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Haphazard Fantasy ~エイルの不思議な冒険~  作者: 加藤大樹
第一章

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暗闇の底で

 真っ暗な、深い、怪物の口のような大きな穴の奥底で、少年が蠢いている。

 エイル・ノルデンだ。

 少年は無意識の内に受け身を取っていたおかげで、重傷はまぬがれていた。

 しかし、今はかろうじて意識を保っている状態だ。大怪我で身動きが取れない。痛みで体をまともに動かせないでいる。


 新品の狩猟槍は折れてしまい、弓も変な方向へねじ曲がっている。どちらも使い物にならなくなった。


 どうにかしないと……。


 エイルは歯を食いしばって、立ち上がろうとした。

「ぐ……う、ああ!」

 だが、すぐに転んでしまった。今の少年では、ひとりで立ち上がることすら困難だ。

 それでも、エイルは諦めない。

 情けない声を漏らしながら、壁に顔を押し付けて、やっとの思いで態勢を立て直す。

 生まれたばかりの小鹿のように震えながら、エイルは身体を壁に擦りつけるようにして、鈍い動きで、ひとりで立ち上がろうとしていた。


 少年は泣きそうな――いや、泣きながら、必死の形相で立ち上がった。


 父さん。母さん。僕はどうすれば……。

 助けて。こわいよ……。


 痛みでまともに動かせない腕では、零れ落ちる涙をぬぐうこともできない。

 ただ、鼻を啜り、子どもらしく泣くことしかできない。


 混乱と焦燥と恐怖が、エイルの脳をかき乱す。そんな状態の頭でも、少年は必死に理性をかき集めて、現状を打開する方法を探していた。


 なにか、なにかないの――。


 涙で顔を濡らしながら、痛む腕を無理に動かして、懐を探った。

 すると、少年の指先に、滑らかなガラスの肌が触れた。


 ……そうだ! これがあった!


 もしも、あなたが危険な目にあったら、とエイルを心配する母親が、いつも少年に持たせていた魔法薬。

 珍しい薬草をふんだんに使い、煮詰めて、特殊な気力を込めることで、ようやく完成する高度な薬品。

 母親の特製の治療薬がエイルの懐に存在した。


 痛みで震える指だと、上手く蓋を開けることができない。だが、ここで焦って中身をぶちまけてしまったら、おしまいだ。

 エイルは、もどかしさに顔を歪めて、いらつきながら、それでも慎重に小瓶を開けた。

 口元に小瓶を運ぶと、エイルは中身を一気に口に含んだ。


 ――!?


 苦すぎる! 吐きそうだ!

 しかし、この苦さは気付けの効能も兼ねているらしい。母親が以前、言っていた。ここは我慢をして、ぐっとそれを飲み干した。


 すると、すぐに効果があらわれた。


 体の奥がかっと熱くなったかと思うと、全身の痛みがみるみるうちに引いていく。

 あっという間に、エイルは体を動かせるようになった。

「……助かった。ありがとう、母さん」


 自身の無事を確信したエイルは気が抜けてしまった。脱力すると、その場にへたり込んでしまう。

 少年は座ったまま、ぼんやりと穴の口を見上げた。


 ……すっかり夜になってしまった。


 今夜は、月が昇っているに違いない。この穴からは見えないが、夜の闇が世界を支配しているにしては、明るすぎる。

 エイルは穴の深さを考えると、ため息をついた。

 深いな……。

 ここから這い上がるには絶望的な深さだ。本当に、よくここから落ちて、助かったな。

 あの時、無意識に受け身を取っていなければ、今頃、自分は死んでいただろう。

 父親に、普段から身のこなしを教えられてきたおかげだ。

 エイルは父親に深く感謝をした。


「……あれ?」

 エイルは、ふと、声を漏らした。

 月明かりに照らされて、目が慣れてきたのだろう。

 少年は、小さな違和感を目ざとく発見した。


 ……穴の壁に、なにかが見える……。

 そこには、よく見ると、掴めそうなでっぱりがあるではないか。

 これは、まさか。

 期待で、エイルの心臓が早鐘を打った。

 上へ、上へと、でっぱりの行方を目で追っていくと……。

 ……驚いた!

 これは、手すりだ! 目の前に手すりがある! これは穴の口まで続いている!

 つまり、外に出られる!

 この怪物の口のような大穴は、落ちたら二度と出られない奈落では決してなかった。ただの出入り口である。ちょっぴり危険な、ただの縦穴だ。

 エイルは、そう確信した。


「……はは。なんだ、あはは!」

 急にばかばかしくなって、思わずエイルは自分自身に呆れて、笑ってしまった。

 勝手に絶望して、子どもみたいに泣き喚いて。

 僕は、馬鹿だ。

 自分はもう大人なんだから、こんなことで、いちいち動揺なんかしていられない!


 強気になったエイルは、まだ頬を伝っている涙を強くぬぐうと、もう二度と溢れ出ないように、ぎゅっと目を瞑って、残りの涙を絞り出した。

 深呼吸をして心を落ち着けると、少年は頬を叩いて気合いを入れた。

「よし! 帰ろう!」

 エイルは手すりに手をかけた。

 そして、一歩、登った。

 そのまま、エイルは、外へと……。


 ――待て。なにかがおかしい。


 嫌な、予感がする……。

 エイルの体を悪寒が駆け巡る。少年の体は得体の知れない悪寒で硬直した。

 寒気がする。理由のわからない恐怖で背筋が凍る。

 そうだ、自分はなにかに気づいてしまった。

 ゆっくりと、錆びた金属のように回らない首を無理に捻じ曲げて、エイルは背後を見た。

 そこには……。


 扉が、ひとつあった。


 落ちたときには全く気付かなかった。

 それは、なんの変哲もない木製で、簡素な作りの扉だ。

 しかし、少年は気が付いてしまった。

 一度、気付いたら、もう思考は止まらない。


 下を見る。粗末だが、床として整えられている。

 壁を見る。粗末だが、壁として整えられている。

 なにかもが簡素で、粗末だが……。

 人工的だ。


 ……ここは、なんだ?

 ……この大穴は、なんのために存在する?


 口の中が乾いて、舌が張り付く。心臓が、どくどくと脈打ち、暴れ放題で、うるさい。


 ――お前はもう立派な大人だ。


 父親の声が聞こえた気がした。


 そうだ。僕は、もう大人だ。

 エイルは湧き上がる恐怖を押し殺して、必死に自分に言い聞かせる。

 僕は、大人だ。


 エイルが手すりから手を放した。そして、地面に降り立った。

 少年が扉に向かい立つ。

 少年は気力を集めた。

 橙色に輝くその光は、自然界における太陽を内包している。

 これで明かりに困らない。


 今の少年に、勇気と無謀の区別はつかない。


 未熟なエイルは、泣きじゃくって両親に助けを求めていた小さな子どもが、自分の姿であることを認めることができない。

 だが、時として、人は身を引くことができない状況に直面することがある。

 子どもが大人のふりをせざるを得ない時が来ることもある。

 そのとき、彼らが持ち合わせるものは、勇気と呼んでもいいのかもしれない。

 たとえ、結末で、悪魔が微笑んでいたとしても。


 ……がんばれ、エイル。


 ……大丈夫。

 ……大丈夫。

 ……大丈夫。


 ……お前は、もう、立派な大人だ。


 エイルが必死に自分に言い聞かせる。


 ……僕が、ここの秘密を暴こう。

 ……危険があれば、僕が退けよう。

 ……父さんを呼ぶのは、この目でなにがあるのかを確かめてからで、きっと大丈夫だ。


 ……そう、皆の安心と安全を守るのが、大人の役目だ。

 ……この場に、父さんが来る必要はないんだ。少なくとも、今は。


 そして、少年は決意した。


 ここを探索しよう。


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― 新着の感想 ―
エイルは何かを見つけてしまったようじゃな、これがどうなるかのう?エイルの分岐点じゃろうか、続きが気になるのじゃ!
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