3、【アナザーストーリー】料理修行 ※挿絵あり
ー数年前ー
どドドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオンッ
その日、俺の家の周辺一帯に轟音が鳴り響いた。
果たしてその原因は何なのか!!
災害か? 敵襲か!?
違う……どちらもその原因ではない。その原因は……。
「~~~~~どっこの世界に、料理してたら粉塵爆発起こすやつがいるんだ!? アニエーーーーーーーーーーーーーースッッッ!!!!(怒)」
小猿アニエスが顔を真っ黒にし、口から黒い煙をけふーっと吐く。それを俺はぎろりと睨んだ。
「え、えっとえっと、その……上にある石炭を使おうとしたら、落としてその粉が激しく舞って……その時ちょうど料理しようと、かまどを使っていて、それで……それで!!」
アニエスが必死で弁明する中、その様子を冷静に分析するは他の弟子二名。
「あーあ、師匠の家、こりゃあ半壊だね……」
「僕、粉塵爆発はじめて見ました。すごい威力ですね?」
「おいっ!! お前らもなんでそんなに落ち着いていられるんだよ!? もしかして俺が異常なのかな!?」
逆にこんな中、慌てる俺が異常者みたいなんだが!?
「うーん……師匠、取りあえず魔法で早急に鎮火もしたし、フットマンに頼んで業者も呼んだから、あ、もちろん修理代はロナ家で出すから安心してね? …………高額な支払いに物言わせて超特急で直してもらうからさ。三・四日後には無事にきれいに元に戻ると思うよ?」
「先ほどホテルも手配しました。今夜はそちらに僕らも泊まりましょう。ここでわざわざキャンプするのも非常にアホくさいですし……朝昼晩、食事付きですが、問題ありませんね?」
なっんで君らそんなにトラブルに対しての対応が的確かつスマートなの!? やだ、怖いこのティーンエイジャー未満男子ども!!!?
「ご…………ごめんなさい師匠。お家とご飯を……ムチャクチャにしちゃいました…………」
そこで、事の元凶が蚊の鳴くような声でプルプル震えて謝ってきた。
「いやいや、全くだよ。もう怒り通り越して、俺は疑問しか浮かばないぞ!?」
「ごめんなさい…………本当にそんなつもりじゃなかったんです。ごめんなさいッ!!」
アニエスは服をギュッと掴み高らかに宣言する。
「でも!! 次はぜったいに失敗しません!! 師匠と皆に誓います!!!!」
だがそれに対して俺含む男子三人は…………。
「いや……悪いけど、お前は今日で料理担当はクビだ…………」
「今回は、まだ良かったけど、次は怪我するかもしれないしね?」
「お嬢様、次回から片付けかお洗濯をお願いできますか…………?」
「そ、そんなーーーーーーー!!?」
アニエスは一人、ガーーーンとショックを受け、落ち込んでしょぼんとうな垂れるのだった……。
◇◇
爆発から二週間たった頃、アニエスはロナ家の全食事を担っている厨房調理場へと足を向けた。
「クラーラさん! 私に料理を教えてください!!」
天気の良い日で、幼いアニエスはやる気満々だった。そんな彼女の様子に女コック長のクラーラはその目を丸くする。
「お嬢様がお料理をするんですか? 我がロナ家のお嬢様が?」
「うん!」
「いったいなんでまた!?」
「…………復讐するため!」
復讐とはこれまた物騒だったが、クラーラは詳しくその復讐について聞いてみることにした。
内容をある程度聞くと、クラーラは丸い顔の片眉を上げ、ニヤリとする。
「なるほど……つまりは女の意地なんですね? お嬢様!」
それにアニエスはコクコクと頷き、鼻息を荒くし、顔にぎゅっと力を入れてみせた。
「お食事の二時間前からキッチンは慌ただしくなるので…………そうですねえ? お茶の時間の頃合いならお教えできると思いますよ?」
「!! ありがとうクラーラさん、それならお礼は何がいいですか?」
クラーラはアニエスの言葉にひどく驚き、プッと噴き出すとそのままゲラゲラと笑って、ついには耐えられずにお腹を抱えだした。
「え!? どうしたの」
「くくくっ……お給金は十分に貰っているので今回は特別にお礼はいりませんよ?」
だがそれに、アニエスはもじもじと居心地のよくないバツが悪そうな様子になる。
「あの……でも実はお料理何度かしてみたの、でも何度も失敗してて、もしかしたらすごく長い期間が必要かもしれないから……」
クラーラはそんな弱気になるアニエスに、優しく微笑んでからウィンクした。
「大丈夫! 私だって長いこと見習いを経てコックになって、副コック長になって、いまコック長なんです。上達に長い時間が必要なのは誰よりも存じております。そうですねえ……ただ、皮むきとか片付けをほんの少ーしだけ手伝ってもらうことになるかもしれませんね? それでもよろしいですか?」
「私はなんでもします! どうか、ビシバシとしごいてくださいボス!」
「…………よろしい!」
「……あ、あとこのことはアレクサンダーやエースには内緒なの! どうかご内密に……」
「お坊ちゃまはつまみ食いの時くらいしか来ませんが……問題はアレクサンダーですね? では、その時は私のスカートの中にお隠れ下さい!」
「……………………こんな風に?」
「ええ、…………い、いつの間に!?」
「えへへ!」
かくして、アニエスの料理修行が始まったのである!!
「そうですね、ではまず粉を計って」
「くっしゅん!!」
「……やり直しですね」
「卵は割れましたかお嬢さま?」
「………………待って、いま殻を取っているところだから!」
「……まずは、卵を綺麗に割るところから始めましょうか?」
「では、ブランデーを少し注ぎ……」
どぼどぼどぼどぼ。
「きゃーーーーーー!! 火があああ!!」
「み、水! 濡れタオル!!」
「次に、隠し味にチョコレートを……」
「!!」
「……お嬢様、食べっちゃったんですね?」
「お、おやつかと思っていました。ごめんなさい……」
「なるほど、分子が大きい方から順にいれて味を馴染ませるから、砂糖を先に入れるんだ! あと、食べ物に熱が入って茶色になるのは糖とタンパク質が関係するのかあ……納得だね!」
「……………お嬢様、またずいぶん難しいご本でお勉強してますね……。難しくて余計にわからなくなるんじゃないですか??」
「? 理屈がわかった方が、なんでも簡単じゃないのかな??」
「アニエスー! ……アニエス、今日のランチってさあ? って、うわっ! 何そんな、まずそうなもの食べてるの!? …………もしかして今日のランチってソレ?」
「……ううん、これはね。私だけ…………」
「なんでそんなの食べてるの!?」
「エースったら知らないの? これ、実は体にすっごく良いんだよ! …………うええっ、まっずぅ!」
「やっぱりまずいんじゃん」
「お嬢様。お茶の時間です」
「うっぷ、大丈夫。というか夕飯も大丈夫……」
「どうしたんですか? 具合でも悪いんですか!?」
「ううん、元気だよ!」
「……お嬢様、最近、一体どこで何をしていらっしゃるんですか? 宿題はやっているようだけど授業に遅れてくると家庭教師の先生がカンカンに怒っておいででしたよ?」
「えーと、少し野暮用があるのよ……」
「……また、変なことじゃないでしょうね?」
「アレクサンダーは疑り深いなあ。そんなんじゃありませーん!」
「…………いや、疑われるのは普段の行いがあるからこそなんですが」
ーーそして、月日は流れ季節が巡った。
「!!」
アニエスは一匙すくい味見をしていた。横からクラーラもスプーンを入れ同じく味見をする。
「!! お嬢様、コングラチュレーション!! これは完璧ですよ!?」
「ほ、本当に!?」
「自分でも美味しいって思ったから驚いたのでしょう?」
「うん、そうだけど……正直、あんまり食べ過ぎて自分の舌に自信が無いの……」
クラーラはそんなアニエスににっこりと笑いかけて言う。
「自信を持って大丈夫ですよ! ロナ家の台所を預かるコック長がその証人になるんですから!」
「!!」
それにアニエスは嬉しくて、思わず手足をジタバタばたつかせ、全身で喜びを表した。
「とはいえ、ここで教えるのもそろそろ限界なんですよね……?」
「え……!?」
「アレクサンダーが何か勘付いているみたいで」
「じゃあ、これからどうしよう……」
「そこで提案なんですが……マーサ! 来てちょうだい!」
そこに現れたのは、アニエスも何度か見たことのある。通いのコックの女性である。
「ほとんど初めましてですよね? はじめましてお嬢様。私はマーサといいます。じつは私は教会やチャリティーのための手作りのお茶会を開いておりまして…………ご近所の人や近隣の町の方をよくお招きしているんです。だけど最近ありがたいことに評判が良すぎて人手が足りていないんです」
「……お嬢様、いずれ大きくなったら行うことになる貴族のお嬢様方がされる慈善活動の一環として、良ければどうか彼女のお手伝いをしてあげてはくださいませんか? 家令のアーネストにも一応、話は通してあるんですが……?」
アニエスは、その話を聞きびっくりした。それで、それから少し考えてみる。
「……あの、質問をしてもよろしいですか?」
「ええ! どうぞ」
「……他にも、いろんなお料理を覚えられますか?」
「もちろん! 王都で一番人気で一番厚みのある家政本に載っている料理なら、全部作ることが出来ますよ?」
「……あと、私いつも参加するのは難しいかも……習い事がとにかくいっぱいあるの。今までは家だから時間を見つけて来ることが出来たのだけど……」
「そのことも、もちろんわかっております。お嬢様の負担にならず、楽しめるペースで手伝ってくだされば十分ですわ!」
「それなら……どうかよろしくお願いします! マーサ先生!」
そう言われ、二人は驚いたように顔を見合わせてから、フッとお互い笑い優しくアニエスにほほ笑んだ。
アニエスはそれから、マーサの指導のもと、いろんな料理を覚えた。
パイやケーキやパンに始まり、肉料理に魚料理に、主菜副菜、パーティーメニューや催事メニュー。季節のおもてなしや保存食などなど……気付けば趣味の域さえ出るほどの腕前になっていた。
ーーそして!
「師匠ーーーー!」
復讐を果たさんと、師匠の自宅兼研究室へと幼いアニエスは籠いっぱいのパンやジャムを持って、訪ねたのである。
「……師匠?」
だが、なんだかその日は様子がおかしかった。
なんだかいつもと違う…………。
物はそのままなのに、シンとしてなんだか火の気がなく、やたらとひんやりとしている。
「師匠? 日用品の買い物なのかな……」
アニエスは、勝手知ったる我が家のように中をうろうろとする。そうしているうちに、ひどく嫌な予感がした。
…………テーブルの上には食べ終わった皿とフォーク、巻きたばこの灰皿がそのままにしてある。
食事中に調べものでもしていたのだろう。その時、開いた状態で伏せてもいない本のページが、空気にあおられ、遊ぶようにふわふわしていた。
けれどアニエスは知っている。
ジオルグが無頼漢に見えて、実のところ真面目で几帳面な性格だということを……。もし、買い物に出ているのなら、彼はこんなやりっぱなしで出かけたりは絶対にしない。
じゃあ、少しの間だけ何かでここを離れているというのなら、それにしては空気があまりに冷え冷えとしていた…………。
「師匠、師匠! ……師匠!? どこですか!! いたら返事をしてください!」
アニエスは、家中を走り回った。
もしかしたら、ケガや病気で倒れているのかもしれない、そう思い。思いつく限り、庭や納戸や鳥小屋だって、くまなく探した。
そしてついには……。
「こうなったら、奥の手よ!」
アニエスは魔力の残滓を辿ることにした。
ジオルグ自体は目しか魔力を通さないが、彼のアーティファクトはかなりの魔力を有する代物だし、彼はそれで毎日、稽古を欠かさない。だから絶対魔力の気配があるはずだと。
ーーしかし、そこに魔力の気配は一切残っていなかったのである。
それはつまり…………何日も彼が帰っていないという紛れもない事実。
そして、それから何日、何か月、何年たっても……待っても、彼は戻ってくることはなかったのだった…………。
◇◇
ーーそれから数年後。二人はついに砂漠の町で再会を果たす。
「あーーーーん。……どうしたんですか?」
「いや、お前が自分で、味見すればいいだろう?」
ジオルグのそんなもの言いに、アニエスは口を尖らせ不服そうに抗議した。
「師匠のために作ったのに、師匠が味見して気に入らなきゃ意味がないでしょう?」
そういって、なおも匙をジオルグに向け強引に差し出す。ジオルグは戸惑いつつ仕方ないと口を開いた。
「あーーーん……いかがでしょうか?」
大きな美しい瞳を不安げに震わせ、アニエスは上目遣いでジオルグの様子に固唾をのむ。
「!? えッ、んま!!」
「良かった―――!!」
この反応にこれまでの不安が解消され、それはそれは嬉しそうにアニエスは微笑み、頬を赤らめた。
それにジオルグも胸を突かれて赤くなり、思わず胸をおさえる。
「師匠どうかたくさん召し上がって下さいね? 師匠の好物をいっぱい準備したので……!」
そう、数年間。
この復讐を終えるまでの間、アニエスの料理の腕はすっかり玄人レベルにまでなっていた。
初めて食事を作った時に不味いといわれ、次も、その次も、それから何度か作るごとにまずいと言われて、ついには粉塵爆発を起こし、弟子三人の中で唯一、料理の番を降ろされてしまった。
アニエスはこれが悔しくて寂しくて……いつかこの師匠に自分の作った食事を安全で「美味しい」といわせてやると復讐を誓ったのである。
しかし、まさかこんなにも時間がかかるとはアニエス本人も、夢にすら思っていなかった……。
「師匠……美味しいですか?」
「うん! 旨い、旨すぎる!!!」
「ふふふ…………ざまーみろ!」
「??」
アニエスはこの時ようやく長年の復讐を果たせたのである。
※『粉塵爆発』の原理や起こし方がわかったのは、1845年Faradayの研究が始まりとされることが多いです。1878年のワッシュバーン製粉所の粉塵爆発を記したステレオグラフの写真が残っています。
※このお話に出てく「家政本」はイザベラ・メアリー・ビートンの『ビートン夫人の家政読本』をモデルにしています。
※モデルにしている19世紀後半イギリスではパイプたばこが主流でしたが、19世紀後半には紙巻きたばこの国産工場ができ、販売流通がされると同時に、たばこの危険性がいわれたころでした。




