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第二十八話 重なる記憶

 

 神様が住む館の応接間は、今日は一段と賑やかだった。

 瑠璃に森田、カナが揃っている。

満花も誘ったが、ヘアサロン『風見鶏』に用事があると言って、断られたのだ。

 代わりに、近い将来に結い子となる男性が同席していた。

 

 冴木(さえき)(たくみ)、三十二歳のシステムエンジニアだ。

半月前に勤務先のビルから飛び降り、天界へと送られた。

 死後もなお、ネクタイをしめ、ピシッとスーツを着ている。

青と紺の斜めストライプのネクタイが、あまり笑わない彼をより冷静に見せる。

 

 以前、その服はお気に入りなのかと瑠璃が尋ねたら、「別にそういうわけではない。たまたま死んだ日に着てたんだ」という答えが返ってきた。

 

 カナ以外の三人は、自ら命を絶った者たちだ。しかし、そんなふうには見えないくらい穏やかな雰囲気の茶会だった。

 

 そして、瑠璃たちの会話を楽しそうに見守るのは、茶会のメンバーの一人であり、この館の主人である、銀髪にグリーンの目をした神様だ。

 

 今日は、神様の傍らにもう一人の男性、秘書である天使が同席している。金髪をオールバックにして、青い瞳は凪いだ海のように、きらきらと輝いている。

 

 口数は少なく、神様に付かず離れずの距離を保っている。

 彼はニ階の執務室で長い羊皮紙の巻物や書類の整理をしていることがほとんどのため、瑠璃もあまり会話をしたことはない。


 そして、この神様は会議や集会などを忘れて、ふらっと出かけたりしてしまうため、お目付け役である印象が強い。

 しかし、本来は神様の秘書兼書記官を務める天使である。

神様の言葉や出来事を記し、時系列ごとに整理することが役目なのだそうだ。


「そういえば、圭祐君、どうしてる?」

 

 ふいに森田が瑠璃に尋ねた。


「あのサイレンが鳴った日以来、来てないわ」

 

 圭祐が来ると、色々と悩む瑠璃だが、来なければ来ないで気になってしまう。

あの後、大丈夫だったのか。きちんと生活しているのだろうか、と。


「そうか。元気にしてると良いけどな」

「うん……」

 

 瑠璃は、圭祐が仔猫の『ブルー』を取り戻しに来た日のことを思い出す。そして、ふと疑問に思った。


「ねぇ、神様。どうしてあの時サイレンが鳴ったの? やっぱり圭祐の行動が天界の(ことわり)秩序(ちつじょ)を乱す行為だったの?」


「そうだよ。圭祐君には『ブルーの魂を取り戻す』という明確な意思があったからね」


「どういうことですか?」

 

 あまり事情に詳しくないカナは首を傾げた。


「ブルーは、半分死んだ扱いとなっていた。そんな魂を勝手に地上に連れ帰られては困るんだよ。圭祐君のように、眠っている間に幽体離脱をする人はわりと多い。純粋な散策なら歓迎する。ただ、」

 

 顎に手をやりながら考えていた森田が口を挟む。


「秩序を乱す恐れのある存在だと、大門で判断された時のみサイレンが鳴る、というわけか」


「ご名答。だから、今日は鳴らないだろう?」


「え?」

 

 瑠璃が驚いた声を上げたと同時に、歓談を邪魔しない程度に優しく扉をノックされた。


「失礼いたします。地上よりお客様がお見えです」

 

 白装束の女性の後ろから、ずぶ濡れの圭祐が現れた。


「圭祐!」

 

 瑠璃が立ち上がり、ティーカップをソーサーに戻すのも忘れて圭祐のそばに駆け寄る。


「やぁ、圭祐君。いらっしゃい。何か不思議な体験をしてきたかな?」

 

 神様が楽しそうに笑う。


「はい……。今、仕事で長崎にいたんですけど」

 

 圭祐が、スッと瑠璃のほうを向いた。


(いつもの圭祐じゃないみたい。まるで、サイレンが鳴ったあの日みたい――)

 

 瑠璃の落ち着かない様子を見ながら、圭祐が呟いた。


「黒猫」

「え?」

「瑠璃が可愛がってた『クロ』を助けられなかった。ごめん……」


 

 圭祐の言葉で力が抜けた瑠璃は、ティーカップを落としてしまった。

ラピスラズリでできた床に、パンッと高い音を出して破片が散らばる。

 慌てた瑠璃が、しゃがみこんで破片に手を伸ばすと、その手を秘書の天使に止められた。


「危ないですよ。私が片付けますから。どうぞ、お話の続きを」

 

 海のような瞳に覗き込まれ、瑠璃は無言で頷いた。しかし、なかなか顔を上げることができない。圭祐の顔をどんなふうに見たら良いのか、分からなかったのだ。


(どうしよう……。そんな予感はしてた。でも――)

 

 しゃがんだまま動けずにいると、腋のあたりに手を添えられスッと立たされた。手の主は、カナだった。そのまま瑠璃を支えるように、横に立ってくれる。

 

 そして、長いようで短い沈黙を、音もなく近付いてきた神様が破った。


「おや、前世の記憶がほとんど戻ってるね」

 

 圭祐の顎を人差し指の先でそっと持ち上げ、まじまじと瞳を見つめている。


「ふぅん。確かに予兆はあったけどね。ブルーの時は完全ではなかったけど、前世の死の現場が『記憶を開ける鍵』となったんだね」


「そんなことがあるのか?」

 

 森田がカップの破片を拾うのを手伝いながら、神様を見上げた。


「あるさ。生まれた時から前世の記憶を持っている人もいるし、何かのきっかけで断片的にでも思い出す人もいる」


「……思い出したら、現世の心や人格はどうなるんですか?」

 

 瑠璃も、やっと声を出すことができた。


「あまり変わらないことが多いね。魂は同じだから。前世の経験がプラスされる分、人間の深さみたいなものは増すかな。ただ、昔の記憶を今の心が受け止めきるまでは、ちょっと混乱するかもしれない。でも、じきに慣れるよ」


「そう、なんだ。良かった……」


(あれ? 私、『圭祐』が『圭祐』でなくなることを心配してる? 今の圭祐が『慶二郎さん』と違うことが、あんなに嫌だったのに)


 破片を拾い終わった秘書、森田、冴木に神様が礼を伝える。

それを見た瑠璃も、慌てて三人に頭を下げて礼を言った。

 続けて、神様にもカップを割ってしまったことの謝罪をした。

「かまわないよ」と、神様は瑠璃の頭を撫でる。


「さぁ、立ち話もなんだし。お茶の続きをしよう。圭祐君も座って?」

「……ありがとうございます」


 そして、神様以外の全員が複雑な面持ちで、テーブルへとゆっくり足を進めた。

お読みくださり、ありがとうございました。


やっと、慶二郎の記憶が本格的に戻り始めました。


それを確認するために、神様が人差し指で圭祐の顎をクイッと上げる姿を耽美だと思ってしまいました……


過去に書いた作品なので、読み返すと「え?」という表現がたまに出てきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ええ 耽美です とても…
[良い点] サラリーマンの飛び降り自殺!! ああ、過重労働による労災案件な匂いがっ!! 社畜はメンヘルに気をつけましょう!! [気になる点] この秘書天使様、やっぱり大天使ミカエル様のイメージだわ…
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