17章 かつての天使界 5話
「落ち着けお前達。そんな些細な事でもめてどうする。神とシャーディッヒ様の前だぞ。少しはお二方から品性を学べ」
バロックが仲裁するため、顰め面でニイナとアランバの間に割って入る。
「駄目よ二人共。夫婦なんだから仲良くしないと。こんな風に」
すると、シャーディッヒは女神のような笑みを浮かべながら、アランバとニイナを宥めると、ふいにイエスの頬に軽く口づけをした。
イエスはそんなシャーディッヒの頭を慈しむように撫でる。
そこで、ニイナは死のレクイエムでも奏でそうな不敵な笑みになりながら、アランバに向け自分の唇をツンツンと触れる。
完全に、自分にも口づけをしろ、と言う合図。
アランバは身の毛もよだつぐらい恐怖で引きつった表情で身震いする。
それを黙認したニイナは沸々と怒りが込み上がってくる。
「その辺にしておけ。それより食堂に向かおう。この後も午後から信仰授受がある。時間が惜しい」
ニイナがブチ切れる事を見越したバロックは再びアランバとニイナの中に割って入る。
「ハハハッ。では行くとしよう」
イエスが先導し歩いて行くと、そのイエスの二の腕を自分の腕に巻き付けながら歩いて行くシャーディッヒ。
二人は仲睦まじかった。ニイナも真似ようと思ったが、危険を察知していたアランバはそそくさと走っていき、先に食堂の中に入っていった。
ニイナは不機嫌になり舌打ちをする。
そして、豪華な長いテーブルが置かれている食堂の中に入ったイエス達。
周囲には、幹部や隊長が一人ずつ、五人の一般兵の兵士達が取り囲んでいる。
各々自由に椅子に座っていく。
既に料理は並べられていたが、何故か置かれていた料理はバターロールと透明なグラスに入った水のみだった。
「まったく。いつもの事ながら質素すぎないかい? たまには豪勢な賄いがあっても良いだろうに」
ニイナが仏頂面でバターロールを口にしながら語る。
「そう言うでない。我々が上役だからと言って豪勢な食事をしていては、民達に示しがつかない。民達と寄り添い、我々を寄る辺としてもらうには、彼らと同じ位の観点や感取に立つ事が重要なのだ。その方が親しみやすいと言うもの」
イエスがナイフとフォークをマナー良く使いながら、爽快に口にする。
正に後光を放つほど悟りを開いた境地のような佇まい。
「ふん。民衆だってバターロールだけで食事なんてしやしないよ。肉や魚だって当たり前のように食卓に出るってのに」
不機嫌になりながら喋るニイナ。
「お前さんは相変わらず欲張りだな。少しはシャーディッヒ様を見習ったらどうだ?」
バロックがやれやれ、と言った感じで、ニイナにそう促す。
そこでシャーディッヒに目をやる一同だったが……。
バクバクッ! ムシャムシャ!
シャーディッヒはマナーなど気にせず、食べ盛りの子供みたいにバターロールを素手で掴み、口にしていく。
口元や歯に付いている食べかす。
高貴な身分とは思えない程の攻撃的な勢いで食べ続けていき、いつの間にかホールの上に置かれていた二十個のバターロールが無くなっていた。
「誰が誰の何を見習えって?」
ニイナが眉を顰めながらバロックに聞いてきた。
「……少しはと言ったろ」
若干焦るバロック。
「相変わらず良い食べっぷりですな。シャーディッヒ様が居ると、バターロールが贅沢な食事に思えますぞ」
アランバはにんまりと笑いながら好奇心に駆られるぐらいの様相で嬉しそうだった。
「うむ。これこそ食事が嬉々すると言うもの。シャーディッヒよ愛しておるぞ」
「ウフッ。私もよ」
ガーウェンをご満悦の表情でニイナに愛の言葉を口にすると、シャーディッヒもその想いに応える。バターロールはしっかりと両手に二個づつ鷲掴みにしながら。
そんなシュールな食事を満喫? した一同は解散する。
しかし、そんな食堂で一人の幹部と一般兵の兵士が平和とも思える日常を歪曲にしようとする事など、この時のイエス達は夢にも思わなかった。




