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牽引馬が墜落した原因を解明せよ――ミカドから命じられたクエストは、あまりにも漠然としすぎていた。空白だったアキラのメニュー画面には、《クエスト受領》の文字と共に、その詳細が追加された。三〇〇〇〇〇C$/スキル〈ローニン〉――どうやらこの二つが、茫漠としたクエストの報酬予定らしい。
チャーリーから聞いた話では、クエストを出すことができるのは相手がNPCである証しだという。あのつかみどころのない老人――ミカドも、NPCだったのだ。
限りなく現実世界に近い《ワールド2》において、相手がNPCかプレイヤーかを見分ける方法は、これ以外に存在しない。サービス開始直後は相手の頭上に浮かんだカーソル表示をひと目見れば判別できたらしいのだが、現実世界の街角で警備ロボットを意味も無く粉砕する類いの暴力──いわゆる《機械への暴力》と同じ原理がワールド2でも働いた。つまり、確たる理由があるわけでもなく、ただ楽しいからという享楽的かつ恣意的な理由だけで、機械を相手に暴力行為をはたらく輩が後を絶たなかったのだ。かくして、サービス開始数日後には緊急アップデートが実装され、NPCとプレイヤーの区別は容易に判別できなくなった。その効果は覿面で、かつてNPCを玩弄していたプレイヤー達は、ヴァルキリーの襲来を恐れて暴力行為の一切を自重した。
そういうわけで、あたかも人間のように言葉を発し、自然な表情を浮かべ、意思を持って行動するこの世界のNPCたちを、ひと目見ただけで判別することなど不可能なのだ。 城を後にした七人は、半日ほどの時間をかけて桜花の城下町をそぞろ歩いた。アキラとユカを除いた他の五人には、ミカドから別のクエストが与えられていたが、その開始時刻は明日の早朝らしく、それまでの間ひとまず七人は行動を共にすることで合意したのだ。
桜花帝国の首都《帝都》の街は、古式ゆかしい日本の景観を微に入り細を穿って再現していた。低い木造建築が整然と建ち並び、蕎麦屋やお茶屋、金物屋や武具屋といった種々の店がひしめき合う。街並みだけ見ると江戸時代に迷い込んだかのような錯覚を抱くが、ひとたび往来に目を向けると、その多彩な種族の顔ぶれに、ここが仮想世界であることを思い出す。それらの大半は人間なのだが、中には聖人や矮躯、獣人や巨人、さらには機械人の姿も散見された。
城下町をひとしきり散策した一同は大衆浴場で一日の汗を流し、黄昏時になると街の北部にあるユカの邸宅へと転がり込んだ。桜花城を中心として、街の東西は商店が蝟集する商業区画、南北は木造家屋が目立つ居住区となっていた。建ち並んだ建物は南下するにつれてたたずまいが簡素になり、庶民的な色合いが強まっている。そんな中、ユカの住む武家屋敷は近隣の屋敷と比べてもひときわ広大な敷地を誇り、邸内には馬小屋や召使いの住居、池のついた庭園まで揃っていた。屋敷の中では五人の女中がせっせと働いており、彼女たちが腕をふるった料亭なみの御前にアキラ達は舌鼓を打った。
「──そっか。んじゃその景観規定ってのに従って、みんな各国の土地柄に合った服装を着てるんだな」
アキラが合点して、だしの風味が効いた味噌汁を啜った。空っぽの胃袋に、懐かしい味が染み渡る。アキラの苦手な海藻類も、麩も入っておらず具材は豆腐と厚揚げというシンプルなものだった。現実と遜色ない感覚フィードバックに最初こそ驚いたものだったが、いつしか夢中で箸を動かしていた。空腹感は感じるし、それに伴う疲労感もあった。だが、これが現実の空腹感を反映したものなのか、システムの全き作為なのか、アキラには判然としなかった。
「まぁ、景観規定ってユルユルだから、厳守している人はけっこう少ないんだけどね」
サイーフがたどたどしい手つきで箸を持ちながら注釈した。
どうやらこの世界には二種類の服装があり、《戦闘服》はあくまでも戦闘時に着用する鎧として、《常装服》はいわゆる普段着として機能するらしい。日中、街を散策したときに和服姿の人が目についたのは《景観規定》というシステムによるもので、各土地の景観を著しく損なう恰好をしていると基本ステータス値が僅かに減少してしまうのだとか。
「ほれにひゃ……ふぁのはぁたな――」
カルロが鯛の塩焼きを頬張りながら床に広げた新聞を読み、なおかつ発言するという器用な芸当をしてのける。
「あんたは、ホントにもう……食い終わってから喋らんかい‼」
隣で黙々と食していたティファニーが容赦のない蹴撃を放ち、カルロが縁側へと吹っ飛んだ。
「そういえば、あの刀は……で、その続きは? なんて言いたかったの、カルロ君?」
キャシーが暗号解読班なみの読唇術を発揮して言った。
「あ、そうそう。お城でアキラが刀を抜いたときに起こった怪奇現象……あれはいったい何だったの?」
縁側にひれ伏したまま呻き声をあげるカルロをあっさりと受け流し、サイーフが白衣の内ポケットからメモ帳とペンを取り出して尋ねた。
「さぁ……俺はただミカドに言われたままに……なぁ、ユカ。おまえ何か知ってんじゃないのか?」
ユカは険悪な目つきでアキラを睨むと、嫋やかな手つきで箸を置いた。城を出てこのかた、ユカはなぜか腹の虫の居所が悪いらしく、ことあるごとにアキラを睨みつけるのだった。果たして、今もまだおかんむりらしく、尊大に鼻を鳴らしてから返答した。
「……あれは桜花帝国の建国時から現存する伝説の妖刀です。今まで誰ひとりとして抜刀することができなかった、伝説の妖刀……まかり間違っても、あなたのような人には不相応な大業者なのです!」
ユカのたぶんに棘を含んだ言葉に、一同の箸を持つ手がぴたりと止まった。
「そういえば以前聞いたことがある。手にした者が次々と自害したという伝説の妖刀……名はたしか──」
言いさしたチャーリーの言葉を、ティファニーが引き継いだ。
「『ミョウホウ・ムラマサ』、あまねく物を一刀両断に斬り捨てる……ワールド2随一の名刀ね」
「でも、どうしてミカドはそんな貴重なもんを俺にくれたんだ?」
「だから、あなたには分不相応だと申し上げたではありませんか!」
「な、なんだよ! 昼間っからずっとツンケンしやがって! 言いたいことがあるならハッキリ言えよ、ハッキリと!」
「あー……また始まったよ」
傲然と食ってかかるアキラの隣で、キャシーが呆れた様子で溜め息をついた。
「ホント飽きねぇな、二人とも。城を出てから四度目だぜ」
蹴り飛ばされたカルロが腰を擦りながら席に戻ってきた。口の端にワカメがへばりついていて、マヌケなことこの上ない。
……ん? ワカメ? 俺の味噌汁には入ってなかったぞ?
そんなアキラの思索はユカの声で断ち切られた。
「あなたのその尊大な態度が気に入らないのです! あなたはどうしてそうふんぞり返っていられるのですか‼ 初心者ならそれ相応の殊勝な態度を心がけるのがマナーというものではないのですか!」
四度に及ぶ舌戦を繰り広げた結果、アキラにもわかったことがある。ユカの端正な顔立ちは、常態時どちらかと言うと感情表現に乏しい傾向にある。だが、機嫌の悪いときには、僅かに頬が膨らみ両耳に薄らと朱が差すのだ。どうやら、当人には自覚がないらしく、今も真剣な面持ちで喝破しながら白い頬がぷっくりと膨らんでいる。指摘してやりたい衝動に駆られたが、火に油を注ぐ結果になりそうなのでやめておいた。
「ユカの言ってることだって十分に傲慢じゃないか。そんなの初心者に対する横暴だ。おまえみたいな奴がいるから、古参プレイヤーが跋扈する村社会的なRPGが増えたんだよ! その結果、新規参入のハードルが底上げされて、ゲーム内の秩序が乱れ、挙げ句の果てが『サービス終了のお知らせ』メールが届くアルマゲドン級の結末だ! ある日突然、今まで注ぎ込んだ労力と時間と、課金もとい俺の小遣いが水泡に帰するコアプレイヤーの絶望がわかるか? この初心者いびり!」
「そ、それはRMTやサブアカウント取得が横行していた旧世代のゲームの話ではないですか! 私が言っているのはFVRのゲームのことです! 勝手に話をすり替えないでください!」
ユカが両耳をますます赤くして言い募る。白皙の両頬はさらに膨らみを増し、可笑しさを通り越して、いじらしさすら感じさせる。傍目には恥じらいを感じる清楚な乙女に映っているのかもしれないが、否──断じて否である。なんだったらカルロの操を賭けたっていい。
「おい、アキラ。おまえ今なんか俺のこと考えてなかったか?」
「――っんなわけないだろ! ってか、お前も腕組みしながら傍観してないで助けろよ!」
ことのほか勘の鋭いカルロの一言に、アキラがあたふたしながら言い返す。
「またそうやって話をすり替えるのですか。私はあなたと話しているのです! カルロは黙ってご飯でも食べててください!」
「イェス・マァム!」
ユカの冷徹な一睨みを受けるや、カルロは快活な声で応じ、飢餓児童のごとき勢いで白米をかっ食らう。
「この日和見野郎……後で覚えてろよ……」
「それにしても、ミカドはなぜ伝説の妖刀をアキラに譲ったんだろうか? 単なる余興にしてはたしかに度が過ぎるような気もするが……」
チャーリーが仕切り直すように口を挟み、ユカを見て答えを促した。水を向けられたユカは最後に一度だけアキラを射殺すような目つきで睨みつけると、ゆっくりと瞬きして口を開く。蒼い瞳が遠い昔を追想するかのように憂いを帯び、どこか愁然とした調子で語り始めた。
「建国当時、この街に若いサムライの夫婦がいました。二人はおしどり夫婦として近所でも有名なほど相思相愛の関係で結ばれていました。ですがある日、サムライの上役にあたる老中が妻を辱めてしまったのです……それを知ったサムライは怒り狂い、意趣返しをしようと勢い込んだ……けれど、老中はつとに知られた剣客……とてもサムライの敵う相手ではなかった。そこでサムライは考えました。技量で劣ったとしても、天下一品の刀を造れば勝機はあると。そうして方々を行脚し、一人の刀鍛冶を見つけ出したのです」
「そうしてできたのがムラマサってわけね」
ティファニーが言って、ユカが頷いた。
「それで、その話の結末はどうなったんだ? サムライは仇を討つことができたのか?」
チャーリーが身を乗り出して訊いた。
「なんとか老中に打ち勝つことはできました……しかし、サムライは謀反の廉で切腹を命じられてしまったのです。そして、まるで遣い手の後を追うようにしてムラマサは突然抜刀できなくなった……いかな豪腕の力士でもびくりともしなかったと、御城の記録には残っています。これまで抜刀に成功したのは最初の遣い手であるサムライと陛下の二人だけだと言われています。いつしかムラマサは様々な厄災を呼ぶ蛇蝎として忌み嫌われ、長い間、桜花城内で厳重に保管されてきた……そして、陛下は抜刀に成功した者にこれを譲るとおっしゃって、目をつけた者には挑戦の機会を与えておられました」
「そしてアキラが難なくそれに成功した……」
チャーリーの言下、一同の視線がアキラに注がれた。
「い、いや……たまたまだって。ほら、ビギナーズラック的なアレだって。絶対そうだって」
鼻白んで必死に弁明するアキラに、一同はますます胡乱げな目を向ける。
「で、どんぐらい強いんだ? その妖刀ってのは」
カルロが縁側に腰を下ろし、庭を眺めながら煙草に火をつけて訊いた。今やブルジョワの代名詞となった煙草は、現実世界ではめったに見かけることがなくなった。価格の高騰と禁煙を余儀なくされた人々にとって、仮想世界は最後の捌け口なのだろう。
「ATK数は一〇万を優に超えています」
「じゅ、十万――⁉ お嬢、それ桁間違ってたりしないよね?」
キャシーが目と口を大きく開いて驚嘆する。どうやらキャシーの中で、ユカの呼称は『お嬢』で決定したらしい。
チャーリーは顎に手を添えて何やら考え込んでいる様子だったが、やおら視線を動かすと手の内に白銀の長剣を顕在化した。
「それだけの高火力となると、S級仮想敵を容易に倒せる代物だ。私の〈王冠殺し〉ですら鍛え上げた今の状態で八万くらいだ」
「でもさ、それだけの高火力武器なら使用制限とかついてないの? 一定のレベル以上じゃないと使用できないとか……だって、そのATK数だとレベル七〇クラスの持つ武器だよ」
サイーフがメモ帳にペンを走らせながら、顔も上げずに尋ねた。いったい何をメモしているのか気になったアキラが昼間に問いただしたところ、思考の過程をすべて書き出さないと気が済まないのだとか。ちなみに、字が汚すぎて本人以外には判読不能らしい。
「レベル制限はありませんが、妖刀の名に違わず、消費するMPが桁違いなのです……」
「おいおい……それじゃあ、俺が持ってても使えないってことだろ?」
「ですから、消費MPを抑えるために、妖術によって本来の力は封印されています。解除するには詠唱による認証手続きが必要です。ですが、封印状態にあるとはいえ、レベル50以下の者には三太刀も続かないでしょう……」
「じゃあ、結局俺には豚に真珠ってわけか……とほほ……」
「豚に真珠……なかなか面白いジョークだね、それ。今度使わせてもらうよ」
ことわざを真に受けたサイーフが、すぐさまメモに書き記す。インドにも似たような言葉があったはずなのだが――喉まで出かかったその言葉を、アキラはぐっと飲み込んだ。
「おそらく陛下が私を遣わされた理由の一つがそれでしょう」
「ユカっち、それどういうこと?」
ティファニーが腑に落ちないといった様子で問いかけた。
「私は桜花の明神大社から稲荷の加護を授かっています。焔による自動結界がその主な効果ですが、副次的な効果としてMPが底を尽きることはありません」
ユカの言葉を聴きながら、アキラの脳裏にはある情景が甦っていた。彼女が単身でレギンレイヴと渡り合ったときの情景が。彼女は態度こそ朴訥としているが、文字通り身を挺して自分を守ってくれた。自らも違反者に認定され、永久追放を喰らうリスクを背負ってまで新規の自分を助けてくれたのだ。そう思うと、売り言葉に買い言葉で反目するのではなく、それ以前に言うべきことがあるような気がした。そして、たった今になるまで、そんな当たり前のことに気づかなかった自分がひどく卑小な人間のように思えたのだった。
「――ということですので、妖術によって私のMPをあなたに転流します。これでムラマサの最低使用要項は満たせるはずです。異論はありませんか?」
アキラが思索している間にもユカは淡々と言葉を続け、確認を請うようにこちらをを見やった。
「あのさ……」
アキラがぼそりと呟いた。その目は、正対したユカへまっすぐに向けられていた。
「その……ありがとな……あのとき俺を守ってくれて……」
しどろもどろになりそうなのを懸命に堪えながら、遅すぎた感謝の言葉を口にした。心臓が奇妙に高鳴り、気恥ずかしさがこみ上げる。思わずユカから顔を逸らしそうになったが、なんとか正視し続けた。
「…………」
ユカは顔色ひとつ変えず、じっとアキラを見つめたまま何の反応も示さない。突然の謝辞に当惑しているのか、相手の真意を推し量っているのか、その底意はアキラにはわからなかった。そして、一向に何も返さないユカを見かねて、再び口を開こうとしたとき、ようやく返答がきた。
「……あれは、あくまで個人的な信条に依るものですので……あなたは気にしないでください……」
どこまでも平然と、淡々とした口調だった。それは感情を欠いているというよりはむしろ、真情を押し殺しているようにも感じられた。なぜならその事務的な口ぶりとは対照的に、蒼い目は憂いの色を滲ませ、アキラを見透かしてどこか遠いところを見つめていたからだ。他のメンバーたちも何かを察したのか、それ以上は言及しようとしなかった。奇妙に間延びした沈黙が訪れ、それを断ち切るべくアキラは再び口火を切った。
「それから、その『あなた』ってのはそろそろ止めてくれないか。なんかこう他人行儀というか、俺にはお上品すぎるというか……とにかく背中がムズムズするんだよな」
ユカの碧眼が、今度はきょとんと見開かれた。それからやや不服そうな面持ちで、こう訊き返した。
「では、なんとお呼びすればよろしいのでしょう?」
「俺のことは『アキラ』でいいよ。どうせリアルでも同じ名前で呼ばれてるし」
「わかりました。今後はそのように呼ばせていただきます」
先刻の苛立った様子はどこへやら、ユカは従順に頷いて立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。
「俺、なんか気に障ることでも言ったかな……?」
アキラが助けを請うように事の顛末を傍観していた一同へ問いかけた。
「まぁ、俺の見立てでは、少なくとも怒ってるわけじゃなさそうだったぜ」
そう言って、カルロが慰めるようにアキラの隣に腰を降ろし、肩を叩いた。かすかに煙草の香りが鼻をつき、アキラはこの世界の精緻さに改めて驚かされた。
「それはあんたの勘? それとも経験談かしら?」
背後に立っていたティファニーが悪戯っぽく微笑んでアキラの頭をくしゃくしゃと撫でる。まるで務めを果たした忠犬を褒めるような手つき。彼女なりに励まそうとしてくれているのだろうとアキラは思った。
「その両方から導き出した結論ってところだな。まぁ、そう気に病むな、アキラ。どうやら嫌われたわけじゃなさそうだし、これから時間をかければ、そのうちにお嬢の考えてることもわかるようになるさ」
「カルロの言うとおりだな。人間関係における問題の多くは、時間が解決してくれる。時間を経れば、今まで知らなかった部分が往々にして見えてくるものだ。年長者の私が請け合おう」
チャーリーが諭すように言った。耳に心地よいバリトン声には、信頼に値する力強さが籠もっていた。
「ふぇー やっぱこの中じゃチャーリーが一番年上なんだ。じゃ、年齢的にはキャシーが一番下ってこと? っていうか、姉御とチャーリーってどっちの方が年上な――」
「ん? なんか言った、カトリーヌ?」
「いや……そんな露骨に『てめぇ殺すぞ』って顔で言われても怖いんですけど……っていうか、なんでキャシーの本名知ってんの?」
「消去法よ。フランス女でキャシーなんて愛称で呼ばれるのってカトリーヌかカルメンくらいしかないでしょ?」
ティファニーが目に冷酷な殺意を滲ませながら言った。まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、キャシーがそろそろと後ずさる。
そこで、今までメモ帳にペンを走らせていたサイーフがおもむろに顔を上げて割り込んだ。
「でもさ、ぶっちゃけた話、みんな歳いくつくらいなの? あんまりリアルの話題を持ち出すのって野暮なことは十分承知なんだけどさ……あ、それと、アキラはたぶんボクと同年輩だよね?」
「え? 俺か?」
突然、話題の矛先を向けられてアキラは鼻白んだ。それから考え込むように間を置いて、問い返した。
「なんとなくそんな気はするけど……でも、それを言うなら、みんなVCOの一作目はプレイしたことあるのか? アレ発売されたのって、たしか一五年くらい前だろ」
「あぁ、たしかにね。それを基準にすればわかりやすいかも。あ、ちなみにボクはやったことないよ。なにせ生まれて間もない頃だから」
「あ、サイーフも俺と同じか。ってことは、やっぱ俺たち同年代だな」
「だね」
互いにハイタッチを交わして意気投合するアキラとサイーフを尻目に、ティファニー、カルロ、チャーリーの三人は間が悪そうに互いの顔を見合わせた。
「ふぇー。んじゃあ、キャシーも二人とあんまり歳変わんないね! で、そこの固まってる三人はどーなの?」
「あ、あぁ……VCOが発売された頃は、たしか高校進学を控えていたはずだ……受験勉強が終わったら買ってやると父に口酸っぱく言われた記憶がある」
よほど苦い思い出なのか、チャーリーは秀麗な顔を強張らせた。
「お、じゃあ兄貴と俺ってけっこう歳近いんじゃねぇのか? 無印のVCOが出たとき、俺はちょうど中学二年くらいだったからな。教室で誰が一番先に攻略できるか競い合ってたのが懐かしいぜ」
「で、姉御はどうなの?」
いっこうに口を開こうとしないティファニーへ向かって、キャシーの屈託のない質問が飛んだ。
「………」
「おーい、姉御~ なんかメデューサみたいになってるけど大丈夫~?」
「それいうならメデューサに見られた人じゃないのか、キャシー……」
アキラの諫言にも取り合わず、キャシーは執拗にティファニーへ好奇の眼差しを向けている。そのどこまでもあどけなく純粋な好奇心を前に、誰もキャシーを制止することなどできるはずもなく……果たして、そんな場の空気をものともせず、キャシーの目はなおも、指先に金髪を絡めて弄ぶ一人のアメリカンウーマンに注がれている。
「…………あたし、あれリアルタイムでやってたのよね……」
「ぬごぉ! ってことは、やっぱ姉御がこの中で一番――」
「カトリーヌ……それ以上言ったら、今度こそお姉ちゃん怒るからね……」
「ぐふほぉぇ……ぞ、ぞんなごといいながら、ずでにヘッドロックきめでんじゃん……ぐふほぇぇぇ……ぐび、ぐびがもげる……」
獲物を捕食した肉食獣よろしく、ほっそりとしたティファニーの腕がキャシーの首をかっちりと絡め取る。それを傍目に見ていたカルロが抱腹絶倒し、見世物にされたキャシーが息も絶え絶えに「カルロ君、許さじ……」とか喚き散らして憤慨する。やれやれといった調子で悩ましげに顔を振るチャーリーの横では、サイーフが一連の出来事をメモに記していた。そんな調子で歓談しているうちに夜闇は深まり、武家屋敷での夕食は狂騒のうちにお開きとなった。
そして、皆がそれぞれに割り当てられた寝室へと分かれていく段になっても、結局ユカは最後まで姿を見せなかった。女中から告げられた寝室へと向かう道すがら、アキラの脳裏にはあの憂いを帯びた蒼い目がちらちらと浮かんでいた。