2章 生者の血を求めて 9話
「あれでもない。これでもない」とアランバは口にしながら飾られている剣を手にしては、放り投げるなど繰り返していく。
「そもそもここであんたは何をしているんだ?」
ただ待っているのも暇だったジェイルは世間話でもしよう、と思いアランバに何気なく聞いてみた。アランバは、後ろを向きながら説明をしようと口を開く。
ここはアランバの工房で、あの大きな土鍋の灰色の液体は地獄でしか取れない毒草やワニの鱗、木の樹液などで作られた錬金水という物らしい。
毒草と言って死者には無害らしく、その毒草とワニの鱗を磨り潰し、木の樹液と混ぜ合わせる事により完成する。
それを武器や道具の形の鋳型に入れ、一晩寝かせる事により武器や道具などを生成できると言う。
ただし、鋳型を精密に作る必要があるらしく、その技術が生成の肝となるらしい。
鋳型を作るための材料と道具、一式が錬金水の後ろの広いスペースに置かれていた。
横にある暖炉の中をよく見てみると、薪や石炭が燃えてるのではなく、鉄窯の中で溶鉱炉が赤く熱を発している。
とは言っても、ここは正式にアランバの施設と言う訳ではない。そもそもリンダルトで正式に決められた施設などは良くて牢獄や酒場ぐらいで、後はこの地獄の総督の根城の要塞だけらしい。
ちなみに、アランバの白衣が血まみれな理由は、製作に勤しんでいる間に、ゴロツキ達の襲撃に遭い、その度に戦いになり服が血まみれになったり、ワニの鱗を手に入れる際に自分の片腕を犠牲にし、噛んでいる最中、無防備になる頭部を剣で刺すなどして、ワニを仕留めると言う。
ゴロツキとの戦いやワニとの死闘後に着替えるのも面倒なので、ボロボロになろうが、血まみれになろうが衣服をそのままにしていると言う。
「ああ、これだ、これだ」
話している内に、アランバは目的の物を見つけ出しそれを手にし、ジェイルの所に向かってくる。
探している間に、今まで放り投げていた剣が辺りに散乱していた。
「ほら、こいつを持っていけ」
「これは?」
アランバが持ってきたのは薄い茶色いコートと剣だった。茶色いコートには刃物などが刺さらない防刃コート。そして剣は妖魔の剣と言い、妖魔の剣は特製で、その剣で斬られた者には通常の十倍の快楽を与え、その気持ちよさの余り身動きを取れなくさせる事が出来るらしい。
更には、先程アランバが使った極臭スプレーを二本もらい、防刃コートに袖を通し、腰に妖魔の剣を備え、極臭スプレーを防振コートのポケットに入れ、準備を終えたジェイル。
「なあ、ここまでしてもらって図々しいのは百も承知だが、総督の居場所を教えてもらえないか?」
色々良くしてもらって後ろめたい気持ちのジェイルだったが、つい総督の居場所に付いて聞いてみた。
「あいつはよく酒場にいる。店員にでも聞いてみたらどうだ。わしが言えるのは本当にここまでだ」
「そうか。色々ありがとな」
ジェイルは感謝の言葉をアランバは無表情で黙って聞いていた。
少し不愛想で粗忽な一面もあるが、世話好きな優しい人柄だったアランバ。
アランバのような人格者でも、地獄に居る。
その訳をこの時のジェイルは聞く気にはなれなかった。
聞いてしまえば、またヨシュアの時と同じ展開になるかもしれない、と危惧していたジェイル。
これ以上、人に絶望するのも、これから先、ジェイルが怨敵となる対象を抹消しようとする事に対し、自分に罪悪感を抱いてしまいそうになったからだ。
外に出て、アランバの家のドアにそんな気鬱な視線を送るジェイルだった。




