18章 散りゆく花 5話
その日の夜。
イエスとシャーディッヒは寝室で今回の騒動に付いて話し合っていた。
二人はベットで横になりながら他愛のない雑談からしていた。
そこで、本題に入ったイエス。
「ありがとう。シャーディッヒ。あの品は今までにないくらい衝撃があり、また愛と情熱が込められていた。本当に嬉しく思うぞ」
「いいのよ。あの剣は私が貴方と剣術をする口実でしかないもの。私の愛がいっぱい詰まった剣で稽古するなんてロマンチックじゃない?」
幸福で満たされたような笑みでシャーディッヒはベットの横に居るイエスに顔を向ける。
「そうだな。シャーディッヒの目論見は神すら思いつかぬ太陽の啓示と言っても差し支えない。愛しているぞ。我が妻よ」
「……ええ。私もよ」
二人は首を横にして、恋焦がれる思いで見つめ合う。
愛は強欲なものだが、何であれ、今この二人の仲を劈く者は一人も居ない。
二人はその場で唇を重ね合わせる。
熟年夫婦だが、この二人の距離感は、いつまで経っても繊細であり情熱的で微笑ましいものだった。
二分経ち、ようやく離れた唇。
「時にシャーディッヒよ。何か悩み事はないか?」
「……それは……」
イエスはこれまでのシャーディッヒの経緯に疑問を持っていた。何か悩んでいるのではないか、と。その質問に思わず間を置き、何かを言うのを躊躇う様子になるシャーディッヒ。
そこで、シャーディッヒはようやく覚悟を決め、イエスに打ち明ける決意をする。
「実はね。私不安なの。貴方が神の責務に辟易としているんじゃないかって」
切ない瞳で悲し気に喋るシャーディッヒにイエスは言葉が出て来ず、深刻な面持ちで黙ってしまう。
図星なのか? またはシャーディッヒにそこまで心配を掛けてしまった罪悪感からか。
十秒程経ち、イエスが口を開く。
「……シャーディッヒよ。私は今の責務を誇りに思っている。天使界の民や現世の人間達が安寧と繁栄に満ちた世界を維持できる権能を持つ私だからこそ、その責務としての責任がある。今私がこの場で全てを投棄してしまえば、少なくとも現世は暗雲に覆われ、地獄に落ちる者が後を絶たないだろう。それ程、人の感情の根幹は野心と闇に蝕まれている。誰かが管理しなければ幽界の地そのものが彷徨える魂で、犇めくだろう」
尊い表情で、何かを訴えかけるようなイエスの目に動揺するシャーディッヒ。
今の言葉で遠回しに、「仕方なくやっている」と言う風に聞こえてしまった。
そう解釈しても仕方ないくらい、イエスの言葉にはその意図が込められていた。
「ねえ、貴方、私と一緒に……地獄に落ちない」
「――な、何を言っておる⁉」
切ない表情を見せて精一杯言の葉に懇願を込めたシャーディッヒに驚愕するイエス。
イエスは思わず上体を起こす。
「私は本気よ。今の貴方が抜け出せる方法はこれしかないわ。お願い貴方、自分の人生を見つめ直して」
「ならん。それはならんぞシャーディッヒ。残したバロック達はどうする? 激洗を扱える私の責務はどうする? 私があの方に名と生者の血や激洗の秘密を教えて下さった責任はどうする? 既に私は天命を受け逃れられぬ定めなのだ。……分かってくれシャーディッヒ。お前が隣に居るからこそ、私は今も尚、こうして存続できるのだ」
シャーディッヒの儚い言葉は、イエスに拒絶された。
「そんなの誰かに任せればいいじゃない!」
シャーディッヒは苛立ち、思わず上体を起こしイエスに怒鳴りつける。
「ならん! マキナを統べる者は未だ私だけだ。頼む、分かってくれ」
イエスもまたシャーディッヒを一喝すると、最後には儚い瞳で哀願する。
イエスはシャーディッヒに事態を重く受け止めてもらうため、包み隠さず吐露した。
シャーディッヒは言葉が出て来ず、枕に顔を埋め、嗚咽を漏らす事しか出来なかった。
「……シャーディッヒよ」
イエスはその様子を悲観する事ぐらいしか出来なかった。




