19章 救い 1話
だが、生きて欲しいと言うイエスの願いは虚しく霧散する事になる。
その後、バロックとニイナ、アランバは天使聖界を去り、また、ユエルとスザクは神に近い地位に就き、天使界の穏健達を原料にし、生者の血を量産していき、そこから邪神の血に転換させ、マキナの姓を持つ者を次々と抹消していき、着々と神の権能を手にしていく。
イエスはと言うと、地獄で途方もない旅をしていた。
シャーディッヒを探すため、抜け殻の状態で、様々な地を訪れては戦闘に明け暮れ、殺し殺されるなど繰り返していく。
そして、五十年後。
イエスは、いつしかガーウェンと名乗っていた。
その頃には人相も変わり、別人のように狂乱としていた。
そこで、ガーウェンはまるで日常のように殺されていく日々の中、どう言う訳か、何の前触れも無く、ある場所に行き着いていた。
「……ここは」
蘇ったガーウェンは周囲を確認して見ると、木の椅子に座っており、目の前にはナヌアが居た。
「あ、貴方は!」
ナヌアを見るや否や驚愕するガーウェン。
「久しぶりだね。イエス君。いや、今はガーウェン君だったかね」
ナヌアは落ち着いた様子でガーウェンに語り掛ける。
「なるほどな。俺に用がって自然界に呼んだわけか」
すると、ガーウェンはユエルだと認識した時には冷静さを取り戻した。
一体、この二人の関係とは?
「んで、一体何の用だ? あんたは全眼で俺の経緯を知っているはずだ。今じゃ野良犬同然の俺には神としての資格はない」
噛みつくような態度のガーウェン。
「随分風変りしたね。まあ、シャーディッヒ君を失ってからの君は遊子といった所だ。そこまで自嘲する事は無い」
ナヌアは真剣な眼差しでガーウェンを落ち着かせる。
「ふん、……念のため聞いておくが、シャーディッヒの行方を俺に教える気はないんだろ?」
ガーウェンは眉を顰めながらナヌアにそう聞いた。
「ああ。すまないがその気はない。個人の私情のために情報を提供してしまえば世界の均衡は崩れる。平等にするためには致し方ない。これは、君を神に推薦した時から変わらないのだから」
真面目に語るナヌア。
「だろうな。まあ、今更自然の神であるあんたが認識を改めるわけがない。それで、もう一度聞くが俺に何の用だ?」
阿房臭いと言わんばかりの態度のガーウェン。
「率直に言うと、天使界と現世を救って欲しい」
ナヌアの言葉にガーウェンは大きく息を吐き捨てた。
「あんた。俺の言葉が聞こえなかったのか? 俺はもう神でも何でもない。ただの死人だ。そんな俺に何を救えってんだ!」
怒りが込み上がってきたガーウェンは最後に語気を強める。
ガーウェンの怒りの矛先は不甲斐ない自分自身だった。
「君の怒りは理解している。だが、君の手にしている生者の血が全世界を救う鍵の一つなのだ。それにこれは君自身が踏破すべき難題と言い換えても差し支えない」
「何の事だ?」
ナヌアの含みのある言葉に鋭い目付きを向けるガーウェン。
「結論から言わせてもらうと、シャーディッヒ君は自害などしていない。ユエルとスザクと言う輩が、シャーディッヒ君を亡き者にした」
「何だと!」
ナヌアの淡々とした言葉から、真実を知ったガーウェンは一驚する。
「馬鹿な。……そんな事が」
酷く動揺するガーウェン。
「ユエルとスザクは互いに化けの皮を被りながら統合し、天使界の穏健達の命を使い、マキナの姓を持つ者を九千九百九十九人ずつ抹消している。どちらも神の権能を完全に手にするまで後一人だ」
「天使界でそんな事が……」
ナヌアの必死な説得に言葉が上手く出てこないガーウェン。
「現世ではマキナの姓を持つ者は後一人だけだ。その者を、君の手で守って欲しい。これは君自身の償いでもある。私の言っている意味が分かるかね?」
ナヌアは知っていた。この時のガーウェンは心底、後悔し、自身の力の無さを恨んだ。
何もかもが甘く、そして不甲斐ない自身の情けな差に打ちのめされていた事に。
「うっ、うぅ……」
涙を流しながら嗚咽を漏らす事しか出来ないガーウェン。
しばらく時が流れる。




