20章 フィナーレ 3話
「ああ。これは時間を図るための物ではなく、経過を図るためだ」
「経過を図る? そんなの時計と変わんないだろ?」
「まあジェイル。話は最後まで聞こう」
ジェイルは渋い表情で納得のいかない感じだった所を宥めるヨシュア。
「この針は普通の時計とは違う。今は丁度、普通の時計の時間で言うと、十一時五十九分で止まっている、つまりこれが0時ピッタリになった時には現世から地獄に落ちる人間が嫌でも現れるのさ」
「てことはつまり、後一分で現世から地獄に落ちる人間がこの生神盤に向かってやって来るって事か?」
「少し違う。さっきも言ったがこれは時計じゃない。普通の時計が一分掛かる時間は、この生神盤では十年から百年は掛かる」
ガーウェンの説明に、ジェイルはユエルが言っていた事を思い出す。
生者を呼び寄せる物を作ると言っていたが、この事だったんだな、と。
「そう言えばユエルがこれを作ろうとしていたな」
「あんな軽薄な奴には手に余る代物だがな」
ジェイルが何気なく言った一言に鼻で笑うガーウェン。
「でも、それだと生きている人が地獄に来ると言う事だろ? それじゃまるでその人は偶発的にここに来る話になってしまう。それじゃ犠牲になるようなものじゃないか」
ヨシュアは若干、慌てながら口にする。
「この生神盤で招かれる奴は、地獄で持っていれば罪人が来る。天使界でこの生神盤を手にしたまま時が経てば、穏健な奴が来るが、生憎、穏健な奴を偶発的に呼び寄せるよりも、罪人の方が良い。罪なき者を死に追いやるよりも。お前らだってそう思うだろ?」
ガーウェンの私見に言葉が出てこないジェイルとヨシュア。
いくら罪人とは言え、自分が何故死んだかも分からず地獄や天使界に引き寄せられるなんて納得がいかない。
極めて理不尽としか言いようがない、と思ってしまう。
「この生神盤を止める事は出来ないのか? 罪が有ろうと無かろうと、現世から幽界の地に引き寄せられるなんて余りにも不幸だ」
ヨシュアの最もな意見。
心の優しいヨシュアは生神盤によって引き寄せられた者に哀悼の意を表していた。
「そいつは無理だ。これは壊せない。どこかに捨てれば、生神盤の時が満ちれば、誰の意思とも関係なくこの幽界の地に引き寄せられる」
「……そんな」
ヨシュアは悲観していた。
俯きながら何もしてやれない事に奥歯を噛みしめる。
「それで、あとどれくらいしたら見知らぬ何者かがここに来るんだ?」
重苦しい空気を一変させるため、ジェイルは話題を変える。
「そうだな……あと三分ぐらいだな。もう0時ギリギリまで針が迫ってる」
「あと三分で、ここに……」
ガーウェンが目を細め生神盤の針を見つめながら言うと、ヨシュアは切なく口にする。
「三分と聞いてお前達はこう思ったはずだ、カップヌードルが食いたいと」
そこで、冗談なのか本気なのか分からないが嫌味ったらしい笑みで、お茶を濁すガーウェン。
「……言われてみたら久しぶりに食いたいな」
「言ってる場合か」
ジェイルは眉を顰め雑念を捨てきったかのように、カップヌードルに意識を奪われていた所を、ヨシュアが軽くツッコミ、我を取り戻させる。
「さて、そろそろだ」
一分を切り、ガーウェンが生神盤を誰も居ない所に向げる。
すると、生神盤が眩い光に包まれると、ガーウェンの目の前で黒い煙が人型の形で現れた。
「こ、これは」
ヨシュアがその様子を動揺しながら見ていた。
半信半疑ではあったが、その黒い煙は見る見る内に人へと変化していく。
グレーのジャケットを着てジーパンを履いた若い男が意識を失いながら横たわっている。
「ほらヨシュア。このナイフでそいつを刺して、その血で自分を刺せ。そうすればお前は現世に帰れる」
ガーウェンはナイフを懐から取り出し、平然とそう言う。
「……駄目だ。出来ない」
だが、ヨシュアは脱力したような様相でそう言う。
「満を持ちした千載一遇のチャンスなんだぞ。お前はそれを棒に振る気か?」
ガーウェンは険しい表情でヨシュアに詰め寄る。
「いくら地獄に落ちた罪人だからと言つて、他人の命で自分が生き返るなんて後ろめたいにも程がある。だってそうだろ。生きとし生けるものは皆平等なはずだ。他人を踏み台にして生きてそこに価値があるか? 生前パーラインを助けるために自分の手を血で染めた事はあるが、自分のためにはそれは出来ない」
ヨシュアは逼迫した表情で思いの丈をガーウェンにぶつける。
「たく、強突く張りな奴だ」
ガーウェンは髪をワシャワシャと搔きながら呆れると、何故か地獄に落ちたばかりの生きた男に歩み寄りしゃがむと、ジェイルとヨシュアの見えない位置で何かをしていた。




