第二十九話 命の扱い方
戸惑いを隠せない瑠璃と圭祐と共に、森田、カナ、冴木もソファに腰を下ろした。
また、長い沈黙が流れそうになり、瑠璃が思い切って声を上げた。
「えっと、圭祐。こちらは結い子仲間で上司でもある森田清一さん。生前は学者だったから、通称『森田博士』ね」
「今も学者だよ」
森田がぶっきらぼうに答えた。
「え?」
「最近、また研究を始めたんだ。仕事の合間とか、時間に余裕がある時に」
瑠璃が、よほど驚いた顔をしていたのか、少し森田が不機嫌になった。
「ほら、俺のことはもう良いから。圭祐君とは、今も何度か顔を合わせてる。それに『慶二郎』としての記憶が戻ってるなら、生まれ変わる前に俺と話したことも、おそらく覚えてるだろ。圭祐君の一生を結ったのは俺なんだから」
ソファの一番右端に座っていた森田は、ソファの背もたれで頬杖をついて、そっぽを向いた。
その様子を見ていた圭祐も、複雑な表情をしている。
瑠璃も記憶が戻った『慶二郎』として接したら良いのか、今まで通り『圭祐』として、ざっくばらんに話して良いのか、決めかねていた。
「あ、えっと。そう、ね。覚えてるんだよね……。じゃあ、こちらは望月カナさん。森田博士の恋人なの、昔も今も。カナさんはね、少し前に事故で亡くなったの」
「よろくしね、圭祐君。私はあなたの事情を少しだけ知ってるから、気軽に話してね」
そう言ったカナが、ぺこっと会釈をする。
カナが自身の恋人だと紹介された森田は、今度は少し赤くなり、やはり誰とも視線を合わさなかった。
「それから、冴木匠さん。えっと、半月前に天界に来たの。生前は、あいてぃー会社? にお勤めだったそうよ」
「圭祐君、君は生きてるんだよね? じゃあ、東京にあるA社の社員が自殺したって知ってる?」
「あ、少し前にニュースで。たしか、本社ビルの屋上から……」
「そう、それが俺。俺が勤めていた会社は、いわゆるブラック企業ってやつでね。有給、病休は認められない、異常な量のサービス残業、そんなのは当たり前。他にも、もっと黒い話が山ほどある。そうか、ニュースになったか……。自殺となれば警察が動く。しかも、会社のビルからとなれば、それなりに調査されるだろう。俺が死んだことで、一石投じられたかな」
冴木は満足げに足を組み、目を伏せた。
「それでも、なにも自死までしなくても」
圭祐が、戸惑いながらつぶやいた。
「どのみち俺の寿命は、もう長くなかったんだよ。3ヶ月に一度の定期検診で、末期の胃ガンが見つかった。元々、胃潰瘍になりやすい体質でさ。何度か吐血して病院に担ぎ込まれたけど、養生することなく仕事に復帰した。休めるような職場じゃなかったからね。他にも自殺寸前の社員はたくさんいるよ。でも、みんな家庭を持ってたりするから、必死で耐えてる。どうせ会社に殺されるくらいなら、それに残された時間がわずかなら、自分の死で何か形にしたかったんだよ」
「死期と同時に、マスコミに情報を流すとか考えなかったんですか?」
「それは難しかっただろうね。うちの幹部役員には政界と繋がりのある人物がちらほらいる。揉み消すのは奴らの十八番。だから、わざわざ人通りの多い道に落ちるようにした。誰かを巻き込まないように早朝を選んでね」
「セキュリティー、よく抜けれましたね」
メカニックやシステムにも詳しい森田が尋ねた。
「残業してる人が多いから、早朝まで残ってたって不思議に思われないよ。屋上のセンサーやロックは、プログラミングに強ければ、解除できないこともない」
「ずいぶん計画的だったんですね。私とは大違い……」
瑠璃は、衝動的だった自分の死を思い出す。
「変な言い方だけど、自分の命を無駄にしたくなかったんだよね。誰かのために死にたかった。幸い、俺の両親は早くに亡くなっていて、家庭も持っていない。だから、本当に後悔がなくて、さらっとした気分だよ」
「誰かのため……ですか?」
カナが興味を示す。
そして、冴木とカナの言葉と、ほぼ同時にキッチンから応接間に神様が戻ってきた。
運んできた大きなトレーをテーブルに置きながら、冴木を見つめて、尋ねる。
「じゃあ、冴木君。もし、君に恋をしている女性がいたら? 彼女が傷付き、最悪の場合、君を追いかけて来ることもあるだろう。そうなれば、君はとても大きな罪を犯したことになる」
「そうですね。でも、そんな人いませんから」
「視野が狭いことは、人間の弱い部分だ。どんな時も『もしも』を想定しないと、他人も自分も傷つけることがある」
「どういうことですか?」
冴木が眉根を寄せた。
「『もしも』というのは、独り善がりにならないための呪文だよ。人は視野が狭いから、どうしても自分の考えだけで行動しがちだ。そして、その行動に付随する結果は、最悪の状態になってからしか気付けないことが多い」
「まさに俺だな」
森田が、すまなそうに頭をかいた。
「そう。森田君も瑠璃も、もうだいたい理解できてるよね? 独り善がりで生きる恐ろしさを」
「はい」
瑠璃と森田が、声を揃えてうなずいた。
「冴木君もじきに分かるようになるよ。修行や、結い子の仕事を通してね」
冴木は、腕組みをして考えているようだ。おそらく今はまだ、『独り善がり』という言葉がピンとこないのだろう。
お読みくださり、ありがとうございました。
死後の世界でも皆、少しずつ変化し、成長していきます。
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