10章 明かされる真実と記憶 10話
無論、ジェイル自身、他者を消してまで生者の血が欲しいとは思っていない。
「……ああ、言いたい事は分かる。でも生者の血と邪神の血に使われる人間の数に違いがありすぎないか?」
不に落ちない部分に首を傾げるジェイル。
「どれだけ月日が過ぎようと人の命は生きているからこそ価値があり意味がある。光、つまり生は輝くからこそ、その分、命の対価を払うが、闇、死にはそれが殆ど無い」
淡々と話し続けるナヌアのその言葉にどこか悲しい気持ちを抱かすにはいられなかったジェイル。
更にナヌアは話しを進める。
「要は生と死の重みの違いにより、このような差異が生じる。これは自然の神でも変えようのない法則だ」
生者の血、生を与えるのには価値があるが、抹消させる邪神の血にはそこに注ぐだけの生贄は値しない。
残酷なよう聞こえるナヌアの話にジェイルは憂鬱になりそうだった。
「悪いが感傷に浸っている暇はない。次の話をしよう」
ジェイルには自然界に居る時間が限られているため、ナヌアは話を研ぎらせないようにするためジェイルの気持ちに配慮する余裕が無かった。
「……ああ」
ジェイルもそれを察し、少し気持ちを落ち着かせてから小声で返事をする。
「それでは続きといこう。マキナの姓を持つ君には神の力が宿っている」
「神の力? それがブルンデって鯨に刻まれている生者の血以外の秘密か?」
間の抜けた顔をするジェイル。
「ああ、現世から幽界の地にいるマキナの姓を持つ全てにだ。これは現世や幽界の地の人間が誕生した後、自然の神が神の力をマキナに分散した。自然界ではマキナと言う名に『神の従者』と言う意味があり、そこに力を宿した。そして1万人のマキナの信頼を得た天使界の者に本来の神の力、権能が宿る。言わば、天使界の神は自然の至上者が創造したと言ってもいい」
ジェイルは半信半疑だった。そもそも自分に神の力が宿っている事自体がおとぎ話のように思えたからだ。
「分散した神の力ってのは、それだけじゃ何の力も無いのか?」
「そうだ。だが信頼を得るといっても生半可な事ではない。君がいた
現世での選挙で支持を得るのとは訳が違う。本当に人の心を掴むと言うのは敢行に近い道のりなのだ」
真剣に語るオキディスの話にジェイルは渋い顔で頷く。
「神の権能ってのは?」
「神の権能と言うのは人の心を支配する激洗と言う洗脳だ。それを他者に下賜する事も出来る。だが今の天使界の神の激洗はまだ力が不十分、洗脳する効力も乏しいうえ天使界のみでしか扱えない。まだ一万人のマキナの心を掴めていないからだ」
それを聞いたジェイルの表情は険しくなる。信じられないを通り越して、滑稽な話だと思った。
しかし、ナヌアは全眼を使える事からして、虚言だと言って軽視する事も出来ないのも事実。
「話は分かったが、それで俺は一体何をすればいいんだ?」
「単刀直入に言おう。邪神の血でユエル・イーグレシルを抹消して欲しい」
真剣な面持ちで物騒な事を語ったナヌアにジェイルは飛び跳ねるように驚いた。
「ちょっと待てよ! どういう事だ⁉」
「動揺する君の気持ちは分かる。だが事は急を要する。先程マキナの信頼を得る事が条件と言ったが、もう一つ方法がある」
「何だよそれは?」
嫌な予感がしたジェイル。
ただならぬ空気がこの場を充満させる。
「それは、マキナの姓を持つ者を葬る事だ。マキナの命を手中に収めると言う悪辣で非道な手口でマキナ達の心をユエルは掌握し続けている。信頼を得ると言うのは支配の一環と言ってもいいだろう」
それを聞いたジェイルは唖然とした表情になる。それと同時に幼少期の自分に優しく微笑みかけてくれた父親の笑顔が脳裏を過る。
「じゃあ、俺の親父は⁉ あんたの全眼で幽界の地にいる親父を見たんだろ!」
ジェイルの父親は当然ながらマキナの姓。
ジェイルの脳裏は幽界の地にいる父親の安否しか思い浮かばなかった。
思わず立ち上がり険しい表情で怒鳴るジェイルに、何か言いにくそうな顔でナヌアはジェイルから少し目線を逸らす。
それを見たジェイルはもしや、と思いその表情は徐々に青ざめていく。
「君の父親、グラン・マキナはユエルに邪神の血で抹消されている。君以外の九千九百九十九人のマキナ、一人残らず……。もっと正確に言うならユエルが激洗を行使した少数の兵士達にだ。洗脳された者や神の権能を下賜された者の行為は神の身に反映される。つまり、ユエルは手を汚すことなく着実に神の座に向かっている」
ナヌアの言葉で全身が脱力したように椅子に腰を付けるジェイル。
脳裏で思い描く父親の笑顔が消失していくイメージにジェイルは絶望していた。
「どういう事だ? 地獄の人間を使って邪神の血を造血したってのか? 九千九百九十九人分も?」
自分の父親が抹消されてしまった事と計り知れない数の人間が消えてしまった事が合わさって脳裏では整理しきれず理解が追い付かないジェイル。
その目は虚空を見ているかのようだった。




