9章 下された判決 2話
ネズミ一匹通さない天守国をいくつかの街灯がぼんやりと照らしていた。
天守国を抜け天使聖界の門の前で止まる馬車。
「開門!」
見張りの兵士がそう言うと、門がゆっくりと開いていく。
目を塞がれているジェイルは自分が何に乗っているかも分からない状態だった。
ジェイルが頭に思い浮かべる事は、ブルンデと話した穏やかな時間と、自分がブルンデを殺めてしまった時の瞬間のイメージ。その描写が何度も再現される。
生者の血の事すらも忘れる程、ジェイルの心は黒い闇に閉ざされていた。
そんなジェイルを乗せた馬車が天使聖界の敷地に着いた。
リンゴやミカンが実った樹木があり、蝶々(ちょうちょ)が舞う花畑。
そして、荷台から無理やり引きずり下ろされたジェイル。
「さっさと歩け!」
果実や花の濃密な香りにも反応しないジェイルは、その兵士の声に抗う気力さえも起きなかった。
言われるがまま、ふらふらとした足取りで歩いていくジェイル。
天使聖界の中に入ると光り輝くシャンデリアが天井に飾られていたり、天使の模様が入れられた赤い絨毯が敷かれている。
階段の手すりにも金色の装飾が施されていたりと、国王でも住んでいるかのような豪華な内装。
そこからジェイルは地下に向かって歩かされた。
豪華な内装に似つかわしくない黒いさびれた扉。
まるで罪人向けの扉のようにも思える。
中に入ると薄暗く、数個のランタンが石の壁に引っ掛けられている。
途中何度も槍の石突で突かれるなどしながら歩いていくジェイル。
「入れ」
兵士の声の後に、ギイと錆び付いた鉄格子を開ける音がする。
入ろうとした瞬間、槍の石突で強く背中を突かれ倒れるように牢屋に入れられたジェイル。
それを後ろで見ていた兵士の二人が悪意を込めてフッ、と笑う。
俯せで抜け殻のようになっていたジェイルは、その事に耳を傾ける気も起きなかった。
そして、兵士達は牢に鍵をかけ、去っていった。
石積みで出来た牢に閉じ込められたジェイルは、寝る事も出来ず、ただ悲しみに浸り空過していく。
布で隠された虚ろな瞳でガーウェンとブルンデの事ばかり考えてしまうジェイル。
「出ろ」
昨晩と同じ三人の兵士達が早朝になるとジェイルを牢屋から出した。
重い足取りのまま兵士の言われるがまま出ていくと、そのまま地下から一階に連れられて行くジェイル。
天使聖界の中を歩き、見えない不安定な足取りで階段を何段も上がらされるジェイル。
途中、足をつまずきそうになっても、兵士達は「さっさと歩け」と冷たく言うだけだった。
二十階も上がらされ赤い絨毯を歩かされていくと着いた先は茶色い木造の扉だった。
その扉がゆっくりと開くと、何やら何人もの人間の雑談が聞こえてくるジェイル。
その中を歩いていき、途中で「そこで止まれ」と指示が出され止まった。
そして、目隠しの布と口で塞がれていたタオルが解かれた。
一夜明け、目にした光に慣れず、思わず目を塞ぐジェイル。
徐々に光に慣れていき目を開けると、そこは広い裁判所だった。
「おい、ブルンデが死んだと言うのは本当なのか?」
「ああ、あいつが殺したんだ」
傍聴席からは百人以上の兵士達が、ブルンデとジェイルの話をしていた。
ジェイルは傍聴席に顔を向け、自分が裁判にかけられる事を理解すると、不安な思いで前を向いた。
ジェイルの前の中央の左右に弁護人側と検察官側のようなテーブルが設置され、前の奥には裁判官が座るような場所に豪華なテーブルと椅子が設置されている。
掃除が隅々まで行き届いたキラキラとした裁判所。
辺りを見回している内に、ジェイルが入ってきた入り口の扉から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
そして、その扉が開かれ、入ってきたのは‥‥‥。
「――放せ! これは何かの間違いだ! 誰かの謀略だ! 放すんだ!」
二人の兵士に後ろでロープで縛られた両腕を押さえつけられ喚きながら入ってきたのは、なんとオキディスだった。
「今は大人しくした方が賢明ですよ。神であるスザク様に逆らうおつもりで?」
押さえつけている兵士がオキディスに耳元でそう囁くとオキディスは奥歯を噛みしめながら、ジェイルの横に立たされた。




