第十一話 同じ道を歩く人たち
天界パートに戻ります。
天界には、地上のように二十四時間で朝と夜が廻るというシステムはない。
働き続ける時もあれば、長時間眠り続ける時もある。
のんびり考え事をして過ごしたり、人や精霊たちとお茶をしながら談笑したりと、気分や状況に応じて行動する。
瑠璃は先日に地上へと旅立った母を想い、ここ一週間ほど、ぼんやりと過ごしていた。
(経験がないから分からないけど、親を天国に送る時もこんな気持ちになるのかな。そういえば、おじい様を見送った時は、こんな気持ちだったかもしれないな……)
気が入らないため、仕事もあまり進まない。
後がつかえているから、九十パーセント満足するものが結えたら提出するように、と瑠璃の上司にあたる森田清一から度々の催促をされている。
それに対して、無責任だから嫌だと断る瑠璃にイライラしながら帰っていく後ろ姿も、だんだんと見飽きてきた。
幸い、瑠璃が今担当している女性は「いつまででも待つ」と言ってくれている。九十八歳まで生きて寿命を全うしたその女性は、瑠璃を孫のように可愛がってくれていた。
生まれ変わる本人が遅くなっても良い、と言っているため、森田もあまり強くは出られない。
森田も結い子の中では古株で、生前は優秀な学者だったらしい。森田が亡くなったのは昭和時代。享年は三十代半ば。
いつも、スラックスにワイシャツをきっちりと入れ、第一ボタンとネクタイは緩められている。私生活には無頓着そうだが、ワイシャツに皺はなく、ネクタイの色はよく変わる。
短い黒髪が乱れたり、寝癖が付いているようなところも見たことはない。
立場や常識ということもあるが、これらが彼の性格を表しているのだろう。
亡くなった順でいえば瑠璃の後輩になるが、今の立場は瑠璃よりも上だ。
彼は頭の回転の速さと親しみやすい性格で、どんどんと出世していった。
そんな森田を尊敬と親愛を込めて『博士』と呼ぶ者も多い。
森田は結い子としても優秀だったが、最近はあまり一生を結っていない。
結い子たちが仕上げた一生を、それで問題がないかどうかを神様にチェックしてもらいにいくことが現在、森田の主な仕事だ。
しかし時々、老若男女問わず、気に入った人の一生を気まぐれに結うことがある。
そして、その高い完成度から、まるで花魁の中でも格が高い『太夫』のようだと、誰かが冗談めかして言っていた。
太夫は花魁の中でも、ごく一部しかいない。そして、客を選ぶ権利があった。
森田がしていることは、それに近いものがある、と。
(慶二郎さんの時は、とんだ失敗作だったけどね)
何をどう間違えば、慶二郎の魂が圭佑のような調子の良い男に生まれ変わるのか、瑠璃はいまだに納得していなかった。
初めて圭佑の性格を目の当たりにして、森田に怒鳴り込みに行った日のことは今でも鮮明に覚えている。
しかし、圭佑と会う機会が増えるうちに、その怒りが少しずつ収まっていることに、瑠璃は気付かないようにしていた。
扉を叩く音で、来客を知らされる。
「どうぞー」
気怠げに突っ伏して、机に顎を乗せたまま返事をしたが、いつまで経ってもドアが開かない。
仕方なく、瑠璃は重い腰を上げた。
ドアを開けると、森田と目鼻立ちの整った女性が立っていた。瑠璃は女性に軽く会釈をしたあとに、森田に現状を伝えた。
「森田博士。今日も、まだ仕上がってないんだけど――」
提出できない、と何度目かの断りを入れようとすると、森田は瑠璃の言葉を遮った。
「今日は違う。用事があるのは、この女性」
瑠璃は改めて、女性の顔に視線を移す。
「えっと……、どちら様?」
「新人さん」
さぁ、どうぞ、と森田に招き入れられた女性は、顔の皮膚が張り付いたように無表情だった。
綺麗な顔立ちをしているだけに、心のない人形が立っているようだ。
新人というからには彼女も訳ありで、やはり止まった時間の中にいるのだろう。
「初めまして、瑠璃と申します。ここで結い子をしています」
少しでも空気が和むように、と瑠璃は柔らかい笑みを向けた。
「満花といいます。歳は二十一です。先月、こちらの世界に来ました」
「先月?」
瑠璃は確認するように、森田の顔を見た。
亡くなってから一ヶ月で結い子になった人など見たことがない。
「あぁ、彼女は優秀でね。一ヶ月もしないうちに最終段階に入ったんだ。瑠璃も早かったらしいけど、満花のスピードは異例だそうだ」
「私は何年もかかったもの。一ヶ月なんて、すごいわ」
二人の賞賛に割って入るように、満花が少し大きな声を出す。
「すごくなんてありません! それに私、生まれ変わる気はまったくありませんから。どんなに早く修行が終わったって、意味がないんです。あんな場所には、二度と戻らない」
息を上げながら言い切る満花を前にして、瑠璃と森田は顔を見合わせた。
すると、森田が瑠璃を見ながら、意味ありげに目を細めて笑う。
「というわけで、満花の指導者は瑠璃だから」
「へ? どういうわけですか」
「すぐに分かるよ。君たちは似てるから」
じゃあな、と瑠璃と満花の肩を軽く叩き、森田は出ていった。
呆然としていた瑠璃ったが、初めてのことだらけで満花はもっと不安だろうと明るく話しかけた。
「あ、じゃあ、作業の手順をお伝えしますね。こちらへどうぞ」
作業机の前へそっと導くと、満花は黙って付いてきた。
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