彷徨う
ヴェルダンは夜の森を闊歩している。彼の手には、連絡石が握られている。それは淡く光っていた。
連絡石を作る過程で、この石は連絡を取りたい人数分の魔力を蓄える。その原理を利用することで、相方がある程度近くにいれば、その居場所を探ることができるのだ。もちろん、本来の用途とは異なる。過信はできない。
ヴェルダンは気を張り巡らせて、エイルの魔力の残り香をたどっていく。連絡石に導かれるように、少年は夜の森を進んでいった。
……。
(背負った戦鎚が重い。あるいは、そう感じるだけかもしれない)
それは、ヴェルダンのために作られたもので、過剰な負担になることはないのだから。
(くそ……!)
確実に近づいている。しかし、それ以上の進展が見られなかった。
同じところを行ったり来たり……ぐるぐると同じ地帯を歩いているようだ。もうすこしというところで、エイルが落ちた穴が見つからない。
ヴェルダンは立ち止まった。
連絡石を懐にしまう。
少年は、その場に腰を落ち着けた。露で湿った草木で尻が濡れるが、彼は、いちいちそんなことを気にしない。
ヴェルダンは、父親の言葉を思い出していた。
「――いいか? ヴェルダン。思い通りにいかなくなったときは、一度、諦めるんだ。冷静になれ。退くことを忘れるな」
ヴェルダンは目をつむり、呼吸を整える。夜の闇で冷やされた新鮮な空気が、鼻腔を通り抜けて、彼の心身を満たしていく。
焦りで早鐘を打っていた心臓が、落ち着きを取り戻していく。
ヴェルダンは大きく息を吐き出して、自身の内に燻る不安を外に追い出した。
(……よし!)
肩を鳴らして体を整えると、少年は気合いを入れ直した。
ヴェルダンは慎重に周囲を観察する。
「……ん!」
なにかが聞こえた。
(……風だ! 風が吹いている! でも、おかしいな。木々は沈黙して、なにも語らないのに)
つまり、どこかに空気の通り道があるはずだ。
そして、ヴェルダンは新しい痕跡を見つけた。
踏み倒された草がある。
(これを作ったのは、小型の動物か、それに近い体躯の者――エイル、お前か?)
草の跡を追って、見当をつけていく。ヴェルダンは徐々に、徐々に目的地へ近づいていった。
「……見つけた!」
ヴェルダンの眼前に、確かに穴がある。大きな縦穴だ。
大穴のそばに寄ると、ぼんやりと光る連絡石をかざして、底の様子を探ってみた。
(……真っ暗だ)
底の見えぬ闇に、ヴェルダンは気圧される。近くに梯子がかけられている。それは、穴の底へと続いていた。
ヴェルダンには、それが、まるで巨大な怪物となった森が、餌を胃の中へと誘っているかのように思えた。
さすがにこの大穴を目の当たりにすると、侵入するのを躊躇ってしまった。
ヴェルダンは唾を飲み込む。
これは悪魔の巣窟か、それとも地獄への入り口か――。
ふと、ヴェルダンに悪寒が走った。
(エイルは、このままどこか遠くへと行ってしまうのではないか? 俺の親友は、このまま自分の手の届かないところへと、消えてしまうのではないか?)
(――いや、そんなはずがない! 別れの挨拶もなしだなんて、そんなの絶対に許さないからな!)
「エイル! 待っていろ! すぐに行くからな!!」
ヴェルダンの言葉が大穴の底に反響する。
返事はない。
ヴェルダンは覚悟を決めた。
梯子に足をかけると、慎重に、一段、一段、ゆっくりと降りていった。




