17章 かつての天使界 6話
その日の夜、ある個室で密会が行われていた。
「スザク様。例の件ですが、貴方様の中で結論は出ましたか?」
プレートアーマーを着ていた一般兵が含みのある言い方をする。
その一般兵はヘルメットだけを脱いでいた。
その男の正体はユエル。
ユエルとスザクは時折会っていた。
「ああ。やはりこのまま天使界が奴らの手中に収まっているなど納得がいかん。激洗をただの悪を御するためにしか行使せず、剰え信仰授受とゆう意味もない儀式に明け暮れるなど理解出来ん。おまけに食事は兵士全員もあのような偏屈な食事ばかり。気が滅入って仕方が無いわ」
スザクは鬱憤が溜まっていた。
ユエルやスザクのように邪な心を持った人物は天使界では稀有だった。
そもそも、天使界に生まれるものは穏健で健全な思想の持主しか居ないはずだったのだが、やはりそれでもイレギュラーな存在は居るものなのだ。
「まあ、私やスザク様のように謀反を企てる者など稀ですが、確かに、イエスが激洗を有効活用していないのは事実です。私や貴方様のように心に灰色の想念を持つ者にこそ相応しい。激洗は本来、他者のためでなく、己自身のために行使する事こそが、価値を発揮できると言うもの。結局の所、洗脳など言う響は、蛮行あっての由来ですからね」
ユエルは物事の本質を知ったような口ぶりで淡々と口にする。
「お前の言う通りだ。イエスはあまりにも愚直すぎる。あれが奴の本質だと思うと吐き気がする。悪念の一つでもあった方が可愛げがあると言うのに」
ユエルは次々に不満を述べる。
「ならば私から現状を瓦解するプランを用意しましょう」
不敵な笑みになるユエル。
スザクは不貞腐れた表情のままユエルに顔を向けると軽く頷く。
「まあプランと言ってもシンプルなものです。……シャーディッヒを殺せばいいんですよ」
ユエルの悪略非道な全貌の言葉に目を大きく開くスザク。
「――何を言っている。激洗を扱えるのはイエスだぞ。シャーディッヒはイエスのお目付け役にもならん付き人のようなものだ。そんな奴を殺してどうする?」
「仰る通り。ですが直接イエスをどうこう出来るものではありません。あれでも手練れですからね。シャーディッヒは最近になり剣術を学んだばかり、やりようはいくらでもある」
歪な瞳で清々しく語るユエル。
「それは分かっている。私が言いたいのは何故シャーディッヒを殺すかと言う事だ」
ユエルは腑に落ちない表情で聞いていた。
「簡単な話です。愛する伴侶が消えてしまえばその後を追うのが懸想の定め。つまりシャーディッヒを殺し、地獄に送れば、イエスは至極当然ながらその後を追うでしょう」
歪んだ笑みでのうのうと語るユエルにスザクは顎を摩りながら脳内でその図をシュミレーションする。
「確かに筋は通っているな。だがその後はどうする? 仮に神を葬ったとしても、その後はどうやって激洗の権能を手に入れつもりだ?」
「ブルンデです。あの鯨の体内である心臓にその秘密がありました。イエスが厳重に立ち入りを禁止していましたが、私が警備していた時に隠密に調べてきました。お聞きになりますか?」
スザクの疑問に、清々しく答えるユエル。
ユエルは禁制の鯨であるブルンデの体内に入り、まだ心臓に傷つけられていない、生者の血と、神の権能に付いて知ったのだった。
「――何だと! あの神聖の鯨にそんな秘密が⁉ いや、いい。私自身の目で直接確かめるとしよう」
一驚するユエル。
後にスザクが、他の人間に知られないように、とブルンデの心臓を、剣でズタズタに切り裂くのだった。
ユエルもユエルだが、スザクもまた極悪非道な人間だった。
「それからスザク様。神の権能は我々で共同しましょう。一人で世界を管轄するよりも二人の方が順風に事が進みます」
「……良かろう」
ユエルの提案をじっくり考えたスザクは、承諾した。
だが、この時点で二人の間には亀裂があった。
どちらも、本物の神の座を譲る気は毛ほども無かったのだから。
「それで、シャーディッヒの暗殺はいつ決行する? そもそも殺す段取りはどうするつもりだ?」
訝しい目をユエルに向けるスザク。
「段取りと呼べない程、簡単なものですよ……」
ユエルはそのプランを説明する。
「――お前はそこまであの女の精神状態を考慮していたのか?」
説明を聞き終えたスザクは困惑気味だった。
「ええ。愛と言うのは貪欲で利己的なものです。つまりこの二段構えがシャーディッヒを殺す糸口」
骨の髄まで愛を知り尽くしたかのような揚々(ようよう)と話すユエル。
この二人のシャーディッヒ抹殺の計画とは、一体……。




