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公爵家の企みと模倣者アンリエッタの末路



 ――さて、この世界にはごく少数ではあるが魔法を扱える人物が存在する。

 とはいえ大半は過去に虐げられた事に嫌気がさして大抵は人里離れた場所で隠遁生活を送っている場合がほとんどだ。

 彼ら、彼女らは人を嫌い滅多に関わろうとはしない。


 だが、全く関わらないわけではない。


 そういった情報は、市井に広まっているわけではない。

 今でこそその力を使える者は大分減ったものの、昔は王族や貴族の血筋に発現する事が多かった。

 当初はその力を使い権力を得ていた時代もあったが、年代・世代を重ねる事によりその力は徐々に失われていった。時折強力な力を持って生まれる者もいたけれど、その強大な力を使いこなせず自滅した者もいるし、周囲を巻き込んだ者もいた。周囲を巻き込んだ者は、これ以上そうならないために、と人里から追放されロクに人も立ち寄らないような場所に追いやられた。


 これは、一定の階級に存在している者たちにとっては、表沙汰にできないが確かに存在した歴史として学ぶべきものである。


 魔法を扱える者の大半は人嫌いであるとされているが、中にはそうでない者もいる。とはいえ、遥か昔にお互いに関わる事を減らすという約束事を結ばれた事で関わりを制限されていた。


 彼らの存在を大々的に知らせる事で過去起きた事件は、尊き血を引いた者として担ぎ上げ国を簒奪する争いに発展したものや、はたまたその力を利用してやろうという者たちから搾取される事となったなんて出来事もある。

 人間すべてが善人と言うわけでもない以上、お互いの関わりを極力なくすことがお互いのため。


 過去に起きた出来事から、こちらもあちらもそれはよく理解していた。



 とはいえ一切関わらないわけでもない。

 魔法を使える者は少数とはいえ、魔法で何でもできるわけでもない。時として密やかに関わる事はどうしたって存在するのである。


 勿論その扱いに文句がないわけではないが、過去、その力を利用されそうになった者やその力で多くを支配しようとした者たちのいずれもロクな結末を迎える事がなかったために、現状を無理に変えるより維持した方がお互いに安全であると悟った結果だった。

 親切で力を使ったとしても、心無い者に化け物扱いされる事や、力で居場所を奪おうとしても結局は大勢に敵と見なされれば安息の地は消える。お互いに距離をとるのが無難であったのだ。たとえ消極的であろうとも。



 クロードはしかし魔法を使える相手の居場所を知っていた。遥か昔血を同じくした一族の者の系譜である、と言われとある一族の居場所だけは家を継ぐ際に教わっていたのだ。

 魔法は何でもできるわけじゃない。

 勿論魔法で誰かを殺してほしい、なんて願うつもりはない。

 そんな願いは明らかに魔法使いたちの反感を買う。自分たちの仕業だと知られたら間違いなく今度は手当たり次第に殺されるのが目に見えているような事をするはずがないのだ。それどころかそんな願いを頼みに来た相手こそを返り討ちにするだろう。



 そしてクロードが知るその一族は、大変都合がいい事に今住んでいる土地の意外と近くにいた。

 小さな集落。偏屈な連中が住んでる、くらいの噂しかないような所でわざわざ足を運ぼうなんて思うような物も人も何もないような場所。

 だがしかし、それは真実を知らない者から見た話だ。

 クロードからすれば、敵に回すと恐ろしい連中の住処でもあった。


 クロードはそこへそっと赴いて、集落で最も権力を持つ者へ挨拶に行き、頼みごとをした。

 邪魔な奴を排除したい、と言ったわけではない。

 クロードが頼んだのはそんな内容ではなかった。


 ただ、ちょっとした物作りを依頼したに過ぎない。


 集落の者たちは基本的には自給自足で生活している。金銭など滅多に使う事もない。

 だからこそクロードもまた、この土地で入手するのは難しいだろう香辛料だとか、生活する上で役に立つだろう物を持ち交渉に臨んだ。


 結果として願いは受け入れられた。


 とはいえ、望みの品を用意するには少し時間がかかると言われ、日を改めて訪れる事となった。





 ――今までは家を出る事をあまり良しとしなかったエメラダであったが、ここでの用事が済むまでの間はなるべく外に出て欲しいとクロードに頼まれたのでエメラダは気乗りしない様子ではあったがそこそこ外に出るようになった。

 最初のうちは視線だけだった。

 だが、何度もエメラダが外出をしているとわかるとアンリエッタはエメラダに特に用事があるわけではなさそうだ、と判断した時のみ声をかけてくるようになった。

 純粋に自分を慕っているだけ。

 そう思っても、エメラダはとてもじゃないがアンリエッタを微笑ましい気持ちで見る事などできなかった。だって今目の前にいるアンリエッタは、驚く程にエメラダに似た女に変わっていたのだ。


 記憶の中の、幼少の頃のアンリエッタはこんなんじゃなかった。

 自分を慕い、自分と同じようになる、と言ってはいたけれどそれでもまだ、今なら当時の彼女なら微笑ましいとみる事ができただろう。


 しかし今のアンリエッタを微笑ましく見守る? 一体それは何の冗談だ。エメラダはそう思った内心だけは悟られずにどうにか笑みを張り付ける。


 流石に毎日の服まで同じにするのは無理だろうけれど、しかし今アンリエッタが着ている服は以前エメラダが着ていたものととてもよく似て――いや、全く同じデザインだろう。そして髪型。これも普段エメラダがしているものと同じだった。

 化粧はそもそも顔立ちが違うから全く同じではないけれど、しかしその化粧で顔の雰囲気を全体的にエメラダに似せてきている。


 何も知らない者が見れば、二人は姉妹なのかと思う程だろう。


 これが着ている服の質が異なるのであれば、他人の空似となったかもしれない。しかし今現在アンリエッタが身に纏っている物のほとんどはかつてエメラダが身に着けていたものと同じもの。仕立て屋が異なったとしても、金に物を言わせて同じだけの仕上がりにしたそれらを身に纏ったアンリエッタは。


 無い、と思いたいが時としてエメラダと間違われる事もあるのではないか?

 そう思える程になっていた。


 自分と全く同じ顔立ちの、しかし自分とは異なる女。

 エメラダからすれば最早恐怖でしかない。

 本当に妹であったなら、まだここまで恐怖を覚えなかっただろう。同じ両親から生まれたという事実があるのであれば、似ていたとしてもなんとも思わない。それどころか好ましさを抱いた事だろう。


 だが、エメラダは今までの人生の中でそこまでアンリエッタと深く付き合った事はない。

 幼い頃から真似をされて何となく嫌だな、と思った気持ちのまま少しずつ距離をとっていったのだから、もっとよく付き合ってみようと思う事もなかった。


 目の前にいるのは他人のはずなのに。

 まるで鏡でも置かれたような錯覚に陥る。


 もし、この後エメラダが家に戻って髪の毛をバッサリ切ったとして。

 きっとそしたらアンリエッタも同じように切るのだろうか。

 試してみたい気持ちもあるが、本当にそうされたら余計に彼女に対する嫌悪感が強くなるだけだろうとはエメラダもわかっている。

 ウィッグなどを使い切った振りをして、アンリエッタが本当に髪を切った後で元に戻す事も考えたけれど、それだってアンリエッタが今度はエメラダの髪型を真似するためのウィッグを用意するだけにしかならない。そうなるのはわかりきっている。



 アンリエッタと何の話をしたかなんてほとんど覚えちゃいなかった。

 ただ、やんわりと昔のアンリエッタの方が好きだった、と言ったのだけは覚えている。

 けれどもアンリエッタはあの当時はまだまだ未熟でしたから、とエメラダの意図は一切気付かぬまま。もっと完璧を目指しますと言われ、エメラダに残ったのは純粋な恐怖でしかない。


 エメラダのようになりたい、とは言っていた。

 しかしそのゴールは一体どこなのだろうか。

 明確な終着点が存在しているかも疑わしい。


 これがまだクロードが好きで、だからこそ自分がエメラダに成り代わるのだとでも言われればエメラダもとてもよく理解できただろう。

 しかしそんな事はない。アンリエッタが執着しているのはあくまでもエメラダで、クロードに関してはそこまで関心を抱いた様子はこれっぽっちもなかったのだ。

 その事に安心していいのかはわからなかった。


 アンリエッタには申し訳ないけれど、消えてもらおう。


 そう告げた時の夫の顔を思い出す。

 関わらない、真似をしないのであればそれだけで良かったのだ。だからエメラダは一瞬そんな事をしなくとも……と言おうとした。けれども、その言葉は口から出る事はなかった。

 確かに、アンリエッタがいなくなるのが確実ではあるのだ。

 彼女がいなくなれば。

 エメラダを煩わせる事はない。


 とはいえ直接的に暗殺者を雇うなどという短絡的な真似をするわけにもいかない。

 一体どうやって、とエメラダがか細い声で問えば、夫は任せて欲しいとしか言わなかった。とても不安である。

 任せろと言ってそうしてどこかへ出かけてしまった挙句、その間に気は進まないだろうけれどなるべくアンリエッタと関わる回数を増やしておいて欲しい、と言われたからこそ今こうなっているのだけれど。

 どうせならもっとちゃんと詳しく説明してほしかったわ……とエメラダは内心で怒りたいやら泣きたいやらな気持ちになっていた。ストレスで胃がキリキリする。



 ――本当に、今のアンリエッタをエメラダの知り合いたちは微笑ましく見ているのだろうか?

 面白がっているだけではないだろうか。

 そんな風に考えてしまう。


 流行の最先端を行く貴族の真似をするにしても、そもそもそっくり同じになりきろうなんて普通はしないのだ。デザインを似せる事はある。だが、自分に合うように少しずつ変えたりするのが普通なのだ。けれどもアンリエッタはそうではない。自分の良さを全て消してひたすらにエメラダと同じになろうとしている。


 二度と関わらないでちょうだいと叫んで立ち去りたい衝動に駆られる事は沢山あった。けれどもどうにかそれを耐えきって、そろそろ戻らないと、と控えめに言って席を立つ。

 少しばかり小さいが落ち着く雰囲気のカフェ。いくらアンリエッタと顔を合わせて話をする機会を少し増やしておいてほしいと言われたからとて、自分が暮らす家の中に案内はしたくなかった。

 アンリエッタは引き留めない。むしろどこか満足そうにしていた。今まであまり関わる事がなかったエメラダとじっくり話をする事ができたからこそ、満足していると言われれば充分に納得できる。


 クロードが戻ってくるまでの間、あと何度かこういった事をしないといけないのかと思うとうんざりしたが……その後アンリエッタと関わる事がない人生が待っていると思えばどうにか我慢する事ができた。



 アンリエッタにとっては至福の、エメラダにとっては地獄のような時間は数日続いた。

 そこでようやくクロードが戻ってきて、エメラダに細やかな細工の金の腕輪を差し出した。所々に文字のような文様が刻まれているが、読もうとしてもさっぱりエメラダにも意味が理解できなかった。ただ、これを身に着けて、アンリエッタの前に出る事。

 その際に予備がある事。夫がくれたので大切にしているとでもいって、気に入っている素振りを見せる事。

 不自然にならないように腕輪を外し、そしてそれを忘れて帰る事。

 それらを実行するようにと言われた。


 夫の案にエメラダは半信半疑であった。

 そのまま言葉を受け取るならば、とりあえずアンリエッタといつものようにカフェで少しばかりお茶をして、その時に夫からもらって気に入っているのと軽く惚気て、その上で気に入ったから、同じデザインの物をもう一つ用意してもらったと言い、何かの折に腕輪を外し一度席を外しそのままの流れで腕輪を忘れて帰ってくる、という事になるのだが。

 本当にそれで大丈夫なのだろうか。


 疑問を顔に出せばクロードは大丈夫だと言い切る。


 エメラダは信用していないようだが、クロードには確信があった。

 あれだけエメラダと同じようにと似せてくるアンリエッタが、エメラダの私物を入手する機会を逃すだろうか。それが一点物であるならばともかく、同じデザインが二つある、と言われれば魔が差してもおかしくはない。

 更には、一時的にそれを持ち帰って、その上で同じデザインの物を作り、そして新たに作った偽物を後日何食わぬ顔で戻してくる可能性すらあった。

 本物の方を戻してくる可能性がないわけでもないが……見た目が全く同じであれば、一度でもエメラダが身に着けた私物の方がアンリエッタにとっては価値が高いだろう。


 エメラダはそこまで考えたくはないのか本当に大丈夫かしら……と不安そうにしているが、クロードからすればそうなるだろうという確信すらある。



 同じデザインの腕輪が二つ。

 もし一つ失くしたとしてももう一つある。

 つまり、一つ目をなくしたエメラダは諦めて二つ目の腕輪を使う可能性が高い――とアンリエッタならば考えるだろう。

 それ即ち。

 お揃いというやつである。


 今までアンリエッタがエメラダの真似をして同じようなドレスだって大量に用意してきたけれど、それとは違う。正真正銘のお揃いアイテム。同じデザインの物を新たに作らせるにしても、それでは違うのだ。

 アンリエッタは絶対に食いつく。

 もし。

 もしアンリエッタが腕輪を持ち去るでもなく素直に返してきた場合は。

 クロードの策は失敗に終わる。


 その時は別の方法を考えるつもりであった。いっそ地の果てまでも逃げてどこまでついてくるかを見届けるのも一興かもしれない、などと言えばエメラダには「冗談でも恐ろしい事は言わないでくださいませ」と言われてしまったが。



 ――正直上手くいくのかしら、とエメラダは思いながらも言われた通りに腕輪をして、散歩してます風を装いいつものように歩いていた。最近そういう事が何度もあったから、アンリエッタも偶然を装うでもなく普通に話しかけてくる。

 そうして、少しお茶でもどうですか、と普段であればアンリエッタから誘うのだが。

 今回はエメラダが少し休憩しようと思って。お茶に付き合って下さらない? そう言えばアンリエッタは疑う事もなく一も二もなく頷いたのだった。


 腕輪は正直そこまで目立つものではない。けれども控えめでありながらもそっと主張するその腕輪をアンリエッタは見逃さなかった。

 だからこそエメラダも決められたセリフを言う。

 夫がくれたものなの、と。


 こういった控えめな物もそれなりに好きで、だから少し前に夫に無理を言って二つ用意してもらったの。そう言えば旦那様とお揃いなのですか? と返ってくる。

 それにエメラダは首を振って、いいえ、二つとも自分用よ、とどこか困ったように控えめに笑った。流石に両手につけるのはゴテゴテする感じになるから、一つはもし何かあった時の予備ね、とも言っておく。


 それを聞いたアンリエッタが何かを企むような感じはしなかったけれど、だがその腕輪をじっと見ていたのは確かだ。

 気になる? と苦笑を浮かべて問えば、アンリエッタはやや控えめに頷く。

 そう、もっとよく見てもいいわよ。

 そう言ってエメラダはするりと腕輪を外し、テーブルの上に腕輪を置く。


 飛びつくような勢いで腕輪を手にするわけでもなかったが、アンリエッタの視線は腕輪に釘付けであった。


 ここで、さりげなくエメラダが席を外す流れであったのだが、いい口実が浮かばずさてどうするかと思っていれば、恐らくはクロードの差し金だろうか。どこか焦った表情のメイドが一人、店にやってきた。

 そうして店員に小声で何やら話をして、店員がそっとエメラダに耳打ちするように彼女のところへ、と伝える。


「ごめんなさい、少し席を外すわ」


 エメラダがそう断りをいれて立ち上がり、アンリエッタははい、と短く返事をしてエメラダの背をしばし見送っていたが、やがて視線は腕輪へと戻る。


 メイドからはこのまま店から帰る流れになっております、と小声で伝えられ、その場で代金を支払い店員にアンリエッタには火急の用ができたから戻ると伝えておいてもらうように言って。

 そうして大まかにクロードが計画した通り、腕輪はアンリエッタの手に渡る。


 あとはアンリエッタ次第だった。


 急に帰ってしまったとしても、アンリエッタがエメラダの暮らす屋敷に足を運ぶ事はないと思っている。

 そもそも住む場所が違い過ぎて、わざわざアンリエッタがやってくる理由がないのだ。

 とはいえ忘れ物を届けにきた、という名目があるので来る可能性は否定できない。

 だがもしこの時点で来ても、使用人に現在少々立て込んでおりまして……と言葉を濁しつつ帰ってもらうように伝えてある。


 そこでアンリエッタがエメラダ様の忘れ物です、とすぐさま腕輪を返す可能性はとても低かった。


 どうせ返すならば直接渡すだろう、というのがクロードの想定である。

 エメラダもそれは否定できなかった。口実があるなら、直接返す選択を選ぶだろう。



 だがしかし、アンリエッタは口実を得た状態だというのにエメラダのいる屋敷へ足を運ぶ事はなかったのである。


 ベッドに臥せていたクロードがむくりと起き上がり、

「この勝負、我らの勝利だ」

 なんて格好つけて言ったけれど。


 エメラダには何がどうしてそうなったのかさっぱりわかっていなかった。

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