表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電子書籍化決定 地獄劇  作者: ラツィオ
71/197

7章 思わぬ邂逅 3話

 「すみませんが、ちょっとまってください」


 初老の男性はジェイルが何か伝えたいのでは、と感じ申し訳なさそうにそう言うと、杖を片手に持ったままもう片方の手の人差し指で耳の穴をグリグリとほじる。


 そして、もう片方の耳の穴も同じようにほじっていた。


 いきなり何をしているんだ、とギョっとした表情で驚くジェイル。


 「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。一時的ではありますがこれで聞こえますので、さあどうぞ」


 (がい)()(どう)()(まく)を刺激して一時的に耳の聞こえが良くなった初老の男性。


 ()(かん)(きょう)(さく)(しょう)でもそんな対症療法は聞いたこともない。


 初老の男性の非常識な行動にジェイルはどんな耳をしているんだ? と思い(じゃっ)(かん)、戸惑いながらも話を進めよう、ともう一度、同じ質問を丁寧にする。


 「‥‥‥恋人ですか」


 何かを思いつめた様子で見えない目でオーロラで覆われた(そう)(きゅう)を見上げる初老の男性。


 「どうしたんだ?」


 少し心配したジェイルは気にかけるように喋る。


 「実は、生前に嫁がいたんですが、先に亡くなってしまいましてな。以来会えていないのですよ。」


 静かに落ち着いた声でジェイルに語る初老の男性。既に二度と会えない事を悟り、それを受け入れているような様子だった。しかしどことなく(つい)(とう)の思いを引きづっているかのようにも思えた。


 その言葉を聞いたジェイルは気まずい気持ちになってしまう。


 (てん)使()(かい)に来ても生前の妻の行方も探せない程、初老の男性の身体は病に侵され、それが(てん)使()(かい)に来ても改善されない。しかもニイナも言っていたが移動手段は歩行以外無い。


 ジェイルはどうしたらいいものか? とその場で頭を悩ませていた。


 しかし、このチャンスを逃してしまえば、二度と人外レベルのニイナの恋人は見つからないのかもしれない。


 何故かそう思えて仕方なかったジェイルは(くじ)けそうな気持ちを踏みとどめ重く塞がれてしまった口を開けた。


 「だったら新しい恋を見つけて見ないか? 丁度、フリーな女がいるんだ」


 ジェイルは無理に陽気な表情にして初老の男性にニイナを紹介しようとした。


 初老の男性の気持ちを考えない()(しつけ)なジェイルの発言だが、ジェイルには他に選択できる言葉が見つからなかった。


 「‥‥‥新しい恋ですか。それもいいかもしれませぬな」


 まさかの初老の男性の返答にジェイルは驚いた。


 「本当にいいのか?」


 あの怪物ニイナを紹介しようとしてるのか、と思うと罪悪感が込み上がって来たジェイルは、今になって冷静さを取り戻し、ちゃんと本心を聞こう、と初老の男性の顔色を伺うように問いかけてみた。


 「いいのです。いつまでも妻の想いを引きずっていくわけにも行きませんし。何よりこの身体では探すことも(まま)ならないですからね」


 再び見えないはずの目でオーロラの差し込む光を眺めながら、か細い声で悲しげに話す初老の男性。


 前向きになった事を喜んでいいのか、それとも未だ未練が経ち切れてい無さそうだ、と悲しむべきなのか、ジェイルは複雑な心境になってしまう。


 「分かった。なら案内するぜ。だが行く前にこいつを呑んでくれないか?」


 ジェイルは複雑な気持ちを紛らわせるため顔を横に振るうと、(かん)(しん)(ふん)(しゅつ)を懐から取り出し、初老の男性の手に握らせた。


 (かん)(しん)(ふん)(しゅつ)をきちんと飲ませ、ニイナの家まで初老の男性の感情や心を呼び起こす効力を継続(けいぞく)しなければならなかったからだ。


 何から何まで、初対面の相手に対し非常識な行動と言うより非道な行動をするジェイル。


 「これは?」


 当然、初老の男性は目が見えないため手渡された(かん)(しん)(ふん)(しゅつ)()(びん)に疑問を持ち、ジェイルに首を傾げながら聞いた。


 「えっと、それはだな、気持ちをリラックスさせるための秘薬なんだ。これから知らない女性に会うんだから緊張するんじゃないかと思ってな」


 ジェイルは酷く動揺しながらも、思いつく限りの虚言を選んで初老の男性に説明した。


 「すみませんな。余計な気を使わせてしまって。ありがたく頂きます」


 感謝の言葉を尽くすように言う初老の男性は手渡された(かん)(しん)(ふん)(しゅつ)を疑う事なく口に含み一気に飲み干した。


 過去最高に良心が痛んできたジェイルは胸を抑えながら顔に力を入れ、その気持ちを抑え込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ