11章 生者の血 6話
「俺が当時、渡したあの丸い石にこんな仕掛けをしていたのか?」
「それに関しては老いぼれの気まぐれな芸術だとでも思ってくれ」
笑みを浮かばせながら陽気に話すバロック。
どうやら、当時ジェイルが手渡した丸い石に愛着を感じたバロックは、その丸い石を仕掛けのボタン代わりのキーアイテムにしよう、と銅像に細工を施していた。
あの出会いがなかったら、生者の血を入手する事は出来なかったのかもしれない。
過去の記憶が鮮明に脳裏で過るジィエル。
「分かったよ。ありがとな」
ジェイルは邪神の剣を手に入れられた事に安堵し、その表情は穏やかなものだった。
そして、防刃コートを開いて中の腰に邪神の剣を備えようとするが、その手際は少々雑で、危うく自分を傷つける所だった。
それを見たバロックは自分の目を疑うようなギョっとした表情になる。
まるで子供が初めてナイフを手にし、好奇心でその刃を自分に突き刺そうとしているような気持。
「そう雑に扱うな! それは既に邪神の剣。うかつに傷つければ、自分自身すらも抹消される対象になるんだぞ!」
声を上げるバロックにジェイルは、ビクッ、と驚き思わず硬直してしまう。
そして、心臓の鼓動を高鳴らせ、嫌な冷や汗をかきながら慎重に丁寧に、邪神の剣を腰に備える。
準備を整えたジェイルは両手を広げ、無事に済んだことを事をバロックに向けアピールする。
バロックは呆れ、深いため息を吐く。
「やれやれ、これでようやく惹起になるような物騒な物を処分できた」
首を回しホッとした様子のバロック。
「急にどうしたんだ?」
バロックの言葉の意味が理解できず首を傾げるジェイル。
そして、ふと深刻な面持ちになるバロック。
「少し迂遠の説明になるが、三百年以上も前の話だ。私はリンダルトで元神と再会した時に生者の血を拝受された」
「なんだって」
ジェイルは驚き動揺する。
「拝受された理由は、『来るべき時に備え、信頼できる者に渡したい』と元神はそう口にしていた。恐らく元神はシャーディッヒ様の殺害に関して何か手掛かりを掴んだのだろう」
「それで?」
いまいち話の意図が理解できないジェイルは首を傾げる。
「考えても見ろ。元神は既に生者の血を手にしているのに蘇らず重宝している。天使界で生を受けた者と言っても、幽界の地で生きると言う事は死人と変わらん」
浮かない表情で語るバロックの説明にジェイルはある推測が脳裏を過る。
「もしかして、邪神の血に転換して、最愛の妻を殺した奴への復讐のために大事に持っているのか?」
何かを閃いたような表情になるジェイル。
「そうだ。そして元神はこうも言われた『シャーディッヒを殺した者は一人ではない』と、そして『一人で復讐を果たすのは困難を極める、だから協力者を見つけ出すまでベルマンテで隠匿してくれ』とな」
元神は多勢に無勢では分が悪いと判断し、確実に復讐を果たせるための機会、つまり仲間を集めるまで生者の血を安全な場所に保管しておきたかったのだろう。
「でも殺害に加担してくれる奴なんてそうはいないぞ。ましてや抹消させる事が前提となると、赤の他人を殺したい程憎める奴なんてそうはいないはずだ」
疑問を持ったような表情になるジェイル。
「道理ではあるな。だがお前さんのような好事家もいるのだから、例外がいないとは言い切れんぞ」
「……俺は別に、好きでやってるわけじゃ……」
淡々(たんたん)と話すバロックの言葉に辛そうな面持ちになるジェイルはその場で俯く。
既に死んでいる身の他者を殺すなどと言うのは奇天烈な発想なのかもしれない。それを客観的に見た第三者に物好きな奴、と思われるのは、いたしかない事なのだろう。
「アハハ、冗談だ。とにかくベルマンテに生者の血があると、それを手中に収めようとする邪悪な輩に、私の第二の故郷を跋扈されては敵わんからな。元神のためとはいえ、ベルマンテが窮地に追いやられると思うと、不安で仕方が無かった。だからカモフラージュとして生者の血をその西洋の剣に事前に塗ったのだ。幸いなことに生者の血は器物に付ければ無色透明となる」
バロックの説明にジェイルは納得し首肯する。
しかし、どこか違和感を覚えるジェイル。
ふと視線をバロックから逸らし思案する。




