第十八話 恋よりも愛よりも深いもの 3
「カナさん、お帰りなさい」
そっと近寄っていった瑠璃が話しかけると、カナが歓喜の声を上げた。
「瑠璃さん! ご無沙汰しています。お元気でした? 帰ってきて早々お騒がせして、ごめんなさい」
瑠璃の手を取るカナが、申し訳なさそうに笑った。
「大変でしたね」
瑠璃は、それだけしか言葉が出なかった。
「うーん、そうね。でも、生まれ変わる前より私も成長したと思うの。だから、その点は成功かな」
「そう言ってもらえると救われます。私が亡くなる原因を作っちゃったみたいで……。何て言ったら良いのか」
カナの華奢な手を握りながら、瑠璃はぐるぐると出口のない問題に頭を抱えた。
「やだ、そんな顔しないで。そもそも無茶なお願いをしたのは、こちらなんだから。それに私、生まれ変わったことも、今ここにいることも幸せよ。ありがとう、素敵な糸を選んでくれて」
「でも、幸せな結婚も子育てもできなかったでしょ?」
カナの温かい手とは反対に、自分の手がどんどん冷えていくように瑠璃は感じた。
「そうね。でも、結婚したい相手も、一緒に子どもを育てたい相手もそばにいなかったからね。だから、肉体はなくてもね、こうして話したり触れたりできる今のほうが幸せかなぁ。ふふ、きっと死んだらそれで終わりって思ってる人はびっくりするんじゃない? 私はこっちの世界のこと、何となく覚えてたけど」
カナがくすくすと笑いながら、瑠璃に問いかける。
先ほど亡くなったばかりだとは、とても思えないカナの明るさに驚きつつも、ほんの少しだけ心が軽くなった。
『一生を結う』という役割は、これほどまでに人生を左右するのだと実感しながら、カナとの会話を続ける。
「確かに、現実をなかなか受け入れられない人もいますね。日本人は多宗教というか、神社にもお寺にも行くし、クリスマスやゴスペルも楽しんだりと、大らかですけど……。行事の感覚が強いみたいで、死後の世界を信じない人も増えています。そういう人のために、天界に慣れるまでのリハビリルームが設けられたくらいなので――」
「こちらも便利になったのね……。ねぇ、瑠璃さん。また、天界を案内していただけるかしら? 瑠璃さんと久しぶりにたくさんお話したいし。今度は、少し長めにこちらに居るつもりだから」
「はい、もちろん! おいしいカフェも増えましたし、結い子も含めてご紹介したい女性が何人かいます」
「素敵! 女子会ね」
「女子会?」
「女性だけで遊んだり、食事をしたりすることよ。今の日本では一般的なの。恋人や旦那さん、仕事の愚痴を言い合ったりね」
「へぇ、大正では女性だけで集まることは普通のことでしたけど、そんな呼び方があるんですね」
(満花ちゃんや美琴さん、エリカさんたちと話すことも『女子会』って呼ぶのかな?)
「面白いでしょ? もう一度こっちに帰ってきたら、ぜひ」
「一度、戻られるんですか?」
「清一には、あぁ言ったけど……。さすがに四十九日くらいまでは地上にいないとね。両親のことも心配だし、友達も来てくれてるみたいだし。引き継ぎ……はできないけど、やっぱり仕事のことも気になるし」
「それが良いですよ。私の経験上ですけど、できるだけご家族のそばに居て差し上げることをおすすめします」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってきます」
瑠璃の言葉を聞いたカナは、くしゅっと少し悲しそうに微笑んで、作業場の扉を閉めた。
(カナさん、博士に会えたのは嬉しいだろうけど、やっぱりご家族やお友達とのお別れは寂しいよね……)
カナのものではないが、机の上に置いていた糸をぼんやりと眺める。
カナが転生する時に結った『一生』が最善だったと言い切る自信は、今の瑠璃にはなかった。
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