2、後編
ーー
「……え? それでは師匠は貴族だったということですか?」
乳歯の抜けた幼い間抜けな顔で、そう小猿のようなその娘が尋ねた。
「ああ、でも俺の魔力はこの目にしか宿らなくて兄弟も多かったし……用無しだと生家から追い出されて修道院に入れられたんだ」
「…………」
「だから、『魔力無し』のお前と俺は少し似てるかもしれないな?」
そう言うと、アニエスは少しだけはにかむように俯いた。
「……そうですか」
わずかに口もとを綻ばせながら……。
ーー
さっ最悪だ。
最悪の夢見だあ……!!?
よりにもよって、夢の中でアイツと……いたすなんて……!?
それというのも昨日のあのやり取りのせいだ?!
(「私、師匠なら間違えてもいいけどな……?」)
(「…………知ってます。師匠の筒がここに入る事でしょう?」)
……………はあ……。
俺、もっと高い志というか………心根を持った奴だと自分で自分のことを勝手にそう思っていただけに、自分に幻滅するよぉ。
……それにしてもさっきから、やたらといい匂いがするな?
思わず匂いをたどって鼻がくんくんと動く……。
すると、いきなりテントの入り口が開いた!
眩しい朝の光が差し、俺をこんなに苦しめた元凶がひょいと顔を出す。
「師匠様。おはようございます! 朝ごはんができましたよ?」
「って! お前、何ちゅう格好をしてるんだ……!?」
俺が慌てて言うと、そのやたらめったらに可愛い顔をきょとんとさせる。
「? 何の事でしょう……」
「だって、それ……裸エプッ……」
「ああ!」
俺の言葉にアニエスはくるっと体を回転させ、背中を俺に見せる。
いわゆるタンクトップに、男物の麻のズボンを自分で切った短パン姿で、ちょうどその部分がエプロンに隠れ、前から見ると裸の様に見えていただけらしい……。
「これで安心されましたか?」
……なんて素晴らしく可愛いぷりんっとしたお尻なんだ? って、ハッ!!
「じゃあ、早く起きて顔を洗ってきてくださいね? 待っていますから!」
そう言って、入り口を閉めた。
「~~~~~~~~~!!」
俺は言われた通りに起きて着替える。
魔符で出した水で顔を洗い、歯も磨き、髭も剃る。
「師匠、昨日はよく眠れましたか? 私は……少し懐かしい夢を見ましたよ?」
「……いや、あんまり」
「え……それは大丈夫ですか? 今日は本格的に動き出すつもりなのですが?」
「ああ、そっちなら大丈夫! あと朝食も作ってくれたんだな?」
昨日は、軽くレーションのようなものだけ食べて寝ただけなので、なかなかに腹が減っていた。
「師匠が昔、『いろいろ教えを乞う身なら飯くらい作れっ!』 とおっしゃったんじゃないですか? 包丁も持ったことがない子供に!」
……? そういえばそうだったかもな。
今なら児童なんちゃらで掴まるんじゃないか!?
「ですが……お陰様でこうして今も役に立っておりますので、師匠には今も感謝しております!」
そう言い鍋をかき混ぜると匙を掬いフーフーと息を吹きかける。
「師匠、あーーーーん」
…………。
「あーーーーん。………あれ? どうしたんですか?」
「いや、お前が自分で、味見すればいいだろう?」
それに、アニエスは口を尖らせた。
「師匠のために作ったのに、師匠が味見して気に入らなきゃ意味がないでしょう!?」
そういって、なおも匙を俺に向け、差し出す。
俺は仕方なく口を開いた。
「あーーーん……いかがでしょうか?」
透き通るような大きな瞳を不安げに震わせ、上目遣いで俺の様子を伺っている……。
「!? えッ、うわ、んまあ!!」
「良かった―――!!」
アニエスはそれは嬉しそうに微笑み、頬を赤らめた。
あ、コレ、ヤバいヤバい。
ヤバいっっつ!!
「師匠どうかたくさん召し上がって下さいね? 師匠の好きな物をいっぱい用意したので!」
靴の紐すら従者に結んでもらう深窓のお嬢様。
そんなこいつがあまりに健気に、まめまめしく俺の世話を焼いてくる。
俺のために作られた食事……。
そんなものをまた口にできる日がやっと来るだなんて、昨日までは想像すらできなかった。
「~~~っっああああああああああああ! 神様神様かみさまっ!! 俺は真っ当でいたいんです!! どうか、……もうこれ位で勘弁してくださいいい!?」
「ど、どうされたんですかお師匠様!? 大丈夫ですかっ?」
はあ……もお絶対にこいつの依頼、今日中に終わらせるぞっ!?
「実は以前にもここには偵察に来たことがあるんです。見たところ、その時からアーティファクトはかなり動いている。最初は砂嵐に煽られたためかとも思いましたが………風向きと逆方向に移動しているので、……どうやら『大砂蛇』のお腹の中にあるみたいですね?」
食事をしながら、今回の目的を説明される。
「『大砂蛇』か……デカさにもよるが、厄介な魔物だな……?」
傭兵に出ていた冒険者ギルドがこいつに一個師団壊滅なんて話はざらに聞く。
「武器は色々用意しました。でも、師匠がいれば百人力どころか万人力です!」
「……俺はいま錬金術の研究所も無く、ほとんどこの愛用しているアーティファクトの武器『ロレイザ』単体しか頼りが無い。あんまり楽観視するな!!」
そう言うと、アニエスは覗き込むように俺を見つめてきた。
「……そもそも、『伝説』とまで称され………『法皇のアーティファクトを操り、大地を一瞬で駆け、数千の魔物をたった一人で打ち負かす』とまで言われて多くの人に憧れ畏怖されていたお師匠様が………………何故そのようなとんでもない事態になっているのですか?? 借金のことといい、……見た目は無頼派ですが、師匠本当はおそろしく品行方正で真面目な方なのに……?」
「…………話したくないんだが?」
「面白くない話だからこそ、いっそ全部吐き出して一度スッキリしてみては? ……幸いなことに今この砂漠にいるのは私達だけではありませんか?」
そう静かに優しく諭され『確かにそうだ』と俺は妙に素直な気分になった。
それで、なぜ今こうなっているかについて全部を全部、話すと長くなるので、要所要所を掻い摘んで話をする。
「それはまた転がり落ちるような不幸の連続……」
「……るせっ!」
「でも、その元婚約者さんもまた、どうして弟さんに行ってしまったんでしょう?」
「俺は優しすぎて、実に退屈でつまらない男なんだそうだ!!」
「ええぇっ! こんなに面白くて興味深い男なのに!? …………なるほど、師匠は歴代の恋人さんたちには危険だからと冒険しているところへは絶対に連れて行きませんでしたからね……。わぁ、勿体無いな――超かっちょいいのにいぃ!?」
アニエスが再度、俺を見つめた。
……こいつの瞳ってどこまでも深く透き通っていて、なんだか吸い込まれそうだぞ?
「じゃあ、師匠のそんな素晴らしく格好いい姿を知っている異性は、世界中で私だけなんですね? ……ふふっ、なんだかとっても優越感!」
そう言って、俺の膝に甘えてきた。
おいおい、止めろ…………。
コロンと仰向けになると、その豊かな胸が、シャツからこぼれそうになる。
長い睫毛に隙間なく覆われる七色に輝く大きな瞳が、ゆっくりと瞬きする……。
全体的にひどく整った上品な作りのこの顔立ちは、よくよく見ると可愛い系ではなく綺麗系だ。
色も形も良い小さな唇……。これで化粧知らずのドすっぴんというのだからマジでビビってしまう!
これは……何万という世の女達から、そうとう嫉まれに恨まれてきたに違いない……。
「師匠の格好いい姿を見たら、世の女性たちは皆、師匠にむちゃくちゃにされたいって、絶対に思いますよ?」
小さな口が、生意気にもそんな殺し文句を吐いた。
んーっ……ていうかそれ、俺の雄姿を見た事があるお前は俺にむちゃくちゃにされたいと思っていると意訳も出来るわけだが、そこんとこどうなの……??
「……うん、師匠としてのアドバイスだ。どんな男の前でも、基本、無防備な姿をさらすんじゃない!!」
それに驚いたようにアニエスは飛び起きた。
「無防備……?? 私って無防備でしょうか?」
下着みたいなシャツに短パンの高露出で、男と砂漠に二人きり。
俺の知る限り、無防備の真骨頂といえますが!?
「もしかして下着を身に着けていないからかな?」
んなっ、ん……だっ……と…………!?
確かにっ、そうじゃないか……そうじゃないか!?
………とは思いつつ、エプロンに阻まれているし、いやいや~、そう見えるだけで、きっと身に着けてるって! と自分に必死に言い聞かせていたのに……!!??
「……ま、また、悪い冗談だろう?」
最高すぎる状況に逆に怖気づいた俺は、否定したくて思わずそんな言葉がでた。
するとおもむろに俺の両手に自分の手を添えると、アニエスはそれをそのまま自分の両胸にあてがう。
「ね? 何も無い」
……諸君、知っているか? この十代特有の生意気な張りと弾力と昇天してしまいそうな柔らかさを!?
布二枚ごしでも実に得も言われぬ至高の感触………!!!!
こんな枕があったら、恐らく永眠できるっ!!!!!!
「~~~~~ばーーカバーーーカ!! お前あほか!? 何やってんの!!?」
「いえ………嘘をついたと思われるは心外。ならば百聞は一見に如かず……とはいえ、見せるのにはさすがの私も抵抗を覚えますので、それなら触ってもらえば一番手っ取り早い! ……と思いまして?」
何、その羞恥の基準!?
「じゃあそろそろ、片付けて行きましょうか? 下着も乾いたことだろうし!」
そう言ってテントを張っていた紐から、干していた下着をさっと取った。
……………え、ずいぶん可愛いの着けてんじゃんか?
って、また! 俺の馬鹿野郎ッ!!?
しっかりテント後を片付けて大砂蛇の生息地まで一気に進まんと、魔符で召喚獣を呼びその背中に乗る。
「この太陽ぎらつく中、叩くつもりか……?」
それに、アニエスは肩をすくめる。
「まさか! 距離があるので昼間に出来るだけ目的地に近づき、夜に動きます! 大砂蛇は夜行性なので昼は地中深く潜っていて、どちらにせよ昼じゃ捕まえられません」
そう言い、昼間はひたすら移動することになった。
しかし、ここは砂漠で移動するだけで、このギラギラと照り付ける太陽に体力を奪われる。
「水があるのが救いだな……」
途中オアシスを発見したのでそこでしばし休憩する。召喚獣もへばりだしたのでここで一度、召喚獣を返した。
食事をアニエスが簡単に作り一応持ち歩ける携帯食も準備する。
戦いの直前に空腹で動けないのを避けるためだ。そして、手持ちの武器やアイテムを再度、確認する……。
「魔符が残り五十か……ここら辺は十分だな。散弾銃に、爆薬、手榴弾……さすが公爵家お嬢様だ。良いミスリル・ダガーを持っているし……しかもそれが二本か。俺たちは魔法が使えないから用心を重ねるに越したことはないな?」
「師匠は本当に『ロレイザ』のみですか? 錬金術の他のアイテムは……?」
「悪いがそれらは、とっくの昔に使いきっちまってな……」
「それなら、これを使ってください!」
「これは?」
「アーティファクトの特殊効果の使用回数を倍にするアーティファクトの模造品です」
「……模造品?」
「オリジナルをもとに製作しました。実験段階では成功しています」
「聖遺物で、オーバーテクノロジーと言われるアーティファクトの模造なんて……そんなの可能なのか!?」
「すごいでしょう? 我が義弟は顔が良くてスタイルも良くて、魔力は底なしで、しかもその魔法がむちゃくちゃ強力で、さらにはオーバーテクノロジーまで手中に収めんとする。ミラクルハイパーな大天才なんですよ? ちょっと神様に『公平』という意味について問いただしたくなりますよね……?」
「エース……あいつ要領良いし顔と頭が良い上、こんなもんまで作っているのか? これが所謂チートってやつか!?」
「……そして極めつけが『竜』持ちですからね……?」
それに、俺は目を見開いた。
「……え、何?」
「因みに、アレクサンダーも……それから一応この私も」
まさに頭を岩で殴られたような衝撃。
「師匠の愛弟子たちは皆、優秀でしょう? まさに『伝説』級に……?」
「……よくお前を外に出すことを国が許しているな!?」
それこそ、歩く最終兵器の国家機密じゃないか………!?
「これでも大人しく、ほぼ四年間、人質をしていましたから……? エースとアレクは、今も軍と魔法学校に監視されて生活しています。私も先日『また人質生活に戻らないか?』と誘われたばかりです」
「そりゃあ、また随分な誘い方だな!?」
俺の弟子を何だと思っているんだっ!!
「……ええよりにもよって『王太子の妻になって王宮に戻ってこい』だなんて!」
………………………んっ? え、え?
それこそちょっと待って……??
「…………それは、いったい誰に言われたんだ?」
「セオドリック王太子殿下ご本人から」
……王太子にプロポーズされてるじゃねーかっ!?
「この宝探しも私の事業の一環なのですが、セオドリック殿下の観察下に置くことを条件に許されておりまして……色々後援もされている形になっております」
そ、そんな、こいつの我がままを可能な限り聞いて、後援までするなんて……どうしようもなく愛されてるんじゃねーか??
これぞ世に言う『溺愛されてる』ってやつじゃないのか!?
確かに誰でもイチコロとは思っていたが……まさか本当に国の王太子を落としているなんて普通思うか!!?
「…………おい、お前今回一人で出てきて、しかも途中から俺と二人きりってことを王太子殿下はご存じなのか……?」
それに、アニエスは不思議そうにする。
「いいえ、『安全対策を十分にして行ってまいりまーす』としか言っておりませんよ?」
……お、おーーーーーい。めちゃめちゃ嘘ついてんじゃねーかよー!?
「~~~~何が安全対策だ!! そんなもん全然してないじゃないか!?」
「え? 師匠以上のボディーガードなんてこの世にいらっしゃるでしょうか? ……いませんよね!?」
「俺は今は錬金術が使用できない上、それに王太子の考える安全対策には…………………………っっ」
男への対策も、絶対に含んでるっつ―――――のっ!!!!?!
……………恐ろしい!!!!
いや確かにこいつ。昔のあんな小猿の獣時代から、妙に年の近いの男子に人気があったしな………?
時にアフロヘアーになった時も、ニキビだらけになった時も他の奴らは屁でもないと惹きつけていたし……あれがいわゆる魔性ってやつなのか?
だって例の二人だって……。
「あ………そういえば……そう……エースとアレクサンダーには彼女か……婚約者はいるのか……?」
それに、アニエスは眉尻を下げた。
「本当に義姉として主として………その件については余計なお世話とは思いつつ、常々心配しているのです! …………だってあの二人はそれこそ数多のお話や告白を受けているのに、何故か一向にそのそぶりを見せないんですよ!? …………健康な男子で女性にもしっかり興味はあるみたいなのに、いったいどうしてなんでしょうか?」
「へ、へ~~~~~~……」
それは未だにお前に対して執着しているからなのでは……?
だって、あんなどうしようもない小猿の時からお前に夢中だったんだぞ??
今、こんな、道を歩けば誰もがみな振り返り、二度見し、思わず唾を飲み込む。
そんな信じられない程の美少女に成長したこの今!!
……その執着が強くなっていても何ら不思議はないのではなかろーか!??
「………因みに今回出かけることに関して二人には何か言われたのか……?」
「はあ……まあ、『毎日連絡しろ』とか『絶対に宿を取れ』とか『夜は出歩くな』とか『公爵領から憲兵を出す』とかとか言われましたが…………そんなの一笑に付してあげましたよ? 何のために普段のしがらみを離れてこうして旅に出るのか……。そんな堅苦しい思いをしていたら、臨機応変に湧いて出るチャンスも掴む事ままなりませんよ!?」
「…………」
そーか、そーか……なるほどぉ。
じゃあ現在ドラゴニストで、ちゃんと魔力もあるからしっかり地上最強にして最凶生物であり………その気になれば国家一つ焼け野原に出来るといわれた超兵器の竜を使役できる二人が………お前に『続・べた惚れ中』という事だな……?
いやあ、あっはっは! こりゃあ参ったなあ!!
……えっ、これ下手したら俺、借金よりよっぽど詰んでないか??
「俺……生きていられるかな……?」
社会的に、精神的に、で言えば俺なんか瞬殺だと思うんだが……?
「何を弱気な事をおっしゃっているのですか! 伝説の男ともあろう貴方様が!」
多分こいつは大砂蛇について言っているが、そんなのより俺はいま人間が怖いんだよ!!?
「……それでは休息はとれましたし確認は終わりました。そろそろ一気に目的地まで滑り込みましょうか?」
そう言い新たな召喚獣を呼び出すと、砂漠を掛けた。
「もう、そろそろ目的地に着きそうですね……」
辺りはすっかり夕方になり夜の気配が忍び寄っている。
ここでオアシスで準備した携帯食を腹に詰めこんだ。
それにしてもこいつの作る飯が、また妙に小馴れてて旨いんだよな……昔は言っちゃ悪いが、食えたものじゃなかったと思うんだが? あれからも料理をずっと練習でもしていたんだろうか……?
「師匠、お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう!」
腹も膨れ、身体に怪我を負いにくいよう、なるべく動きやすさを残しつつ服を着こむ。
砂漠の夜は冷えるし、ちょっと暑いくらいでもいいだろう。
「でも、上手く出てきてくれるだろうか………?」
「そこは、私が『囮』になります」
そう言うと、アニエスは赤い液体の瓶を取り出し、栓にしていた封印ごとピンッと一気にはがすとそれを飲み干した……。
「なんだそれ……?」
「大砂蛇の大好物の『トリエ』という希少魔獣の血です!」
すると、今まで静かだった地面が大きく地響きを起こした。しかし……この規模はっ……。
「………おい、この地響き。並みの大砂蛇の起こせるものじゃないぞ!?」
そういうと、まるで大木のような尻尾の先がドンっと跳ねた!!
これは……………!?
それにアニエスは、ターッと人間の足では出せない超高速移動で砂丘の上まで一気に駆け上がる。
どうやらあの超ロングブーツは魔術具だったらしい。
「……コッチよ!!」
そういうと、さらに蛇の身体がうねった。……アレが本体か!?
…………ということは!!
「……おいっ!! 作戦中止だアニエスッ!! 戻ってこいっ!!?」
しかし、聞いてるのか聞こえないのかアニエスはどんどんと先へと行ってしまう。
「くそ! ……あっ……の馬鹿!!!!」
その時だ、ようやく大砂蛇の頭が顔を出した。……ああ、やっぱりな?
まさかの超『主』級。
全長、三百五十ヤード(※約三百二十メートル)を超える大砂蛇。
つまり鯨の超でっけえヤツ十頭分の長さの超巨大魔物だ!!
「~~~馬鹿野郎がっ! 俺の足は人間の速度しか出せないっつうのにっ!!」
大砂蛇はそんな超巨体なのに魔力を使ってか、やたらと速いっ。
このままでは、アニエスが一飲みだ……!!
ゾクッ、と背筋に悪寒が走る。
「『ロレイザ』……起動だ!!!」
俺がロレイザというその腕輪の形をしたアーティファクトを腕ごと振る。
瞬時に光を集めた牛刀のような巨大な刀身が現れた。
並みの人間には取り扱うことが出来ない。オーバーテクノロジーの伝説の『魔剣』。
普通ならその重さに身体ごと地面に沈んでしまうため俺だけがこれを使いこなせる。
だから元の仲間たちも、俺からこれだけは奪い取れなかったっ!!
そしてーーー。
俺が唯一使える魔法………。
少し先の未来が見えるその力で、次に蛇が現れる場所を観測する。
……あそこだ!!
俺は魔符の風の力を借りて一気にそこまで飛んでいく。
やはりアニエスは囮になったものの想定外のデカ物に成す術もなく動けなくなっていた!
次に現れた瞬間、頭と目に、まずはロレイザの最初の一発目を食らわせる!!
………手ごたえはあった。
おかげですでに奴の血だらけだ……本当に間一髪だったよ!
あと、もう少しでも遅かったら…………!!
「……お師匠様!」
「こんっ、の……大馬鹿野郎ぉ!! 何で言う事を聞かなかった!? 死にたいのか!?」
「いいえ……!」
「ここで俺の言う事が聞けない位なら、邪魔にならないところに隠れてろ!! 足手まといだ!!?!」
「……ごめんなさいッ!」
アニエスはそう言い、小さくなった。
……いやでも、隠れていろとは言ったが、この超大砂蛇が狙っているのはアニエスだ。
俺はしばし考えてから………アニエスの手を俺のベルトへと持っていき掴ませた。
「……俺から絶対に離れるな。わかったか?」
俺のベルト越しに頷いた事が解る。
………よし、いい子だっ!!
「俺が絶対に守ってやる。……お師匠様だからな?」
そう言うと、大きな潤んだ瞳がただひたすらに俺を見つめていた。
さて……っと、恰好つけた手前。
絶対に、こいつを倒さなければいけないな?
「……師匠、宜しいですか?」
「なんだ?」
「師匠は多少なりとも魔力を……本来、貴族並みにはお持ちですよね」
「一部限定だけどな………」
アニエスのベルトを掴むその手に力がこもる。
「でしたら………どうか私の『竜』をお使いください! 私が触れている相手ならば竜を使役することが可能です!!」
その言葉に、俺は振り返る。
「これ以上、師匠の足手まといになるなんて嫌っ! どうか一緒に戦わせてください!!」
そう言って、手だけでなく全身を俺の背中にくっつけてきた。
「予行演習も無く……上手くできるものなのか………?」
「師匠なら出来ます。私も全力でサポート致します!」
「じゃあ、……いっちょやってみるか!」
「……はい!!」
改めて『ロレイザ』に力を込める。
そして、アニエスは詠唱を始めた。
「我と交わりし片割れ、唯一無二の我が半神よ……」
唱え始めた瞬間にアニエスの足首辺りが光り出す………。
その詠唱の途中から俺の腹の奥底から信じられないような力が、熱くマグマのように噴き出してくるのを感じた……。
後ろにしがみついたアニエスはもちろん、ロレイザの重さもまるで感じない!!
まるで、万能にでもなったかのようだ!!?
俺は瞳に力を込める。すると、少し先どころか、この大砂蛇を倒す行程がバババッと全て見える!!
「……ははっ、これで負けてりゃ世話ねーだろーなぁ…………?」
思わず口元がにやけてしまう。
おっと、いけない、いけない! 悪い癖だ?
「アニエス……しっかり掴まってろよ?」
「絶対に離しません。師匠がどんなに暴れても……!!」
そう言ったアニエスは、しがみつく腕にさらに力を込める。
俺は足元に風の魔符を張り付け、いま見えたその未来の通りに……。
『ロレイザ』の大刀身をぶっ放した!!
『ロレイザ』はミスリルの様に魔力を断てる。
が、しかし、それには使用回数が決められていた。
けれどアニエスに貰ったアーティファクトもどきで、その回数を気にせず刃先を滑らすことが出来たのも大きかった……。
使用回数いっぱいいっぱいギリギリで、俺は三百五十ヤードの大巨体をいっきに捌ききる!!!!
切り抜いた後もまだ体は動いて俺をつけ狙ったが、もう特別な目なんか使用せずとも、その動きは簡単に読み切れた。
爆薬や小道具を使い細かくぶっぱなし、魔力の弱い体の内側部分を『ロレイザ』で叩き切る!!
そうして余力もなくなったその身体は、やがてその元いた悠久の砂へと却っていったのだった……。
「……師匠、あそこにアーティファクトが!」
そうして、ようやく倒した相手の中にあった目的の品をアニエスは指さす。
走って拾い上げると、それは羽のような形をしていた。
……つうか、こーんな小さいモノをよく追えたな!?
そっか、そういえば、こいつの目も特別製なんだっけ?
「師匠……先程は、助けていただきありがとうございました」
「全くだっ! ………ちゃんと先生の言う事は聞けよ?」
「はい! 本当にごめんなさい………ッ」
やれやれ、と立ち去ろうとすると、アニエスがまたしがみついてくる。
先程の竜の封印はもう戻したはずなのに……。
「……もう、しがみついてなくても大丈夫だぞ?」
そう言うと、アニエスはしがみついたまま顔を上げ、俺を見つめる。
「先程の師匠とてもお強かった……やっぱり、師匠は世界一カッコいいです……」
そう言って、後ろから抱き付くその腕の力を強め、その頬を俺の背中に摺り寄せた。
…………。
いや、おいおいおいおいおい……まずいって、そんなことされると……。
うわっ、しかも今まではそれどころじゃなくて意識をしていなかったのに……触れている部分に今度は本能が勝手に意識を向けているっ!?
や、やわっけ~~~~~~~!
き、気持ちいいいいいいいいいいぃっ。やばいっやばい癖になりそう。超気持ちいいい!!?
……駄目だ!! このままだと、もう一人の俺が盛大に目覚めてしまうぅっ………!!!
「あ! ……師匠、どうやら迎えがきそうです」
アニエスがそれで急にパッと離れた。……た………助かったっ!!
「……え、迎え?」
「エースに持たされていたアーティファクトもどき第二弾が反応しました! たぶん転移陣に乗ってこちらに来ると思います。期間中に戻らなかったら迎えに行くと言っていたので……」
どんだけ過保護なの!?
……いや、未婚の貴族令嬢ならこれ位が普通か?
間もなくして現れたのは、愛弟子その二、その三と、その他数名だった。
……っちぃ! 本当にスーパークソクソくそイケメンに育ってやがるぅううう!?
愛弟子その二であるアニエスの義理の弟にして、次期公爵であるエースがアニエスに走り寄り、がばっと抱きしめる。
「アニエス良かった! 調べたら魔物がかなり大物だと知って無茶苦茶、心配だったんだ…………!!」
「エース、心配ありがとう。この通りピンピンしてるわ!」
続いて愛弟子その三にして、アニエスの専属従者(※つまりは執事みたいなもの)で次期子爵家へ養子確定のアレクサンダーも、まっすぐにアニエスのところに向かう。
「お嬢様、ひとりで無茶して馬鹿野郎なんですか? でも、ご無事で本当に良かった……」
普段、無表情のその顔が安堵し、こぼれるような笑顔になっている。
……ああやっぱり、こいつら、まだこいつに夢中なんだな……?
「あ、そうよ! 二人ともきっと驚くわ。実は私ジオルグ・アルマ師匠と一緒だったんだよ!?」
アニエスが言ったことで俺の顔を見た二人は、俺の存在をようやくそこで認識したようだった。……ォ゙おーい。
「「…………」」
俺をしばらく見つめたあと記念すべきこの二人の第一声は……。
「「生きてたんですね?」」
と、声を合わせて言ってきた。か、可愛くねえっ!!
「おう! 師匠に対して随分だなお前ら!?」
「いやだって、ずっと音信不通だったから……どこかで行き倒れてるのかと」
「『伝説』の声も途絶えたから、それこそてっきり……」
「この通りピンピンしてるわ!? 悪かったな!!」
俺がそうしてクソ生意気な弟子二人に噛みついていると、不意にもう一つの視線を感じる。
「………知り合いなのか?」
この二人と一緒に来ていた人物がそう声を掛けた。
あれ? こいつもドえらい美男子だが、この顔。なーんかどこかで見た事があるような、無いような……………?
「ええ、私やエース、アレクサンダーのお師匠様で『伝説』と言われたあのジオルグ・アルマ氏です!」
「え! そうなのか? これは初めまして……。私はローゼナタリア王太子。セオドリック・リリ・ローゼナタリア・バルファードと申します。大切なアニエスがどうやら貴殿に大変、お世話になったようですね?」
なんと、顔を知っているはずである。それこそ、この国の王太子なのだから!?
「……アニエス、この方には今日お会いしたのか?」
それに、アニエスは首を横に振った。
「いえ、昨日からでございます!」
「……へえ、そうか。ところで昨日はどこで宿を取ったんだ?」
「ああそれなら昨日は宿を取らずに、テントで寝ました。近くに丁度いい町もありませんでしたから!」
「……テント、二人で?」
「ああ、私は一つでいいと申し上げたのに、師匠がわざわざ二つもテントを張ってくださいました。だから寝所は別でしたよ?」
「………でも、それでもずっと二人きりだったんだろう?」
「ええ! 楽しかったです。おかげでいっぱい甘えてしまいました!」
「……甘えた? 例えば」
「抱き付いたり、からかったり、しがみついたり、膝枕していただいたり? とかとか?」
「……………ほお、それはそれは……確かに随分甘えてしまったようだな? アニエス」
「でも、本当に師匠が一緒でよかった。先程もずっと私の事を守りながら戦って下さって……。思わず柄にもなく胸がときめいてしまいました! でも、初恋の相手だし仕方ないですよね?」
「「「初恋!?」」」
そこで、セオドリック王太子、エース、アレクサンダーの声が見事に重なる。
「それは……僕も初耳。寝耳に水だよ」
「ええ、ずっと一緒でしたが……僕も存じ上げておりませんでした。当時から懐いているな………とは思いましたが」
それにアニエスは自分の白っぽい金髪を撫でながら恥ずかしそうに体をくねらせた。
「だって当時、師匠には彼女がいたから……お知らせすべきでは無いと思って……昔は、それこそ師匠のお嫁さんになりたいと密かに思っていましたが、そっとその事は胸に秘めて蓋をしていたんですもの。そりゃあ二人が知るわけないわ? ……でも、師匠は今はフリーだし、別におしらせしても何の問題もないわよね? ふふ!」
いやいやいやいやいやいやいやいや!!
今だからこそ! 二人で過ごしたと知った。今こそ、その情報は知らせるべきではない!!?
「……でも、改めてどうして当時、あんなに師匠のお嫁さんになりたがったのかを思い出しました。本当に、戦うその猛々しさ……ずっとしがみついていて心臓が壊れそうなほどドキドキしました!! かっこよかったなー」
そう言い、もじもじ手を動かしアニエスは顔を赤らめた。
……これが二人きりの時に言われたら、滅茶苦茶、嬉しかっただろう。それこそ抱き潰してしまうほど抱きしめて、キスしてしまったかもしれない………。
………しかし、俺はこの禍禍しく重々しい怒りと嫉妬に満ち満ちた空気の重さに、顔を上げることすらできない!!!!!!
「……アニエスがそんな反応をするのを私は初めて見たよ」
「そうですか? 師匠と一緒の時は、しょっちゅうこんなだったと思いますけど?」
「ねえ、義姉さんは、他にどんなことを師匠に言ったの?」
「え、特には? ……ああ、そうそう師匠が『万が一つでも間違いが起きたらどうする!』と怒ったときに『師匠なら間違ってもいいです』と、応えたくらいかしら? その時の師匠の顔を見て、ついおかしくて笑ってしまったけど!」
「へえ……それは……また……」
殺されるっ!!
色んな意味で殺されるぅっ……………!!!?
「まあ、からかい半分。本音半分と言ったところね?」
「さ、目的は果たしたし、帰ろう、帰ろう!」
「「「……………………………………」」」
どうしよう………おしっこちびりそう!
そして、転移陣に乗り込もうとしたその時、アニエスが振り返った。
「あ、師匠。肝心なことを言うの忘れていました。……私がいくつか事業を起こしたのは話しましたね? それで、実は、師匠にその一つの研究所の所長になっていただきたいんです。そこで、錬金術の研究をして、我が社でその技術を生かしてほしいのですよ。来ていただけますか? ……というか、私、師匠の借金肩代わりしたし拒否権無いですけどね? もちろん、それとは別に報酬は弾みますから………何なら言い値をお支払い致しますから!」
悪くない……というか、あまりに良い話過ぎて俺は慌てる。
「おいおいおいっ、何なんだそれ!? 藪から棒過ぎるだろう!?」
………と思わず、そんなつもりはないのに、非難まがいの声を上げてしまった!
その言葉にアニエスはすっと静かに乗りかけた転移陣を降り、俺の前へと歩み出た。
「藪から棒……ですか? 私も昔、師匠が何も言わずに私たちの前から消えて、音信不通になった時もいったいどうしてこうなったのか…………さっぱりわからなかったですよ? あんなに慕っていたのに……酷いじゃないですか?」
「え、えっと、……それは………」
「なのに、それについては私が今こうして言い出すまで……ずっと知らんぷりするんだもん? 本当は二人きりで何があったかについてなんて、別に黙っているつもりだったのに……。私の気持ち含めて胸に秘めているつもりだったのに……?」
ああ、俺は、またしても余計な事を思い出した……………。
「私、自分で言うのもなんですが、かなり怖い女なんですよ? だから今度は……」
そう言いアニエスがさらに一歩俺の前に近付き、鼻先まで十数センチのところまでにじり寄る。
「………簡単に逃がしてあげませんから?」
俺の口の真横に「ちゅっ」とキスをし、妖艶に微笑む超絶美少女。
……………そうだ。
めちゃめちゃ出来るほかの弟子二人。
しかし本当に侮れないのは一番非力であるはずのこいつだった。
やたら鋭く狡猾で、手段を選ばない。
実はドラゴンを使役していると聞いて、一番に納得したのはこいつの事だ。
「それじゃあ、師匠、行きますよ?」
俺の人生はもう詰んではいないようだが、すでにその手に握られている。
「早くしないと、置いてっちゃいますから!!」
この、小悪魔のような女神によって……。