第十三話 空の国の町
天界の町にお出かけです。
爽やかな風が吹く町の中を、瑠璃と満花はゆったりとしたペースで歩く。
八百屋や魚屋の主人に声をかけられ、軽い挨拶をしながら商店街を通り過ぎた。
味見や宣伝のために声をかけてくる店の人にも会釈して、また違う店をウィンドウ越しに眺める。
瑠璃の説明に満花はいちいち驚きながら、つねにキョロキョロしている。
そんな満花を横目で見ながら、瑠璃も初めて町を歩いた時の感動や、町の人たちに親切にしてもらって、今まで暮らしてきたことを思い出す。
「広いんですね――」
興奮し過ぎたのか、満花は少し息を切らしながら歩いている。
「そうね。一日で全部は見て回れないから、仕事がお休みの日に散策するといいよ。どう? この町、気に入った?」
「はい! とても。何ていうか、不思議な空間ですね。現実味があるような、ないような。でも、人も町も活気があって楽しいです」
「良かった」
転生を望まなければ、この世界に長く留まることになる。
生きている時のように、食べなければ命を落とすということはないが、やはり衣食住は大切だ。
こちらの世界でも他者や、動植物の自然とも関わりがある。そして、自分で身の回りのことをこなすのは生前と変わらない。
地上では一人で何もできなかった人が、天界へ来てから自立するケースも多々ある。
美味しそうな香りが、そこかしこでする区域を歩いていると、満花がおもむろに声を上げた。
「あ、そっか! 何かに似てると思ったら、ディズニーランドですね。ディズニーランドが商店街になった感じ。だから現実のようで、どこか夢のようなんですね」
「ディズニーランド? 私は写真でしか見たことがないのだけど、素敵よね。洋風のお城が印象的で。この町の人たちも好きみたいよ。時々、観光チケットが福引きの景品になるの。その時は、福引き券をもらうために買い物をする人が増えるって、八百屋の女将さんも喜んでたわ」
「そうなんですか? 福引きまであるんですね」
「えぇ。寿命を全うした人は、いつでも好きな時に地上に下りられるから、旅行も楽しんでるみたい。私達みたいに制限がないから」
「いつでも? お盆の時だけとかじゃないんですか?」
「そうでもないのよ。一度は天界に来て、きちんと神様と契約を交わしたあとなら、いつでも自由に家族に会いに行ったりできるのよ。だから、地上の流行に詳しい人も多いの。えっと、何ていったっけ……。東京にできた、あの、背の高い……」
瑠璃が身振り手振りで説明する。
「あ、スカイツリーですか?」
「そうそう、それ。最近、それを見るために東京に下りていく人がぐっと増えたって門番が言ってたわ」
「へぇ、本当に自由なんですね。ここでちゃんと生活できるかな? 天国ってお花畑や三途の川くらいにしか思ってなかったんですよね。だから、死ぬことも甘く考えてました」
生きていた頃には思いも寄らなかった天界の様子に、満花も驚きを隠せないようだ。
「死んで終わり」「深く眠って、意識も何もなくなる」わけではないのが天界の実情。
「もう疲れた」「ゆっくりと眠りたい」という人は唖然とするかもしれない。
確かにゆっくりと過ごすこともできる。
しかし、それは寿命を全うしたものだけに許される安らぎだ。
では、瑠璃たちのような魂に救いがないのか、というとそれも違う。
苦しく難しいステップが用意されているが、『結い子』のシステムは救済の一つだ。
そして、町で暮らすということは当然、他人と関わらなければいけない。
天界だからといって、穏やかな時間だけではない。時には小さな諍いだってある。
それを自分たちで解決しなければいけないのだ。
結い子の仕事を通して、命と向き合う。
そして、結い子になれば町での暮らしが許される。
これは、苦しい修行を越えてきたご褒美という意味以外に、他者と関わりを持つ練習をさせられているのではないか、と最近の瑠璃は感じるようになっていた。
「最初は不安だよね。でも、安心して? 私も生まれ変わる気はないし、ここの生活に満花ちゃんが慣れるまで、色々とお世話させてもらうから。修行は結い子になってからが一番長いからね」
「よろしくお願いします」
満花が立ち止まって丁寧にお辞儀をしたころで、瑠璃も微笑んで軽く頭を下げた。
「こちらこそ。で、ここがその美容院です」
満花が顔を上げると、目の前には木材がふんだんに使われた外観の店があった。
外国のお伽話に出てくるような、リスやウサギが住んでいそうな見た目だ。
「風見鶏? 美容院にしては珍しい名前ですね」
「町の真ん中に建ってるからね。あと、その噴水が中心の目印ね。道に迷ったら、ここで方角を確かめるといいよ」
風見鶏の向かいにある大きな噴水が、空高く水しぶきを上げる。陽の光を受けて、ところどころに虹ができている。
噴水のまわりでは子どもたちが水をすくったり、かけあったりして、はしゃいでいた。
それは、まるで平和の象徴のような場所だ。
「綺麗でしょう? 疲れたら、ここで休むのもおすすめよ。風見鶏の店長もね、この噴水に負けないくらい素敵なの。入りましょうか」
瑠璃がドアを開けると、ふんわりとアロマオイルの香りが風に運ばれる。
「わ、すごい。バリ風?」
「良いでしょ? 私のお気に入りのお店なの」
店内も天然の木材が活かされ、アロマオイルの良い香りで満たされている。
外観はヨーロピアン。しかし、内装はアジアンテイストで初めての客のほとんどが驚く。
広くはないが、座り心地の良さそうな椅子と、凝った意匠の鏡が優雅な気分にさせてくれる。
背の高い観葉植物や、水を張った木の桶に浮かべられた色鮮やかな花々。
波の音やイルカの鳴き声も、どこからか聞こえてくる。
活気のある外の町並みに比べ、店内は少しだけ時間がゆっくりと流れているような気がした。
お読みくださり、ありがとうございました。