第二十四話 交わり始めた、あの世とこの世 2
瑠璃がいつものように一生を結う作業をしていると、聞き慣れたノック音の後に、扉が静かに開いた。
「瑠璃、黒猫飼ってたよな。この子も一緒に育てられる?」
開口一番にそう言った森田の腕の中には、白い小猫がいた。
「かわいい」
瑠璃が手を伸ばすと、白猫はスルッと腕の中に入ってきた。
「『ブルー』っていう名前らしい。年齢は生後六ヶ月」
森田が書類をめくりながら、小猫の情報を話す。
「ブルー。目が青いからかな? どうしたの? この子」
瑠璃に抱かれて、ブルーはゴロゴロと喉を鳴らしている。
動物好きの満花も、あごを撫でたり名前を呼んだりと楽しそうだ。
「どうやら瀕死の状態で、まだ心臓は動いてるらしい。先に魂が天界に来たみたいだな。どうしたら良いかって、門番に頼まれたんだ」
「まだ生きてるってこと?」
「かろうじてな。でも、残念だけど、そう時間はかからず正式にこっちに来るだろう。肉体は『みなみの動物病院』でオペ中らしい」
「それって、圭祐の――」
「そう。だから、とりあえず瑠璃のところに連れてきたってわけ。瑠璃のところで育てれば、圭祐君も会えるだろ?」
「圭祐が手術を担当してるの?」
「いや、そこまでの情報はないな」
森田が書類の最終ページまで確認し、首を振った。
次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「な、何ですかっ?」
満花は驚きのあまり、耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「俺も聞いたことがない音だな」
満花を支えるようにした森田も険しい顔をする。
「私、聞いたことがある――」
瑠璃はずいぶん昔に、一度だけ聞いたことのあるサイレンの意味を懸命に思い出す。
「そうだ。これ、侵入者を報せる時のサイレンよ」
「侵入者?」
森田と満花が顔を見合わせた。
どこからか、怒鳴り声や、多くの人が走る音が聞こえてくる。
(こっちに近付いて来てる?)
そう瑠璃が思った矢先に、作業場のドアが壊されそうな勢いで開いた。
「瑠璃! その子、返して!」
「……圭祐?」
間の抜けた声を出した瑠璃から、圭佑はブルーをひったくるように抱き上げた。
しかし、次の瞬間には槍を持った守衛たちに圭祐は取り押さえられ、ブルーも圭祐の手から奪われた。
「俺、ブルーのオペ中に倒れたんだ。気付いたら、こっちに来てて……。そのせいで、ブルーは危ない状態になったけど。南野院長が処置してくれてるから、じきに息を吹き返す。だから、返して!」
「――放してあげて」
瑠璃の言葉で守衛たちは、しぶしぶ引き下がり、圭祐から取り上げたブルーを瑠璃に預けた。
「でも、こっちの世界に魂が来てるってことは、かなり危ない状態よ? 下手に魂を返したら、この子が苦しむかも。今のサイレンが鳴ったってことは、圭祐が天界の秩序に反することをしようとしてるって認識されてるはず……」
すっかり瑠璃に懐いてしまったブルーは周囲の声も気にならないのか、瑠璃の腕の中でうとうとし始めている。
「大丈夫! 絶対助かるから、返してくれ。俺が一緒に連れて帰る。『クロ』は助けられなかった。だから、今度こそ助けたいんだ。瑠璃、頼む」
(……どうして? 圭祐がクロのこと、覚えてるはずないのに)
懇願する圭祐を、瑠璃は呆然と見つめた。
「瑠璃、行かせてあげなさい。南野院長は、こちらでも名医だと有名だ。その子も、まだ生命力が残っている。おそらく助かるだろう」
「神様?」
いつの間にか戸口に立っていた神様が、こちらの様子を窺っていた。
「『人と共に暮らす生き物の一生を見守る課』の長から、許可も取ってきた」
それを聞いた瑠璃は、無言でブルーを床に下ろした。
ブルーは軽い足取りで圭祐の元へと歩いていき、ミャアと小さく鳴いた。
「『早く』と言っているようだね。圭祐君、行きなさい」
神様がスッと片手を揺らすと、圭祐の姿は霧のように消えていく。
消える瞬間、ブルーをしっかりと抱きしめた圭祐は、神様に深く頭を下げていった。
「どうして……? どうして、圭祐がクロのことを覚えてるの? それにさっきの圭祐は、いつもの軽い感じじゃなくて、まるで慶二郎さんみたいだった。真面目で、いつも一生懸命な……」
うわ言のように、独り言を口にする瑠璃に神様が尋ねた。
「瑠璃、クイニーアマンを圭祐君に食べさせた?」
「え……? いいえ、まだよ。いつも渡しそびれてしまって」
話の流れに合わない質問に、瑠璃は戸惑った。
森田も怪訝な顔をして、口を挟んだ。
「何か、関係が?」
「いや、ただ聞いただけだよ」
森田は納得がいかない、という表情で神様に強い視線を送っている。
瑠璃は胸騒ぎを抑えられず、ただその場に立ち尽くした――。
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