第二十五話 交わり始めた、あの世とこの世 3
オペ中に倒れた圭祐は、総合病院のベッドで目を覚ました。
「……あれ、俺」
目だけを動かして、あたりを確認する。少し消毒薬の匂いがする。
しかし、獣医の圭祐にとって、それは嗅ぎ慣れた匂いだ。
「あ、目が覚めた?」
菜摘が圭祐の顔を覗き込んだ。
「俺、どうした?」
「オペ中に倒れたのよ。ここは病院。診断によると過労ですって。『念のために二、三日は入院してください』って。手続きは済ませたからね。安心して休んで」
菜摘は話しながら、見舞客用のテーブルに着替えや入院の案内をテキパキと並べていく。
「やっぱり、疲れてたのね。少し休暇を取ったほうが良いわ。南野院長も、そのつもりみたいだから」
院長、という言葉で頭がはっきりした。
圭祐はガバッと起き上がると、菜摘の腕を掴んだ。
左腕に点滴が繋がっていたようで、チューブを引っ張ってしまう。腕にピリッとした痛みが走るが、圭祐は気に留めなかった。
「ブルーは?!」
「まだ起きちゃ駄目よ」
寝かせようと肩を押すが、圭祐は聞き入れず、答えを求めた。
「ブルーのオペは? どうなった?」
圭祐の気迫に、菜摘は思わず息を飲んだ。
「大丈夫よ。かなり危険な状態だったけど、院長がオペを引き継いで助かったわ。さっき、麻酔も切れて、無事に目を覚ましたって連絡が来たわ」
「そっか――」
ふぅ、と力を抜いた圭祐はベッドに倒れ込んだ。
「今日は何も考えず、ゆっくり休んで」
捲れ上がった上掛けを、菜摘が直してくれる。
「はぁ、情けない……」
圭祐がそう呟くと、菜摘がベッドの端に座った。
「院長がね。圭祐がそう言うと思うから、って伝言頼まれたよ」
「え?」
「おそらく、自分をひどく責めるだろうって。『体調管理は重要だ。だけど、もし、トラブルが起こった時は自分を責め続けるよりも、再発の防止と一刻も早い気持ちの切替えが求められる。それが医師の務めだ』って」
「お見通しなんだな」
圭祐は右腕の袖で、目元を覆った。
「皆、通った道なんじゃないかな。ハードな仕事だし。動物が好きで、動物を助けたいって思いで獣医や看護師になるのに、自分の目の前で命が終わることもある現場よ」
「自分の、目の前で……」
「そう。そんな現場だから、心も体もバランスを崩すことがあっても不思議じゃないわ。ただ、しっかり休んだら、また、しっかり命と向き合う。タフにならないと務まらないわ。それが医療従事者に求められることでしょう? 人間の命も動物の命も、患者さんは待ってくれないんだから」
「そう、だな」
菜摘の声を聞いていると、スッと心が軽くなっていく。
「じゃあ、そろそろ帰るね。ゆっくり休んで。この病院は完全看護だから、何かあれば、すぐにナースコールを鳴らしてね。明日、仕事が終わったら、また来るね」
「何から何まで、ありがとう」
菜摘は何も言わず、柔らかな笑顔でドアを閉めていった。
一人になると、急に眠気がやってきた。
(本当に疲れてたんだな……)
早く職場に戻るための体力を蓄えようと目を閉じる。
「ブルー、助かって良かった――」
そう呟くと同時に、圭祐は深い眠りへと落ちていった。
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