第一話 消せないきっかけ
過去に書いていた作品を、引っ張り出してきました。
加筆修正しつつ、投稿します。
流れる水の音、水が浸み込んだ着物の重さ。今もまだ覚えている。
赤い袖が川の中で揺れているのを見て、「鯉のぼりみたいだ」なんて思う、妙に冷静なもう一人の自分がいた。
真冬だったのに、寒さや水の冷たさは感じなかった。
感じない時点で、もう死んでいたのかもしれない。
あの日のことは忘れられない。だから、今でも夢に見る。
そして、こんな夢を見るときは、いつも何かしらの変化が起こるのだ。
瑠璃は、ゆっくりと寝台から起き上がると小さな溜め息をついた。
俯くと腰まである黒髪が頬をかすめ、寝間着の浴衣を合わせた胸元に陰を落とす。
その影が心の奥まで侵食しそうで身震いがした。
振り切るように、髪を馬の尻尾のように束ねた。髪をひっつめると、少しだけ気持ちがしゃんとする。
もつれた毛先につげ櫛を通しながら、ざっと今日の予定を確認する。
「特別な予定は、ないはずなんだけど――」
瑠璃は何とも言い表せない不安を抱いたまま、ゆっくりと櫛を鏡台へと戻した。
視線を前に向けると、不安げに眉の下がった少女が鏡に映る。
不細工だと言われたことはないが、子犬のようだと比喩される顔立ち。
大きな瞳に丸みの残る輪郭、大人になりきる前の愛らしさと言えば聞こえは良い。
しかし、色恋の対象になるかどうかといえば、おそらくそれは難しい。
そして、それが永遠であれば、まるで呪いのようだ。どんなに精神が成熟しても、外見が成長することはない。
これも、ひとつの罰なのだろうか。
約百年――
大正の頃のまま、変わらない自分の姿から瑠璃はそっと目を逸らした。
お読みくださり、ありがとうございました。