婚約解消は貴方に一任します
「リリス!リリス!リリス!」
サターナの声だ。
うるさい。
彼は私の婚約者、薬物中毒かと疑われる程の愛を私に注いでいる。
「……聞こえているよ。耳元でそんなに叫ばないで」
「ごめんね。1週間ぶりに会えたから、胸の内から溢れる想いが、爆発してしまって……」
「1週間ぐらい会えなくても死なないわ」
「死ななくても、生きてる実感がわかないよ!」
「……貴方ってば、まだ7歳よね?」
「そうだけど」
愛の重さが年齢に見合ってない。
所詮、親の決めたこと。私とサターナの家は、古くから親交があり、何度も血が混じっている。
難しいことはよく分からないが、多分、政略結婚に熱をあげる子供はなかなか居ないと思う。
凄いなぁ、サターナ。
「君に捧げる極上の逸品を用意したんだ。受け取ってくれるかい?」
「ありがとう、手土産にお菓子を持ってきてくれたのね。一緒に食べましょう」
サターナが持ってきたのはマシュマロ。
フワフワ甘々、お口の中幸せいっぱいな一品だ。
我が家にあるビスケットで挟んで食べよう。
ふふ。
近くにいる使用人に取りに行かせる。
「そうだ、本で読んだんだけど、マシュマロはあぶると、さらに美味しくなるんだ!」
「……っ!」
「そこに暖炉もあるし早速やってみよう!」
マシュマロがさらに美味しく!
そういうことなら直ぐにやろうと、コクコク頷く。
「あれ?火がついてないね」
サターナが暖炉に顔を近づける。
今日のサターナの服は、袖がフワフワのシャツ。
もし火が残っていれば、燃え移るかもしれない。
「ねえ、念の為、離れた方がいいわ。もし火種が残っていれば危ないわ。ただでさえ、今日のサターナの服はふわふわ柔らかな生地で、燃えやすい……も、の」
突然サターナは飛び上がる。彼の海のような瞳は、今にも雫が零れてしまいそうだ。
「―――ごっめん、も、ぉおそい!」
サターナが燃えている。
口にすれば簡単な文章。
それを理解するのに、私は何秒かかってしまったのだろうか。
ようやく、頭が働くようになっても、冷静さなんて欠片も残されていなかった。
―――助けなければ。
その一心で、吸い寄せられるようにサターナに近づこうとする。
燃え続ける彼は熱そうで、苦しそうで、一刻も早く救いたかった。でも、サターナは私を睨んだ。
言葉とも悲鳴とも言える声で、私に言った。
―――あっちいけ。
私は今すぐにでも土下座したくなった。
私ができることなんて1つもない。早く、早く、大人を呼ばなければ。
すぐさま、サターナを背にして駆け出した。
彼が苦しさのあまり、地面に転がる音がする。
ああ、早く早く誰か。
ビスケットを盛った皿を丁寧に運ぶ使用人を見つけた。持っている皿も気にせず、その胸に飛び込む。
「―――っ、たすけて!サターナが、もえてる!死んじゃうっ」
使用人は絶叫する私を置いて走り出した。
私は他の大人にも助けを求めるために再び走り出す。
「―――サターナが燃えてる」
「死んじゃう」
「早く、早く、たすけて!」
何度も何度も繰り返し、人気のあるところに向かって走った。私にできることなんて、大人を呼ぶことくらいだから。
恐らく、私の言葉は、屋敷中に伝わった。
サターナ助かっているかどうかは分からない。
見に行くことが、怖いとすら感じている。
それでも、何かに突き動かされて、私は部屋に戻った。
大人がいっぱい居る。
たった一つの部屋に。
いつもは別々の所で働いているのに、変な感じ。
こんなどうでもいいことを考えてしまうのも、現実逃避の一種なのだろうか。
「リリスお嬢様!」
一人の使用人が私を抱きしめる。サターナには背を向けて。
私にサターナを見せないためだ。
それに気づいた瞬間、サターナは死んだのだと思った。呆然とする私に使用人が言葉を紡いだ。
「サターナ坊っちゃまは生きておられます。リリスお嬢様のおかげです。すぐさま私達に知らせてくれたおかげです。サターナ坊っちゃまは生きておられます……っ」
なら、なら、どうして私に見せないの。
「……」
黙り込む使用人の腕から抜け出し、一目サターナを見ようと激しく体を揺らした。
使用人は頑なに私を自由にはさせなかった。
もがいても、もがいても、子供は大人には勝てない。
たったそれだけのことなのだ。
あれから数日たち、我が家は異様な雰囲気に包まれている。
毎日毎日サターナを出せと強請っても、会わしてくれない。
―――もしかしたら、既に死んでしまっているのではないか。
私の予想を父に伝えると、父は大きなため息をついて、馬車を出してくれた。そして、サターナに会うための条件を一つだけ出した。
―――サターナ君が会いたいと望んだら、会わせよう。
それは、酷く簡単な条件だった。
サターナは私と会いたがるだろう。
彼が私を嫌がる姿なんて、想像の中ですら困難だ。
「どうぞこちらです」
サターナの家の使用人に案内され、慣れ親しんだ部屋の前に立つ。
いつものように扉をノックし、サターナに声をかける。
「私よ、リリスよ。開けてちょうだい」
響くのは、私の声だけ。
サターナの返事は無い。
「お父様、サターナは部屋に居ないみたいです」
「……いいや、サターナ君はここに居る」
「そんなはずがありません。サターナが部屋にいるなら、もう扉を開けているはずです」
「そんなことが……あるんだ」
「ねぇ、サターナ、返事して。私だよ、リリスだよ」
「リリス、もうやめなさい」
「ねぇ、ねぇ、どうして?」
意味が分からなかった。
サターナは私のことが大好きで、いつもなら1秒以内に顔を見せるのだ。
こんな風に、声すら出してくれないなんて、思ってもみなかった。
勝手に開けようかとも思ったが、止められた。
サターナは傷ついている。無理やり傷口を開けるような真似、しちゃいけないんだ、と教えられた。
使用人は、事態を呑み込めずにいる私をサターナの両親のいる客室へ連れていった。
客室では色々なことを話された。
1つ目は、サターナは生きていること。しばらくすれば、問題なく日常に戻れること。
2つ目は、サターナは全身に火傷跡が残り、消えることは無いこと。
3つ目は、私とサターナの婚約を考え直すこと。
「リリスちゃん、うちの息子に遠慮しなくていいのよ。サターナがああなって、苦労も増えるでしょうし……」
サターナの母は言葉を濁しながら、私に全てを説明した。本当は婚約もこのままがいいのだろう。
全身火傷跡が残ったサターナに、次の縁談が来るかも分からないのだから。
サターナは、婚約を考え直す話を聞いているはずだ。
なのに、この場に顔一つ出さない。
サターナはいいのだろうか。
私が別の人と結婚しても。それでいいのだろうか。
私は、分からない。嫌な気がするけど、いつかは変わるかもしれない。
私は、サターナが好きか分からないから。
いつもいつも、愛を伝えられてきたけど、あそこまでの愛を私を持っているかは判断できない。
サターナは好きだけど、サターナと私の気持ちは、同じなのだろうか。
もう訳が分からなくて、頭がグチャグチャして。
サターナに対して、八つ当たりじみた気持ちが湧いてきた。
サターナは、私が、今のサターナを嫌がる子だと思ってるんだから。
「私は、サターナの意志に任せます」
私は、サターナにあらゆる決断をぶん投げた。
* * *
僕にはとても可愛い婚約者がいる。
ある日突然、親が天使を連れてきた。
くせっ毛のピンクブロンドはピョコピョコはねて可愛らしい。柔らかくて繊細で、極上の絹糸にだって負けない触り心地だ。
灰色の瞳は、無機質だけど、いつも僕の目をまっすぐ射抜いてくれる。
あんまり表情筋が働いていないからか、整いすぎた顔はお人形さんみたいだ。
―――僕は一目で、リリスに恋をした。
毎日毎日愛を囁いて。
ちょっと背伸びした格好でドキドキしてもらおうとして。
綺麗なものを見つける度に、リリスを思い出した。
リリスは優しい。
知れば知るほどそう思った。
お喋りな僕と口数の少ないリリス、いつも相槌を打って話を聞いてくれる。
贈り物をする度に、感謝の言葉をしっかり伝えてくれる。
―――僕は世界一の幸せものだ。
リリスの婚約者でいられる喜びで、僕は常に浮かれっぱなしだった気がする。
だからだろうか、僕はとんでもないうっかりをしてしまったようだ。
鏡を見る。
両親は僕の部屋から鏡を無くそうとしたが、お願いして戻してもらった。
見れば見るほど醜い僕。
焼けただれた肌は、どす黒く、白粉程度で隠れるような生易しいものでは無い。
今この瞬間も、燃えるように体が熱い。
同時に、深い絶望が僕を襲う。
「今の僕は、リリスに相応しくない」
婚約を解消しなければいけない。
リリスの人生をボクのうっかりで悲惨なものにしてはいけない。
我が家の家格は子爵、リリスの家も子爵。
僕達の婚約は、横のつながりを強化するためのもの。それ以上でも、それ以下でもない。
何より、僕は知っているんだ。
「リリスは、僕のことが好きじゃないもん、ね」
僕はリリスに好かれていない。もちろん、恋愛的にだ。
いつか好きになってくれる。
いつか、格好良くなって惚れさせる。
そういう希望を持っていた、この間までは。
いつか、は多分来ない。
こんな姿で、天使の隣に立とうというのがおこがましい。
だから、僕は待っている。
両親が知らせに来る、婚約解消の知らせを。
ドアが開く。
「サターナ」
心臓がギュッと掴まれる。
分かってても、苦しいなぁ。ヤダなぁ。
「リリスちゃんは、婚約の存続を貴方に一任すると決めたわ。サターナは、その、どうしたい?」
決まってる。婚約解消一択だ。それがリリスの為になる。醜い僕と結婚したら、一生彼女は負け組の烙印を押される。
「もちろん。婚約かい、し―――」
「どうしたの?」
「大丈夫です。僕はリリスと婚約を―――」
「?」
「婚約カッ、は」
「喋るのが辛いの?」
「違います。何故かある単語だけ言えなくて……」
「……婚約解消したくないのね。気持ちは分かるわ。リリスちゃんの許可もあるし、もうしばらく、心の準備ができてから考え直しましょう」
いや、答えはもう決まっているんだ。
分かっているんだ。ただ、ある単語だけ体が拒否反応を起こすだけで。
愛の、愛の所為なのか。
「こ、かか、ムリだっ!」
「いいのよ、サターナ。無理しないで」
「うぐ、ぐぬぬ……………………しばらく、少しの間だけ、婚約を続けたい、と思います」
僕のリリスへの献身はこんなものなのか。
己の欲に負けた自分が、ちょっと情けなくなった。
* * *
私には引きこもりな婚約者がいる。
どの程度引きこもりかと言うと、10年間一度も婚約者と会わないぐらい、だ。
最初は何度か扉の前まで行ったが、本人が開けてくれないのだから、しょうがない。
「誕生日にはプレゼントとメッセージカードがあるだけ、婚約者として恥ずかしくないのかしら」
直接会わなければ、文句もただの独り言。虚しいものだ。
なにはともあれ、私ももう17歳。先週誕生日パーティーも終えた。
大人の仲間として、参加する招待状を選ばなければ。全く、どうしてこんなに招待状が来るのかしら。
「それは勿論、リリスお嬢様がお美しいからです」
「……」
「あら、信じていらっしゃいませんね。令嬢はお嬢様から美貌の秘訣を、殿方は求愛の権利を、お嬢様にお求めになっているのです」
「特に、何もしていないわ。それに、私には婚約者もいるし」
「……10年も会っていないのにですか?」
「それでも、正式な婚約者よ」
「お嬢様からお手紙一つ、お出しにならないのにですか?」
「私、筆無精なの。手紙は苦手」
侍女は気難しい顔をして、私の髪とドレスを整える。
今夜は面倒くさい夜会。
大人の仲間入りを果たしたということは、社交をするということ。一緒にいてくれる人がいれば、もう少し楽しかったのかもしれない。
「お父様は支度を終えたかしら。エスコートをしてもらわないと」
婚約者が引きこもりな私は、親と親戚ぐらいしかパートナーを頼める相手がいない。
難儀なものだ。
「待たせたね、リリス。馬車に乗ろう」
「はい、お父様」
今日は第2王子の生誕祭だ。
私と1週間しか誕生日が離れていないから、なんとも慌ただしい。
王宮に着くと、お父様に壁際へ放置された。酷い。
お父様は友達に誘われてさっさと人混みに紛れて行った。
とりあえず飲み物でも取ろうと辺りを見渡すと、一人の男性と目が合う。
穏やかそうなその人は、フワリと私に微笑んだ。
私は会釈を返した。
「リリス様、こんばんわ。こちらでお話ししませんか!」
突然背後から令嬢に声をかけられる。
良いですよ、と返し、令嬢の元に行く。
もっと言い返しをすれば良かった。咄嗟に表情筋を動かせ無い顔が恨めしい。
令嬢も、一見不機嫌に見える私に戸惑っている。
どうにか愛想よく過ごそうと考えていると、目が合った男性のことなど、もう忘れていた。
ケーキは美味しい。
甘く可愛らしいそれを、嫌う人などほとんどいない。
それは私も例外ではなく、チーズケーキを現在ぱくついている最中だ。
―――なんで、私は一人ぼっちなのだろう。
今、この状況は、やけ食いとも言える。
多くの令嬢たちと話していたはずなのに、現在絶賛ぼっちだ。
残念ながら、大概の人は私の無表情と無口に耐えかね、去っていく。
招待状の数と友達の数は比例しない。
しかし、私が目立つ容姿なのは変わらないこと。老若男女問わず、私から付かず離れずの状態を保つ。気まずい。
「少し疲れたわ。夜風に当たりましょう」
誰かに言い訳するかのように呟き、バルコニーに移動する。
すると、男性が横にスっと並んでいた。
目が合った人だ。
「こんばんは、リリス嬢。シャンパンはいりますか?」
「こんばんわ、結構です。なにかご用事ですか」
「噂の美女とお近づきになりたいと思っているだけですよ。婚約者候補に立候補しても?」
「申し訳ありません。既に婚約者がいるので」
「ああ、知っているよ」
「……でしたら、何故?」
「有名だからね。リリス嬢とサターナ殿の不仲は」
「不仲と思われているのですか?」
「だって、10年間も交流がないそうじゃないか。むしろ、婚約解消してない方が不思議だよ」
「はぁ、そういうものですか」
「愛のない結婚なんて捨てて、僕と恋しないかい?損はさせないよ」
「お断りします」
「!」
何を驚いているのだろうか。
結婚の前提条件に愛はいらないし、愛が必要だとしても目の前のこの人と結婚する必要性があるとは思えない。何より。
「私達は名前すら知らない関係です。それに、貴方との結婚に愛が芽生えるとも思いません」
現在のこの人の評価は、軽薄なナンパ男だ。
「ご令嬢、今日の誕生日パーティーの主役を知っていますか?」
「把握しています。第2王子レオナルド様です」
「どんな外見?」
「髪は銀色、瞳は金色、物腰の穏やかな方だとお聞きしています」
「うんうん、私をよく見てくれないかい?」
何なのだろうか。
髪は銀色、瞳は金色、パッと見穏やかそうに見える、そんな人。あ。
「……今、理解しました」
「うんうん、びっくりしたよ」
「申し訳ありません、人の顔を覚えるのは苦手なもので。次からはこのような失礼をしないよう心がけます」
「いい心がけだね」
私の目の前に立つレオナルド殿下は不吉な笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
「私とデートしてくれないか。それでこの失礼を帳消しにしよう!」
「……すみません、私には婚約者がいるので」
「ならば友人として誘おう。大丈夫、演劇を見て食事をして帰るだけだ。邪な触れ合いは一切しないと誓おう」
「…………」
押しが強い。
無言は肯定と受け取られ、日にちと迎えに行く時間を聞かされた。
レオナルド殿下はさっさと去って行ってしまう。
私は、婚約者とデートする前に、よく知りもしない男とデートする羽目になるのか。
それもこれも、サターナの所為と言いたくなる。
サターナが社交界に出たくないのには、共感できるから、口に出さないが。
まあ、一日の我慢だ。演劇見て、ご飯食べて、家に帰ろう。
大したことは無い。けれど少し、ほんの少しだけ、悲しくなった。
* * *
僕の婚約者はモテる。
どのくらいモテるのかと言うと、第2王子に求婚されるくらいだ。
「最悪だァァァーーっっ!」
「どうかしましたか!?坊っちゃま!」
爺やが駆けつける。
「リリスが、イケメン高身長ハイスペック王子に求婚された」
「なんと、お耳に入っていたのですか!一体どうやって」
「使用人が気を利かせて、社交界やリリスのことをまとめた紙を定期的に持ってきてくれているんだ」
「その使用人は誰ですか。わざわざ坊っちゃまが傷つく情報を与えるとは……」
「いいんだ爺や、助かっているから。彼は優秀だよ。様々な情報を興味がわくよう工夫を凝らしてくれているんだ。重要な情報を嘘偽りなく提供する、そんな彼の誇りを傷つけたくはない」
「それを聞くと、むしろ何故使用人をやっているのか疑問が湧くのですが」
「今、そんなことはどうでもいいんだ!大切なのはリリスだ!」
可愛いリリス。
今でも甘いものが好きで、趣味はぼんやりすること。
口下手を気にしつつも、直す気がないのは鋼の心故。
勉強は可もなく不可もなく。
色々、家の中にいても知れることは多いけど、やっぱり足りない。
リリスの息遣い、空気感、なびく髪、全部揃ってリリスなのだ。ただ、小さい頃から将来美女になることは簡単に予想できた。
王子から求婚されるのは仕方ない。
「うっ、でもやだぁ」
「坊っちゃま、このままではリリス様とレオナルド殿下が恋仲になるかもしれません。今こそ、外に出る時です!」
「それは無理!」
今でこそ両親や使用人と普通に話しているが、最初は抵抗があったんだ。
全身火傷だらけの体で外になんて出たくない。
特にリリスには見られたくない。
―――少しでも、引かれたら、多分僕死んじゃうし。
割と繊細なのだ。
「大体、二人がこ、恋仲になろうと問題ないよ。ようやく、向こうから婚約解消を持ち出してくれるかもしれない」
「解消したいなら、坊っちゃま自由に行えますよ」
「……解消したいわけじゃないよっ!」
でも、婚約解消が最良だと分かってるんだ。
リリスには、幸せになって欲しい。
「……むしろいい機会なのかもしれない」
さすがにリリスも王子の求婚は断らないだろう。
それに、僕と結婚するより、余程家のためになる。
「受け入れるつもりですか?」
「うん」
「……そんなに悲しそうなお顔でですか?」
「うん」
頷くぐらいはできるよ。
僕から言えなかっただけ。口が裂けても、言えなかったんだ。やっぱり僕の愛って、情けないなぁ。
「まずは、リリス様とレオナルド殿下のデートの様子の情報に耐えねばなりませんね」
うん、ガンバラナキャネ。
* * *
天気は良好。
気分は下降気味。
そんな朝です。
「やあ、リリス嬢。陽の光を浴びる君も美しい。今日は最高のデート日和だね」
「はぁ」
レオナルド殿下、胸元を見るのやめてくれませんか。
「君の輝く笑顔を見る権利をくれないかい?」
「すみません。この顔以外お見せできないんです。表情筋が怠け者でして」
「なら、表情筋が働いてくれるよう、私が頑張らないといけないね。早速人気の演劇を見に行こう」
「何を見るんですか」
「恋愛モノだよ。内容は知らないんだ、私は前情報なしで楽しみたい派だからね」
「そうですか」
「よく演劇を見たりするのかい?」
「今日が初めてです」
一緒に行く相手は引きこもりだし、友達いないし。
「君の初めてを共にできるなんて光栄だね。演目がお眼鏡に適うと嬉しいよ」
絶妙に楽しくないなぁ。
元々レオナルド殿下とデートしたい訳でもなければ、演劇に興味がある訳でもない。
楽しくないのは必然だ。
そして、レオナルド殿下の言葉の節々から感じられる軽さ。それは羽のようだった。
噂によると、女好きらしい。
サターナの言葉はもっと重かった。
いつだって本気だと私に教えてくれた。
今ではもう、会うことすらできない人。
私は、彼との思い出を美化しているのだろうか。
まああれだ、興味のない人の興味のない話、頭に入ってこない。そんな簡単なことだ。
「はぁ、そうですか。いいですね」
私は今日1日、適当に返事すると決めた。
「演劇を見ながら、飲食もできるんだ。食べたいものはあるかい?」
「では水を一杯」
「じゃあ私はクッキーと紅茶を頂こうかな。頼んでくるよ」
演劇の後、食事だったのでは?
「演目は三角関係だったんだ。過去に結婚を約束した幼なじみ、爽やかでミステリアスな貴族の男、二人の男に揺れ動く少女。どこかで見たことがある構図だね」
「そうですか?私には見覚えがありません」
「いやいや、私の役柄は爽やかでミステリアスな貴族の男、でしょう?」
「認識のずれが確認できました」
「恥ずかしがらないでくれ。私に惚れてしまっていいんだよ」
ナルシスト、その5文字が頭に浮かんだ。
「……公演中に手を添えてくるのやめてくれませんか」
「……やめないよ、と言ったら?」
「……そうですか、では自分の膝に手をおくことにします」
「……聞く必要あったのかい?」
「……ありませんが、一応」
セクハラですよ。
「昼食は何にする?」
「なんでもいいですよ」
「私と一緒なら、なんでも美味しいということかい。嬉しいね」
「やはり決めさせてください。塩パンがいいんです」
「ちなみに理由を聞いても?」
「塩対応したい気分だったので」
「わー酷いー」
塩パンが美味しい軽食屋に行った。トロふわオムレツは絶品だった。
「ではこの後どうしようか」
「あ、家に帰ります。ではさようなら」
「デートは、暗くなるまで一緒に過ごすものだよ」
「そうですか。では代役を用意します」
「え?」
私は気づいていた。
レオナルド殿下目当てでかなりの女性がさっきからチラチラ見ているのを。
「そこのお嬢さん達、銀髪イケメンと遊びたいと思いませんか」
「「え、いーんですかー!」」
レオナルド殿下が「いや、そんな水商売みたいな声掛け!?」と言っているが気にしない。
「ちなみにおいくらなんですか?高いでしょう?」
あ、こちらのお嬢さん達も水商売と誤解している。まあいいか。
「今なら、タダです」
「「わー、凄いー!」」
「では、どうぞ、レオナルド殿下。こちらの方達と花咲き誇る道を歩き、気になる店を共に見て、最近の流行などの話題などで盛り上がってください」
「「え、王子様なんですか!」」
「不満でしたか?」
「「生王子だー!初めて見た。すごいすごい。後で皆に自慢しよ!」」
鋼のメンタルの方で助かった。是非とも、今日1日楽しんできて欲しい。
「では、レオナルド殿下、行ってらっしゃいませ」
「えー、デート中に他の子紹介する?普通?」
「可愛い方達じゃないですか。行かないんですか?」
「行くよ。デートに乗り気になってる女性を放置するのは趣味じゃないんだ」
「流石です。女好きの鏡ですね」
「褒めてくれてありがとう。さあ行こう、子猫ちゃん達!」
「「きゃー!」」
レオナルド殿下、私は今も、軽薄なナンパ男だと思っているが、女好きがここまで極まると好感が持ててくる。
友人枠なら、100年ぐらい悩んだ末にあげるのにな、と少し思った。
* * *
「なあ、爺や」
「なんですか、坊っちゃま」
「死にたくなる瞬間ってあるよね。死ぬつもりないけど」
「坊っちゃま、お気を確かに」
どうも、好きな人のデート情報を読んでる最中のサターナです。はい、死にたい。
「今、僕はレオナルド殿下に殺意が湧いている。この気持ちは抑えられそうにない」
「今日ばかりは、坊っちゃまが引きこもりで良かったです」
「同感だよ。引きこもりが功を奏すなんてね」
人生何があるか分からない。
「デート見た演目は『二人の愛に溺れて』ガチガチの恋愛ものでございます」
「オマケに幼なじみは振られて、ヒロインはミステリアスな貴族と結婚するんだよね。知ってる」
この演目の元となったのは天才作家オモーレさんだ。
かく言う僕もファンの一人。
『二人の愛に溺れて』は僕の愛読書だ。
恋愛小説っていいよね。キラキラで、胸キュンで、僕の現実に存在しないものがすべて揃っている。
「しかもその後、人気の軽食屋で楽しく談笑までしたそうです!坊っちゃまですらしたことがないのに!」
「そうだけど、そうだけど、傷口をえぐらないでくれ!」
「失礼しました」
でもいいなぁ。
リリスの笑顔が見れるなんて。
リリスは普段無表情だけど、よく瞳をキラキラさせるし、結構分かりやすい。
でも、口角が上がったあの笑顔は、とても優しげで、すごく、すごく、大好きだったんだ。
まあ、僕が知ってるリリスなんて、昔のリリスなんだけどね。
「やっぱり王子だよねぇ、勝つのは」
「坊っちゃま、今からでも三角関係に参戦しますか?」
「僕は、戦わない。戦えないよ。ほら、こんな見た目だし」
「……」
醜いもんだよ、本当。
分かってるんだよ、全部。
夢見ちゃいけないんだ。
希望なんて持っちゃいけないんだ。
リリスだって、怖がってるんだろう。
友人だった僕が醜い姿になって、変な態度を取ってしまわないか、不安なんだろう。だから会いにこない。
そして、友人だから、婚約解消を言い出すことで見捨てたことになってしまうのを恐れているんだろう。
「……僕が、言い出せば、全部解決するのにね」
リリス、僕の天使。
リリス、酷い人。
僕が、言葉にできるはずがないのにね。
「爺や。休憩はもうおしまい。仕事しよっか!」
「休憩になっていたとは思えませんがね」
「今、父上は一人で書類仕事をしているはず。一人息子の僕が手伝わないと」
「将来家を継ぐことになりますからね」
爺やの言葉に曖昧に笑う。
どうなんだろうか。
結婚できないであろう僕は、子供が残せない。
養子をとる前提であれば、いいのだろうか。
* * *
はい、本日数回目のデートを王子とすることになったリリスです。
いえ、デートを了承したわけじゃないのだが、何故か行く先々にレオナルド殿下がいるのだ。
あの人、私のストーカーなのだろうか。
「でも何やかんやで僕を無下にしないよね」
「王族ですから。無下にはできません」
「そろそろ私に惚れたかい?」
「申し訳ありません。婚約者がいるので」
この言葉、何回言ったのだろうか。
「でもさ。こんなに私が言い寄っているのに、文句の一つも言いに来ないって言うのは男としてねぇ」
「そこに関しては同感です」
どうせ、部屋で怒り狂っているだろう。
涙で枕を濡らす日々送っているだろうに、少しは表に出ろ。
もしかしたら、私が何やかんやでレオナルド殿下の相手をするのは、サターナに部屋から出てきて欲しいからかもしれない。
その自覚はないが、そうだとしたら、私の性格はかなり悪い。
「やはり、私の方が魅力的だとようやく気づいたかい?」
面白い性格の人だとは思っています。前向きすぎて。
「あの、レオナルド殿下」
「ん?」
「もうここまで来たら、何らかの誤解が発生していると思うんです。そもそも私には、婚約を解消する権限なんてありませんよ」
「一方的に婚約解消ができないなら、私の権力も使えるけど」
使うな。
「いえいえ権力が必要な訳では無いんです。私の意思で、婚約解消の権限をサターナに一任しているんですよ。だから、私と結婚したいなら、サターナと交渉するのが先決です」
「えー、僕がリリス嬢の婚約者に、リリス嬢を下さいと直談判するとか、かなりの地獄が発生しない?」
まあ、地獄だろう。だが構わない。
「それ、私に関係あります?」
「悪魔だー」
「なら、そもそも求婚を諦めてくれませんか」
「ヤダ。リリス嬢めっちゃ美女だし」
「見事に外見ですね」
「君の顔だけめちゃくちゃ愛してる!」
曇りなき眼で言いきられた。
こういう所なんだよな、この人の求婚を受けたくないの。
とりあえず、サターナ頑張れ。
もうすぐ王子があなたの元に行くでしょう。
私はそれを止めるつもりもなければ、助けるつもりもない。
私はきっと怒ってる。
私はずっと怒ってる。
全て自己完結してしまった、引きこもりな婚約者に。
これは罰です。心の中でそっと囁いた。
* * *
レオナルド殿下が我が家にやってきた。
「えっ、いや、なんでっ!?マトモな神経があれば来るわけないのにっっ!」
「坊っちゃま、恐らくマトモじゃないのかと思われます」
「冷静に言わないでくれ!」
脳みそフルボッコにされそうだ。
「とにかく客室に行きましょう!王族を待たせる訳には行きません!」
「そうだね……行こう。胃が痛くなる前に」
ここでグダグダしても何も変わらないのだから。
客室にはレオナルド殿下がいた。
輝く銀髪は清廉で、存在感のある金色の瞳、今をときめく美男子だ。女好きという欠点がなければ、完璧な人。
絶世の美女で、性格も天使なリリスと結ばれれば、リリス一筋になると思うけど。
「……爺や、仮面頂戴」
「……仮面だけでは、隠しきれませんよ」
「……ないよりマシだよ」
ドアを開け、レオナルド殿下の向かい側に座る。
一呼吸置いてから、慎重に口を開いた。
「今日はどのようなご要件ですか?」
僕がそう尋ねると、レオナルド殿下は微笑むだけだった。沈黙が続き、何となく紅茶を口に含んだ。
「リリス嬢との婚約解消をお願いしようかと」
僕は紅茶を鼻から噴いた。何故、このタイミングで?
狙ったのだろうか。遊んでいるのだろうか。
「私は何度もリリス嬢に求婚しているのだが、断られているんだ」
ちょっと嬉しい。
「そして毎回こう言われるんだ。『婚約者がいるので』と」
なんて、律儀なんだ!
真面目なリリスも最高です。
「なら、婚約解消すればいいと私が言うと、彼女はこう返答した。『婚約解消はサターナに一任しているので』と。つまり僕がリリス嬢と婚約するには、君の許可が必要なんだ」
律儀なリリスも最高だ。しかしこれは難問だ。
そもそも何故僕が婚約解消を言い出せずに10年が経過したかと言うと、僕の体が拒否反応を起こすからだ。
ヤダ、絶対やだ。
婚約解消を口にしようとすると、火傷跡が疼く。
リリスと婚約解消は火に焼かれるのと等しい苦しみを持つのだ。
「君に婚約解消の意思が少しでもあるなら、頷いてくれ。そうしたら、私がリリス嬢に説明しよう」
「…………」
「人の外見をとやかく言いたくはないが、君がリリス嬢に逢いに行くのは、難しそうだからね」
「…………」
婚約解消はいつかしなきゃいけない。分かってる。
でも嫌だ。理屈じゃない、感情なんだ。
美しい彼女を、価値のない僕にしばりつけてはいけない。
でも、せめて、こんな形で婚約解消はしたくない。
「僕は、その」
「さあ、どうぞ」
「僕は、いや、僕も婚約解消はリリスに一任します!」
僕もまた、あらゆる決断をリリスにぶん投げた。
せめて、せめて、リリスから切り出されたという形で婚約解消したい。
僕は日和った。
伝令役を任せたレオナルド殿下が再び我が家にやってきた。リリスの返答はこうだった。
『ではその婚約解消の権限を、貴方に一任します』
皆で天を仰いだ。
***
私はずっと婚約者に怒ってる。
だってそうでしょう。
サターナは火傷してから、一度も私に会いに来ようとしなかった。私が会おうとしても、彼は拒否した。
―――貴方がどんな姿になろうと、愛してる。
とでも言えば良かったのかしら。
でも、嘘は良くないわ。
私は一度もサターナが焼けただれた姿を見ていないの。何を基準に大丈夫だと言うのかしら。
だから、私は何もできない。
サターナがショックを受けるのも分かってる。
部屋に閉じこもってしまう理由も理解できる。
そんな彼がひた隠しにする姿を、私がどうして無理やり見ることができるのだろう。
本人が嫌がってるのに。
わたしはどうすれば正解なの。友人一人作れない、私に相談できる友達はいない。
―――サターナを愛しているかも分からないのに。
小さい頃、私はサターナが好きだった。
恋愛感情か、友愛なのか、どちらであるかも判断できなかったけど。
それでも好きだった。
いつかは結婚する人。
一緒にいて楽しい人だから、何も心配なんてなかった。
結婚して、子供を産んで、ああ、いい人生だった。そう言って終われる未来図は描けていた。
愛かどうか、求められるとは考えてもいなかった。
愛なんてなくていいじゃないか。
愛がなくても、結婚できるじゃないか。
愛がなくても、幸せになれる自信がある。
強い気持ちがなければ、サターナを動かせない。
出てきて頂戴と言うだけでは、姿を見せてくれない。
必要なのは、求められているのは、サターナが何一つ心配しなくてもいいほど、私がサターナを愛しているという確信。
分からないんだから、用意できない。
本当は、手紙を書かないのも筆無精だからと言うだけじゃなかった。
苦手だけど、書こうとした。
でも何を書けばいいのだろう。
私はただ、サターナと再び顔を見合わせたいだけなのだ。一緒にお菓子を食べて、過ごしたいだけなのだ。
そう願うことは、サターナを追い詰めてしまうのだろうか。
だから、待つだけ。そう決めた。
サターナが自分の意思で部屋を出て、私の前に立つ、その日をずっと待ってる。
その瞬間まで、私は何も与えてあげない。
慰めの言葉も、健気な献身も、手紙さえも、何もあげない。
サターナ、私を世界で一番愛している人。
なら、このぐらいのワガママ聞いてよ。
愛してるなら、聞いてよ。
ただ、私の前に立つだけでいいの。
それだけでいいはずなのに、彼は引きこもったまま。
性格、悪いと思う。
それでも、私は待つ。
「―――リリスお嬢様」
代わりに、その時紡がれる言葉がなんであろうと。
「坊っちゃまが、サターナ坊っちゃまが、訪問しています」
例え、『婚約解消』だとしても。
「分かった、すぐ支度するわ」
全て受け入れる。
サターナ、怒っていいよ。こんなにも薄情な私に。
* * *
ダメだと思った。
これではいつまでも平行線だ。
婚約解消の権限を、永遠にキャッチボールし続けることになる。
お互いの家の両親も、この婚約をどういうスタンスで受け入れればいいのか混乱している。
―――僕が動かなきゃいけないんだ。
この国の最高級物件であるレオナルド殿下相手にも、『婚約解消はサターナに一任しているので』というスタンスを崩さないリリスを知って、そう思った。
汗がにじむ。
慣れ親しんでいたはずの扉は、もはや他人だ。
緊張で吐きそうだ。
何より、暑い。
今は夏だ。でも僕は長袖長ズボン、手袋仮面、フルコーデ。熱中症で死ぬ。
仕方が無いんだ。少しでも、肌面積を減らそうと努力したら、こうなるんだ。辛い。
「……サターナ、扉の前にいるのよね。入ってもいいわよ」
暑さが吹き飛んだ。
なんて涼やかで軽やかな声なんだ。
僕の耳はきっとこの声を聞くために存在する。
「うん、ありがとう。でも、このままで話させて」
「…………分かった」
やっぱり、見られたくないんだ。君だけには。
「それで……その、なんて言ったらいいんだろう」
どう言い出せばいいのか分からなくて、関係ない所から話を始めてしまう。
「…………僕は、ずっと家に引きこもってた。リリスと会うことも無く」
「うん」
「こんな見た目になっちゃって、リリスの態度が変わるのが嫌だった。いっそ、思い出の中の住人になってしまえばいいとも思った」
「……うん」
「でも僕は現実の君と一緒にいたかった。だから、ずっと婚約を曖昧にし続けてきた」
「うん」
「ずっとずっと、大好きだったんだ。気持ちが褪せてしまえば、はっきりできると思ってたのに」
「う、ん」
「リリスはとっても可愛くて、優しく、キレイで。天使みたいだ。小さい頃、君が天使の輪と羽を無くしてしまったと思って、探したこともある」
「ウン」
「10年、会うことは無かったけど、人伝に色々なことを聞いた」
「私も聞いた」
「初めてのお茶会デビュー、君は紅茶をこぼしたんだってね」
「……それは、聞かなくても良かったわ」
「君は我関せずという態度を崩さず、ひたすら冷静に対処したと聞き、凄いなぁ、かっこいいなぁ、と思った。同時に、内心慌てただろうなぁ、なんて想像して、可笑しくなったりもした」
「うん」
「君は、出会った時から、自分を持ってる人だった。まだ、小さな子供なのに」
「そう?」
「リリスは身長や髪が伸びて、好きな物が変わって、色々なことを経験して、成長している。それでも、根っこの部分が同じだから、まるで君と10年間一緒に過ごしているような気分で、君の話を聞いていた」
「私も同じ」
「まあ、独りよがりだけどね。一方的な」
「うん」
「……情けなくって、カッコ悪くて、10年間も婚約者を放置するような男だけど、なぜだか気持ちだけは変わらなかった。馬鹿みたいな話だよね」
「……そんなことないよ」
「僕は、醜い。リリスは見た目で判断するような人じゃないけど。僕自身が許せない。リリスの隣にいる人が僕みたいな中身の、僕みたいな醜い人だなんて……」
「……私の方が性格悪いよ」
「それは無い!」
リリスはずっと相槌を返してくれた。
小さい頃みたいに、お喋りな僕の話に口下手な君が相槌を返す。そんなやり取りが温かくて、涙が出ちゃいそうだ。
「僕は……」
「うん」
「リリスが好きだよ」
リリスからの相槌はない。
「僕の、長話に付き合ってくれてありがとう。僕はリリスが好きで、だからこそ、伝えなきゃ行けないことがあってここに来たんだ」
言わなきゃいけない。そのために、僕はここにいる。
「……待って」
リリスが僕を止める。あれ、変なこと言っちゃったっけ?
「扉を開けてから話して」
「え、それはちょっと……」
「お願い、扉を開けさせて」
「それは、その」
「お願い!」
結局、開けなきゃいけないのか。
でも、ここまで自分の気持ちをぶちまけたら、不思議と穏やかな気持ちでいられた。
最後だから、これが最後だから、少しくらい婚約者の望みを叶えよう。
僕は無言で、扉を開けた。
リリスが目の前にいる。
夢にまで見た彼女は、もう立派な淑女だった。
腰まで伸びた髪は、変わらないくせっ毛で。でも、艶があって、装飾品だって大人っぽい。
淡いピンク色の髪を、穏やかな海のようなサファイアが彩っている。
瞳は無機質だけど、まっすぐ僕の目を見てくれる。すると僕は、ドキドキしてしまうんだ。鉄砲で撃ち抜かれたって、ここまでの衝撃はないに違いない。
天使と言うより、女神。
あまりの美しさに呆然としていると、リリスは無言で、僕の体を好き勝手触る。
まずは手袋を外し、ジロジロ眺める。
次に袖を短くして、ぺたぺた触ってくる。
雷に打たれたかのような衝撃を受けた後の僕は、抵抗できないし、動けない。
ただれた肌を気遣うように、優しげにそっと触れてくる。
最後に、リリスは僕の仮面を取った。
僕と目が合う。
じーと僕を両目で見つめるリリスに対し、僕は片目しか合わせることが出来ない。
僕の左目は片方、肌が溶けて開けられなくなっているのだ。
リリスが僕を見た時、少なからず、直視できなくなると思っていた。
だって、家族も使用人も、最初は痛ましそうに、僕をまじまじ見れなかったから。
今のリリスは、よく分からない。
淡々と、無感情に、僕をじーっと見てぺたぺた触る。
「ねぇ、サターナ」
「………………ふぇ?」
「貴方が私に伝えたかったことって何?」
「あ、それは――――――」
「きっと私も同じ気持ち、だから、一緒に言おう」
一緒じゃない気がする。
そうは思ったけど、久しぶりに見たリリスがこんなに近くにいて、おまけに笑っていて、もうそれで僕はいっぱいいっぱいだった。
「分か、った」
多分、僕あんまりふかく考えられない。
「じゃあいくよ?せーの」
「コンヤクカイショウしよう」「結婚しましょう」
「え、結婚?」「え、婚約解消?」
同時に言った言葉は、正反対で、リリスと一緒にびっくりした。
「私、サターナから告白されたわよね?」
「え、したっけ?」
「してたわ。貴方最初から最後までずっと、私のことが好きとしか言ってなかったじゃない」
ありのままの気持ちしか話してないのだが。
「……それで、その、サターナは私と結婚したくないの?」
「めっちゃしたい」
「即答ね」
「でも、僕、ほらこの姿、大丈夫なの?」
本当に見るのも辛くなるような、グロ目の姿だが。
「会うまで自信は持てなかったわ。でも、ただれた肌を見ようが、触ろうが、何も思わなかったわ。痛ましくは思ったけれど」
「ええ!」
「でも、そうね、貴方の目は鮮やかな青で、とても綺麗だったから、片目が開かないのは残念ね」
今まで、全くこの展開は予想していなかった。
希望を持たないようにしていたのもあるけど。
「私は、貴方がどんな姿だろうと構わない」
いつも無機質な目は、今日ばかりは熱を帯びていた。
「私、きっとずっとこの言葉が言いたかった」
「そうなの?」
「だから、サターナに部屋から出て、私に姿を見せて欲しかった。私はどんなサターナでも構わないという確信が持ちたかった」
「そうだったんだ」
「私から何の接触もしなければ、耐えきれなくなって出てきてくれるんじゃないかって思ってたのに、サターナはずっと引きこもってるし」
「少しでも、引かれたく無くて」
「それに、多分拗ねてた」
その言葉に驚いて、目を見開く。
「いつも、私の顔を見ないと死んじゃうと言うような男の子が、全く相手してくれなくなっちゃったから」
やばい、僕の婚約者めちゃくちゃ可愛い。
リリスは僕を見捨てた訳じゃなかった。
ただ、待っていただけなんだ。
僕がリリスの前に立てるようになるまで。
何もかも受け入れる用意を、リリスはしてくれていたんだ。
僕は、ずっとリリスに好かれていないと思ってた。でも、何を恐れていたんだろう。
これが愛じゃなければ、一体何が愛なんだろう。
涙が出そうで。
こんな奇跡が起きると思っていなかったから、今も夢を見ているような気分で。でも現実で。
「リリス、僕の天使。めちゃくちゃ大好きで愛してるので、結婚してください」
「はい、喜んで」
僕達は結婚することになった。
「所でさ、レオナルド殿下どうしよう?」
「さあ、私はずっと断ってるし。別にどうもしなくていいんじゃない?」
「そうかなぁ……?」
「それにあの人、私のことそんなに好きじゃないわよ。私の顔だけしか興味ないみたいだし。きっと他の女の子に求婚しに行くわ」
「そんなことあるの!?こんな中身の清らかさが表ににじみ出てしまった代表例みたいな可愛さなのに!」
「……それを言うのは、サターナだけよ」