11章 生者の血 4話
「元神を懸想する最愛の妻が殺されたのだ。名はシャーディッヒ・マキナ」
バロックのその言葉を聞いたジィエルは驚愕する。
「殺された?……まさか邪神の血でか?」
動揺するジェイル。
「いや、殺されて地獄に落ちた。元神は全てを投げ捨てその後を追った。お前さんも既知しているはずだが、一度、地獄に落ちた者は地獄の住人になる。それは神とて例外ではない。その後、元神に追随していた私ともう一人の神官も天使聖界を去った。誰がシャーディッヒ様を殺めたのかも分からぬままな」
気鬱な表情で語るバロックに言葉が出てこないジェイル。
更にバロックは話を進める。
「天使界を離れ後から知った事だが、現世では悪逆非道な輩が増えたと言う。これは元神の堅実で行使していた激洗の効力が現世に行き届かなくなったためだ。人間の本質が悪だと言う事を彷彿とさせる結果だ。私の直観ではユエルがシャーディッヒ様の殺害に関与していると睨んでいる」
バロックは過去を思い詰めるような表情をする。
「ユエルの事を昔から知ってたのか?」
しかし、バロックの発言に違和感を持ったジェイルは、それを率直に聞いてみた。
「いや、ユエルの名と言動は天使界の兵士から聞いた。このベルマンテに避難する者の中には、そう言った元聖職者も居るんだ」
バロックの話を理解したジェイルは二度頷く。
「その兵士はこうも言っていた。『俺は見限られてユエルに殺された』とも」
「何だって⁉」
新たな真実に驚愕するジェイル。
「ユエルのマキナ殺しの陰謀に気付く者や、ユエルの思想に叛意する者は奴にとって殺害する執行対象なのだ」
物悲しく語るバロックにジェイルは遣る瀬無い思いになり、深いため息を吐く。
これから嫌でも対立する相手は紛れもない大罪人。
ジェイルはその場で認識を改めた。
「シャーディッヒ様の殺害の真相を解き明かしたかったのなら、私が自害し、地獄に落ちたのは誤りだったのかもしれんな。神官と言っても神を支え、人理のために祈りを捧げ続けるだけだが、元神を失った時点で十万年以上の聖職に食傷したと実感した、私は逃げ出したんだ。‥‥‥すまんな。こんな気鬱になるような話をしてしまって。先を進もう」
背中を向けゆっくりと歩き出すバロック。その背中からは哀愁漂う物を感じる。
バロックやもう一人の神官も元神がいたからこそ、その聖職に献身でいられたのだ。
二十万年近くもループするような生活は食傷しても仕方のない事かもしれない。
ジェイルは浮かない気持ちを少しでも晴らそう、と大きく深呼吸をする。
そして、バロックの後を付いていく。
「‥‥‥なあ、蒸し返す気はないんだけどよ、あんた達が逃げ出したことが正しいかは俺には分からないが、でもこれだけは言えるぜ。‥‥‥今まで、ご苦労さんってな。ずっと他人のために尽力してきたんだろ? なら胸を張って良いと思うぜ」
ジェイルは吐露したバロックの気持ちに少しでも答えよう、とジェイルなりに言葉を必死に選んだ。
その言葉は感謝の気持ちや同情の言葉でもなく、労いの言葉だった。
「ハハハハッ! まさか今になって慰労の言葉を聞かされるとはな。‥‥‥ジェイルよ、やはりお前さんは優しいな。」
哄笑するバロックはジェイルに振り向きながら笑みを浮かばせ胸の内を伝える。
バロックにとって、天使聖界を去り地獄に落ちたのは、唯一の過ちでもあり、元神とシャーディッヒを失なった悲しみは、何年経っても抜け出せない迷路の過去。
その思いを自ら錆びさせ封じてきたバロックの心の芯に触れる事が出来たジェイルの慰労の言葉。
白いカーテンからぼんやりと放たれる光が、気のせいか暖かく感じるジェイル。




