに」
「いえ、大丈夫です。寝てればよくなると思うので」
にこ、と笑うアンリエッタは本当にそう思っているのだろう。
恐らく昨日呪いを肩代わりして体調が悪くなった時点で、この家で雇っている医師あたりにでも確認させたとは思う。とはいえ原因が呪いである以上、魔法に詳しくもないただの医者がそれを見破るはずもなく、また調べたとしても病気の痕跡はどこにもない。
結果としてただの疲労と診察が下ったのだとは思う。
「最近色々あったから、きっと疲れが出てきちゃったんですね」
アンリエッタ本人もそう言っている。呪いの効果で命が蝕まれる、というものの、こうして見てるとちょっとした風邪あたりで体調を崩した程度にしか見えない。もっと酷い状態であったならこうしてエメラダが会いにきたとしても会えなかっただろうし、知らないうちに命を蝕むのであれば、あまり大きくあからさまにするのはあまり良い方法とも言えない。
「無理はしないようにね。
ところで……こんな状態で聞くのも申し訳ないのだけれど」
「なんですか?」
「わたくしの腕輪、昨日あれからどうしたかしら?
あの時急いで戻らなくてはならなくて、そのままにしておいたじゃない?」
「エメラダ様が今つけているそちらは?」
「予備よ。昨日言ってたでしょう? これから店の方に問い合わせるつもりなのだけれど、たまたまこちらに来る用事があったから」
「あ、そうなんですね……ごめんなさい。エメラダ様が帰ったあと、こちらもちょっと急ぎの用事を思い出してしまって……お店で預かってもらってるといいんですけれど……」
「無くなってしまったとしてそれはそれで残念だけれど、仕方ないわ。予備としてもう一つ作ってもらって正解だったかもしれないわね。
これからは不用意に外で外さないようにしなくちゃ」
エメラダの言葉に、アンリエッタは特に何を返すでもなかった。
ただ、右手はベッドの上に出ていたけれど、左腕はずっとベッドの中で出そうとする様子もない。
それを見てエメラダは確信した。アンリエッタは今も腕輪を身に着けている。
「お気に入りなんですね」
「えぇ、とっても。寝る時だって外したくないくらいよ」
そう言って微笑めば、アンリエッタは同じように微笑んだ。
エメラダからすれば、アンリエッタとの会話は不自然極まりなかったがアンリエッタがそれに気付く事はなかったようだ。
「それじゃあそろそろ失礼させていただくわ。後でお見舞いの品を届けさせましょう。何がいいかしら?」
「そんな!? 恐れ多いです」
「いいのよ。こういう時は定番の果物かしら……わたくしはこういう時よくハーブティーを飲むけれど……うちでブレンドしているレシピなんかじゃお見舞いにもならないだろうし」
「いえ! あの、そのレシピでお願いします! レシピがいいです!」
「あらそう? 貴女っておかしなところで謙虚よね。まぁ、果物ならそれこそ旦那様にお願いすればどんなものでも手に入るから、ってところかしら」
「いえ、あの、そういうわけじゃ……」
「冗談よ」
慌てふためくアンリエッタに、エメラダは先程まで浮かべていた微笑みとはまた違う意味での笑いを浮かべる。ある程度外で得られる情報ならともかく、エメラダが家で飲んでいるハーブティーのブレンドレシピなんてそれこそその家で働いている使用人に金を握らせたとして知る事ができるかどうかも疑わしい。大した情報じゃないからといっても、そう簡単に家の中の事を外に話すような使用人は公爵家にはいないのだから。
だからこそ、アンリエッタにとってその情報は一番価値があると踏んだ。エメラダの咄嗟の思い付きで口にしてみたが、こうも食いつくとは思わなかった。
「じゃあレシピは後で家の者に確認して、それから届けるわね」
「ありがとうございます」
「お大事に」
そう言って部屋を出る。
引き留められる事もなくすんなりと部屋を出てこれた事に、小さく安堵の息を吐いた。
あり得ない、と思いはしたがそれでもイヤな想像がよぎってしまったためだ。
もし、あの部屋から二度と出れなくされたらどうしよう、なんて思ってしまったのだ。
アンリエッタはエメラダそっくりになろうとしている。成り代わろうとしているわけではなさそうだが、しかし家の中にエメラダを閉じ込めてしまえば自分がエメラダになれるのではないか。そう考えないとも限らなかった。アンリエッタが正確に何を考えているかはわからないので、どんな可能性もあり得ないと捨てる事ができないが故のイヤな想像であった。
ともあれ、エメラダはアンリエッタに寝る時だって腕輪はつけたままと思わせるような事を言った。
寝ている時もずっと一緒、とアンリエッタが思い込んでそのままずっと腕輪をつけていてくれれば、そう遠くないうちに彼女は呪いを肩代わりして死に至る。罪悪感は、湧かなかった。
もうここでの用はない、とクロードが言って、だからこそ二人はあっさりと公爵家へと戻る事にした。
もっと長引くかと思ってたけど早く戻れそうだから、とご近所に話して、それはもうあっさりと。
そうして馬車に揺られ、街へと戻ってくる。
物理的に離れすぎたら呪いは効果を発揮できないのではないか、と思ったが特に問題はないと言われたので信じる事にする。
それから数日は、エメラダにとってとても心休まるものだった。周囲にアンリエッタの存在がちらつかないだけでこうも心安らかになるなんて、ととても穏やかな気持ちでハーブティーを口にする。
アンリエッタに教えたレシピではない。
あれは体調不良の時に飲む事は確かにあるけれど、それでも普段からエメラダが好んで飲むものではなかった。
このお茶をアンリエッタが口にする事はない。そう思うだけでとても美味しく感じられた。
そんなエメラダのもとに、クロードがやってくる。
そうして呪いの腕輪を外し、テーブルの上に置いた。
「アンリエッタが死んだよ」
告げられた言葉は酷くあっさりしていた。
「どうしてわかるのですか?」
「この宝石、呪いが発動して、それを肩代わりする者がいる間はかすかに光るのだけれど。
その相手が死んだら輝きは消えるんだ」
言われてみれば小さな宝石は特に光ってもいない。そもそも本当に光っていたかもわからない、というのがエメラダにとっての感想でもあったが。
とはいえ、それだけで本当に死んだと安心していいのかエメラダにはわからなかった。
何かの拍子に腕輪を外しただけではないのか。それで、一時的に呪いを肩代わりする相手がいなくなったからそう見えるだけではないのか。
不審に思いはしたものの、しかし数日後アンリエッタが亡くなったという噂はあっさりと流れてきた。
どうやらエメラダがこちらに戻ってきた事を知ったアンリエッタも戻ろうとしていたようだが、体調は相変わらず。せめてよくなってから……という言葉に耳も貸さずすぐ戻るのだと言って、戻る途中の馬車の中で事切れたらしい。
苦しんで死んだというよりは、眠るように死んだようなのが救いと言えば救いか。
そう、死んだのね……とエメラダはなんとも言えない気持ちでそれだけを思った。
正直な話、関わりたくないだけだったのだ。
死んでほしいと強く思うほどではなかった。ただ、自分と関わらない遠くの地で幸せに暮らしてくれていたら。エメラダの周辺で彼女の存在が一切耳に入るような事もなければ。それだけで良かったのだ。
しかしこちらが関わらないようにしたところで、アンリエッタが関わろうとしてくるのだからどうしようもなかった。
ともあれ、これでもう自分の周囲をうろつかれずに済む。
ドレスを新しく新調する時に、どうせこれも真似をされるのでしょうね、と憂鬱な気分になる事もなければ、ちょっとした気晴らしで買った物までチェックされるような事ももうない。
社交に出た時にどうせ自分の事はアンリエッタに伝わるのだろうと思う事もないし、アンリエッタが自分の事を聞き回る事ももうないのだ。
もうアンリエッタを前に取り繕った笑みを浮かべる必要もない。これからは何を気にするでもなく振舞う事ができるだろう。
アンリエッタの夫には少しばかり申し訳なさがあるけれど。
しかし莫大な財産を持つ男だ。彼の妻になりたいと思う女は沢山いるだろうし、その中にはアンリエッタのように彼にとって多少の利用価値がある者もいるだろう。
公爵家と知り合いの男爵令嬢が果たしてどれだけいるかまでは知らないが。
だがしかし今の彼ならば子爵家、運が良ければ伯爵家の令嬢も嫁にできる可能性はある。アンリエッタの我儘を叶える形で社交の場に何度も出ていたから、人脈がそれなりにある事は知っていた。
「それで、その腕輪はどういたしますの?」
「あぁこれ。肩代わりする腕輪は……果たしてアンリエッタの夫がどうするかにもよるけれど、こちらを処分してしまえば問題はないだろう。あの腕輪を売り払った所で値はそれなりにしかつかないし、何も知らない誰かがそれを身に着けたところで呪いの腕輪がなければ何も問題はない」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
無差別に犠牲が出るわけではないと知り、ホッとした。
――さて、その後の話であるけれど。
もうアンリエッタに情報が流れる事もないと思ったエメラダは久々に清々しい気持ちで夜会へと参加した。
そこで久々に出会った友人と会話に花を咲かせる。今までは手短な話ばかりだった。何がどうアンリエッタに伝わるかわからなかったから。
しかしもうその心配はない。だからこそ、エメラダは心から楽しそうな笑みを浮かべて会話に興じていたのであった。
「そういえば、彼女は亡くなられてしまったのね」
「彼女、あぁ、アンリエッタね。えぇ、何でも体調が悪いのに無理して馬車で移動しようとしたみたいで」
「そんなに重要な用事でもあったのかしらね? それとも、エメラダ。貴女に関わる事だったのかしら?」
「さぁ? わからないわ」
確かにアンリエッタは自分を追いかけるようにしてこちらに戻ってこようとしていたので、そういう意味では友人の言葉は正しい。けれど、それを肯定するわけにはいかなかった。
「でもあの娘もおかしな子だったわねぇ……貴女みたいになりたいなんて言って、確かに似せようとしてはいたけれど……正直あまり似てなかったのですもの」
「え? そう、かしら……?」
「そうよ。ちっとも似てなかったわ。いっつもこう、なんていうのかしら。どこかひきつったみたいな笑みを浮かべていて」
そう言って友人はいかにも無理をしています、というのがわかる笑みを浮かべる。
それは、エメラダがアンリエッタの前で浮かべている笑みとそっくりであった。
「貴女が笑う時はもっとこう、雰囲気が和らぐもの。あんな風に微笑まれてもこっちだって困ったわ」
「そ、そう?」
「そうよ。それにエメラダ様みたいになりたい、って言ってあの子の話はいっつもエメラダに関する事ばかり。情報を集めているのはわかるけど、それしか話の内容なかったのよね。
貴女とお話する時はそれこそ色んな話題があるから退屈しないけれど、あの子はエメラダに関する情報を集めるばかりで、自分から何か話題を提供するわけでもなかったもの」
「……でも、それでも相手をしていたでしょう?」
「……昔はまだ微笑ましいものがあったもの。でも、いつまで続けるのかしらって他の友人たちとも辟易していましたのよ」
「そう、でしたの」
「えぇ。貴女も貴族院を卒業した後はあまり顔を出さなかったでしょう? だから適当にあしらう人もいたのよ。とはいえ貴女の名誉が傷つくような話はしていないけれど」
流石に家を敵に回すつもりはありませんもの、と言われてそこでようやくエメラダは気が付いた。
確かに周囲はエメラダの話をアンリエッタにしていたけれど、それでもよくよく考えてみれば日常の些細な話くらいしかしていなかったように思える。
あまり周囲に広められると困るような話はなかったはずだ。
そもそもそういった話は特になかったが。強いて言うならアンリエッタに嫌悪を抱いているとかそういう話題だろうか。しかしそれはエメラダが周囲に悪く思われると思ったからこそ表に出さないようにしていた。
今まで、アンリエッタの事で無駄に過敏になっていたのかもしれない。
それ以降はアンリエッタの話も特に出る事もなく、話題は他の内容へ移りそこそこ喋って満足したのだろう。友人は颯爽と立ち去っていった。
しかし、そうか。
てっきりエメラダはいつか、アンリエッタにその存在を奪われるのではないかと思っていたけれど。
エメラダから見たアンリエッタはよく似ていると思っていたのに、しかし周囲から見たアンリエッタは途中まではともかくそれ以降は特に似ていると思う事もなかったらしい。
アンリエッタにどうせ真似されると思っていたから、周囲の誰かと関わる時はどこか警戒していた。そしてアンリエッタはそれをエメラダの普通だと思い込んでそう真似ていった。
しかし他の誰かと会っていて、アンリエッタの事が思考から一時的に消えたりしていた時は今まで通りの自分だと言えるような、そんな態度でいられた。
昔からの友人であればそんな些細な部分であっても気付いたのだろう。
思っていたより周囲からは似ていないと思われていた。
それは、ある種の救いでもあった。
颯爽と去っていったはずの友人が戻ってくるのを見て、エメラダは一体どうしたのかしらと目を瞬かせた。友人の背後には彼女の知り合いだろうか、数名の夫人がいた。
見覚えがある顔ばかりなので、エメラダも特に気負う事なく挨拶をする。
「そういえば近々パトリシア様がお茶会を開くとおっしゃっていましたけれど、エメラダ、貴女も参加するのでしょう?」
「えぇ、そのつもりです」
言われて思い出す。そう言えば、戻って来て早々にそんな手紙が届いていた事を。
ちなみにパトリシアはこの国の王妃の名だ。たまにしか会わないが、時折開かれる茶会ではなんだかんだ話が弾むので参加しないという事は余程の事がない限りなかった。
「そう。折角だから参加する皆さまでドレスのテーマでも決めて参加しましょうかっていう話になったのですけれど。どうかしら?」
「テーマ、ねぇ……」
「えぇ、そうね、例えば……夜会なら絶対にありえないけれど、お茶会ならお揃いのドレス、なぁんて」
「あら、でしたらお断りさせていただくわ。
生憎、当面の間お揃いなんて冗談じゃありませんもの」
「ま、確かにお揃いは面白みもありませんものね」
本当に例えで言っただけだったのだろう。友人はあっさりとその案をなかった事にする。
そんな友人にエメラダはただ苦笑を浮かべるだけだった。