5章 偽りの栄光と繁栄 6話
ジェイルの脳裏では天使界が地獄を制圧しようとしているのと何か関係があるのでは? とつい考えてしまう。だが、それと同じようにまだ気になる事があった。
「そもそも、ここで死んだら何かあるのか?」
「天使界だけでなく幽界の地で死んだ者、二度目の死を迎えた者は地獄の住民となるのさ。何故かは知らないがね。こればっかりは天使界の神とて例外じゃないからね」
天使界の規律と言うよりも幽界の地の見えない闇のようなシステム。
ガーウェンが天使界での死を警戒していた理由は、死ねば強制的に地獄に落とされるからだ。そうなるとブルンデの所に辿り着くのは困難を極める。
天使界に来て久しぶりに命の重みを強く感じたジェイル。
「さて、話を変えようか。あんたが持ってきたこの地図だが、あたしの特製の薬品と交換しないかい?」
ニイナは地図を片手にジェイルに交渉を持ちかけてきた。
「悪いが、俺にはどうしても生者の血の情報が必要なんだ。どんな物にも変えられない」
迷うことなく即答するジェイル。
「そうかい。身体強化や、相手の心を入れ替えたり洗脳したりと、色々と揃えてるんだが、どうやらあんたの意思は強固のようだね」
激洗と大した変わらない物騒な薬品に、ニイナに剣呑の思いを抱かずにはいられなかったジェイル。
「だがどうするんだい? この地図通りブルンデの所に行くとしても、ここからじゃ、どんなに急いでも三百年はかかる道のりだよ」
ニイナは地図を扇子のように使い自分の顔を扇ぎながら涼し気な表情でとんでもない事を言ってきた。
「はっ、三百年⁉」
その場で卒倒するんじゃないか、と思う程、ジェイルは驚いた。
「おいおい、ニイナ姉さん。いくら欲しいからってそんな嘘はどうかと思うぞ」
内心、本当ではないか、嘘であって欲しい、ジェイルの心の内で激しい葛藤が起きていた。
「‥‥‥試してみるかい」
じっくり間を置き、不敵に微笑みながら地図をジェイルに手渡そうと差し出すニイナ。
「‥‥‥遠慮しておく」
ニイナの不気味さに圧倒されたジェイルは嘘を付いている様子が無い、と思い引きつった顔で地図を受け取った。
「なら、こうしようじゃないか。ジェイル、あんた‥‥‥あたしに男を紹介しな」
「……男?」
目を丸くさせ呆然となるジェイル。
「そうさ、どっちにしたってそのまま三百年かけてブルンデの所になんていけないだろ? 一般の馬車とかの移動手段も天使界じゃ無いからね。今いる天使界に降り立てば、もうそこからは自分の脚だけが移動手段だからね」
ニイナの補足説明に、打つ手がない事を察したジェイルの表情は曇っていた。
「それで、なんで男を紹介する話になるんだ?」
「その地図はね、鍵となるキーでもあるんだ。私にちゃんと男を紹介出来たら二分も経たずにブルンデの近くまで移動できる脚を用意してやるよ」
ジェイルの心の中に希望が湧いてきた。だがそれと同時に、ニイナに男を紹介すると言う事がどれだけ困難な事か、と脳裏を過る。
どんな相手と付き合わせたらいいのか? と悩むジェイル。どう見てもニイナに真っ当な恋愛が出来る感じには見えない。交友を持った瞬間、骨の髄までしゃぶり尽くされるのではないか? と頭の中で知らない声が、そう囁いてくる感じがするジェイル。
「で、どうなんだい?」
ジェイルの顔を覗き込むようにして炯眼の眼差しを向けてくるニイナ。
やはり近くで直視すると、今まであった誰よりもインパクトがある。
遠目でニイナを視界に入れただけで世の男性は逃げ出す程の。
「鍵か……。分かったよ。で、どんな男がタイプなんだ?」
ニイナは額に人差し指を当て、うーん、と悩みながら口にしていた。
「そうだね~。容姿が良く、頭脳明晰、諧謔でありながら紳士で優しく、一途で勇敢で、それから」
「――ああ、まてまて! そんな完璧な超人いるわけないだろ! どれだけ貪欲なんだよ! (誰か変わってくれ)」
ニイナの付き合いたい男に対しての条件が余りにも多く、それに嫌気がさしたジェイルは慌てて止めた。




