12章 危険な存在 7話
ジェイルはティラレンから漂う甘い色香と、頬から伝わる心地よい熱と色気に、意識がくらくらしそうになる。
「初めてよジェイル。貴方みたいな情熱的で愚直な人間は。それに免じて今回は私の負けで良いわ」
色っぽい声をジェイルの耳元で囁くティラレン。
ジェイルは思わず赤面してしまう。やはり心のどこかでティラレンを……。
更にティラレンの蠱惑的な声量は途切れない。
「でも、これだけは覚えておいて、私の矜持は確かに歪んでいるけど、その灯りは明滅とはしてないわ。いずれ必ず、貴方の心を物にし、灰にして見せる。私をたらしめ、子供扱いした罪は重いわよ」
そう言い終えると、ジェイルの頬に軽くキスをして、渡そうとしていた一本の双剣を受け取る。
悪魔的に魅了させるティラレンの一連の動作に、ジェイルは身動き一つ取れず、口をポカンと開き、呆気に取られていた。
そして、ティラレンは影も残さず去って行く。
ティラレンが完全に居なくなっても、ジェイルは心ここにあらずのような様子で変わらないままだった。
そこで、ふと翼を羽ばたかせる音がジェイルに近付いてくる。
ドカッ
「うわっ!」
何と、コックルがジェイルの後頭部目掛け突っ込んできた。
後頭部から伝わる強烈な快楽に思わず驚くジェイル。
「ジェイル、ショウライヒモ! ジェイル、アンポンタン!」
コックルの間の抜けた声で、我に返ったジェイルは、パーラインとヨシュアの事が脳裏を過り、急いで二人の元に走り出す。
まだ目覚める様子もないが、既に額の銃痕の後は消えていたため、もう少しで蘇る兆しが伺えた。
どうやらティラレンとの戦闘の最中にはブラックライフオブフォッグが損傷箇所を治癒していたようだ。
それにしても、死者に対してはブラックライフオブフォッグが発動されても、生者の状態での傷はどう言う原理で治癒されるのか、その疑問が脳裏を過るジェイル。
だが、そんな事を気にしている余裕は無い、ティラレンが殺した男がすぐ近くに居る。ヨシュア達より先に死んだその男が先に蘇る事は目に見えているため、ジェイルは急いで、石積みの家の中に、ヨシュアとパーラインの遺体を運んだ。
その理由は、あの酔っぱらった男が遺体であるパーラインに、どんな卑劣な乱暴をしてくるか、と言う懸念があったのと、他の下劣な人間たちが闊歩する中に置いておくのは危険だ、と判断したからだ。
すると、閉めたドア越しから、酔っぱらっていた男の唸り声がしてきた。
ジェイルはドアに耳を当て、酔っぱらいの男がどう言う行動をしようとするのか、聞き耳を立てる。
「うっ、クソ。一体何で俺は殺されたんだ? まさかあのかわい子ちゃんにか? まさかな」
酔っていた男は自分がなぜ殺されたのか、まるで理解していなかった。
視点が定まらないような朧げな瞳で、落ちていた酒瓶を手にしながら、フラフラとした足取りで去って行く。
酔っぱらいの男の足音が聞こえなくなった事を確認したジェイルは安堵の息を吐く。
「う、う~ん」
すると、側で遺体となっていたヨシュアとパーラインが唸り声を上げながら蘇生していた。
「ここは?」
先に起きたヨシュアが動揺しながら辺りを見回す。
「落ち着け。もうあの女は居ない。ここはさっき戦っていた時、すぐ近くにあった家の中だ」
冷静に状況を説明するジェイル。
「そうだったのか」
納得したヨシュアはホッとした表情になる。
「あんたがあの気狂い女を追っ払ったて言うの⁉」
パーラインはジェイルの説明する時には既に起きていたらしく、信じられないと言う様子で、ジェイルに疑念の目を向ける。
「まあ、概要は省くが、そんな所だ」
ジェイルは胸の内で、お前も負けず劣らずの野蛮な奴だよ、と思いながら、ジト目で説明する。
「ふーん。まあ、お礼だけは言っておくわ。……ありがとう」
もどもどしながら、照れくさそうな仕草ではあったが、何と、初めてパーラインがジェイルに感謝の言葉を口にした。
パーラインの予期せぬ言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような呆けた表情になるジェイル。
「何よその顔は? 私だってお礼ぐらい言うわよ。それとも何、私はパンデモニウムから再来したデンジャラスな外来種だからお礼の言葉も言わないと思ったわけ⁉」
ジェイルの表情から、お礼も言わない非常識な女、と思われたパーラインは半ギレになりながら、ジェイルの身に迫る。
理にかなった表現に思わず納得しそうになるジェイル。
「まあ、まあ、落ち着いてくれよパーライン。ジェイルからして見れば初めて君にお礼を言われたから慣れていないだけだよ」
ヨシュアはパーラインの近くに寄ると、宥めるように落ち着かせる。
しかし、よく考えてみたら、ヨシュアとパーラインから離れて、三百年の月日が経っている事に気付いたジェイル。
それだけの月日が経てば人は死者となっていても変わるのではないか? と脳裏を過る。




