18章 散りゆく花 10話
「そんなの……間違ってるわ。……誰だって争いたくない世界こそ、美しいはずなのに……何故貴方は……それ……を」
呼吸が出来なくなり、意識が朦朧とし始めるシャーディッヒ。
「無聊極まりない。とにかく貴方の役目もここまでです。どうか地獄に行って余生を過ごして下さい。では」
ユエルは最後まで卑下しながらそう言うと、シャーディッヒの部屋を後にした。
「バロック、ニイナ、アランバ……貴方、ごめんなさい。迷える子を救えなくて……ごめん……なさい」
シャーディッヒは最後まで、ユエルを説得し、是正させるために死力を尽くして言の葉を伝えたかったが、叶わなかった事を嘆き、悔恨する。
大粒の涙を流しながら、シャーディッヒは命が地獄に落ちる(ライフヘルドロップダウン)で天使界を去ってしまう。
シャーディッヒの最期には似つかわしくない、黒紫色の炎は、誰の目にも止まらなかった。
そして、ユエルは通路を嗜虐に満ちた笑みで歩きながら神座の間に着いた。
そこで、扉を開けた途端、焦心した面持ちになる。
「た、大変ですイエス様! シャーディッヒ様が私の目の前で自害いたしました!」
「な、なんだと!」
ユエルの言葉にイエスは驚愕する。
「ば、場所は何処だ⁉」
「シャーディッヒ様の自室です!」
互いに逼迫し合った表情で言葉を交わしながら、ユエルが先導し、イエスを案内した。
そして、シャーディッヒの自室に辿り着くと、そこには、ユエルが刺したナイフが床に落ちていた。
「……そんな……ばかな」
イエスは傷心した様子で両膝を床に付け、涙を流した。
「申し訳ありません。私が説得を試みようとする前に、シャーディッヒ様は「私はやはり耐えられない。貴方の束縛を解き放つにはこれしかない。どうか私の後を追って。地獄で愛し合いましょう」と言伝を頼まれると、躊躇なく自身を刺したのです」
ユエルは畏縮するようなおどおどした様子でイエスにそう言う。
「ううぅ、シャーディッヒよ……」
イエスは思うような言葉が出て来ず、嗚咽を漏らしながらシャーディッヒの名前を口にする事しか出来なかった。
しばらくして、イエスは立ち上がり、生気の抜けた表情でナイフを持ち、シャーディッヒの部屋を出ていく
「イエス様! どちらへ⁉」
ユエルはイエスを強く呼び止めようとする。
「お主に最後の仕事を頼みたい。皆にすまない、とだけ伝えてくれ」
心が無い人形みたいな表情で、イエスは覇気の無い言葉でそう言うと、神座の間に移動する。
イエスの寂寥とした背中を見て、ユエルは所構わず不敵に微笑む。
そして、イエスは神座の間に着くと、金庫に向かう。
黄金の棺のような形。
その金庫を自身が手放さず持っていた鍵を懐から取り出し、棺のような金庫を開ける。
そこには赤い液体が入った小さな小瓶と、コンパスのような物と、ファルシオンが置かれていた。
イエスはその三つを取り出し身に付けていく。
「待っていろシャーディッヒ。お前を一人にはしない」
決意を固めた表情でそう言うと、イエスは手にしていたナイフで、自身の心臓を突き刺した。
「――うっ!」
苦痛の表情で腰から崩れ落ちるように、両膝を床に付けるイエス。
「すまぬ、バロック、ニイナ、アランバ、そして愛する兵と民達よ。……私の身勝手な理由で天使界や現世は瓦解するかもしれない。……だが、どうか……生きてくれ」
痛みを堪えながら、敬愛する者達へ謝罪し、生きて欲しい、と願うイエス。
そして、イエスは息絶え、命が地獄に落ちる(ライフヘルドロップダウン)で黒紫色の炎に包まれる。
シャーディッヒと同様、イエスもまた、誰の目にも止まらず、地獄に落ちていったのだ。
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18章「散りゆく花」はここで終わります。
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